第9話 先生の恋人。
先生のところに、ブリア国から郵便が届いていた。転送されてきたらしい。
執事から預かって、先生の部屋に届けに行った。ちらりと見たが、差出人は男性のようだ。
「先生の恋人はブリアにいるんですか?」
国外から郵便が届くことなど、私が一生生きていてもなさそうな話だ。アリーヌは興味津々でデボラ先生に詰め寄る。
先生が恋人がいないと言ったのは…国内にいないってこと?きゃあ!なんて素敵なの!と、アリーヌは自分で勝手に妄想して身もだえる。
「いえ。お友達です」
いつものように淡々と先生が答えた。
「え?ブリアに?何している人ですか?」
「ブリアのアカデミアに留学しています。」
先生は別に隠すつもりもないらしく、聞いたら教えてくれた。友達、かあ…。いや。でもそこから恋に変わったりして?むふふっ。
「今は、医学部にいます。アリーヌ様と同じ、15歳ですね。私の生徒でした。」
「え?」
「アリーヌ様も私の友人も、目的があってそれに向かっているのは同じですね。私の友人は医者になるにあたって、ご両親と話し合って、爵位を弟に譲ることにしたらしいです。アリーヌ様も、一度お父様とお話してご覧になったらいかがですか?」
…先生の意図するところはさすがの私でもわかった。本気で小説家を目指すのなら、一度父親と話したらどうか、そう言ってくれているのだろう。
小説家で生きていけるほど文才が無いのは自分が一番よく知っている。
親が決めたところに適当に嫁に行って、毎日生きていくんだろう。そうぼんやり考えていた。趣味で小説を書くことはあるかもしれないけど。だんな様になる人と、恋でも愛でもなく、情を持って?
私の書く小説は、いつも情熱的な恋がそこにある。永遠に続く愛と一緒に。
でもそれは…手に入らないものだからかもしれないな。
***
アリーヌはそんなことを何か月も考えて…ついに父親の執務室をノックした。
一度…どうしても聞いてみたいことがあったから。
デボラ先生の指導は結構厳しく、お義姉様にも及第点を頂いた。
お茶会も開催したし、家で開いた晩餐会で兄の友人とダンスも踊った。
「アリーヌちゃん、すっかり淑女ね?もうどこにでもお嫁に行けるわよ?」
そうお義姉様が褒めて下さった。
「お父様、今、いいですか?」
そう言うと、書類を書いていた父が手を止めた。
「どうしたの?アリーヌ。」
アリーヌは自分が小説を書いていること。それで食べていけるとは思っていないこと。結婚相手は自分で決めたいこと…。そんな話を父に初めて…ポツリポツリと話した。
それから…母親が出て行ってしまってから、誰も触れてこなかったこと…。どうして、母は私たちを捨てたのか、と。それから、母が出て行ってからも父が離縁届を出していないのはなぜなのか。
「…ああ…。」
そう言って、父はこめかみを押さえてため息をついた。
「お前たちの母親はね…」
そう言って、机の引き出しから、何通もの父あての手紙を取り出した。綺麗なリボンで束ねてある。
「お前たちの母親は、夢をあきらめきれなかったんだよ?私は、それを知っていたんだけど、結婚さえしてしまえば、子供さえ生まれれば…あきらめてくれるものだと思っていたんだ。ずるい男だよね。」
そう言って、束ねた手紙の一番上の手紙を私に差し出した。
「お前たちが聞いてきたら、教えようと思っていたんだよ。」
そっと開くと、便せんではなくオペラのチケットが3枚入っていた。
「今、帝国劇場で上演しているオペラのチケットだ。お前さえよければ…一緒に見に行くか?」
父は…ほっとしたような、泣きそうな顔をして、私を見て笑った。
「お前の母親は、歌姫なんだ。随分と頑張ったんだろう。お前も、好きな人がいるなら、どうしてもやりたいことがあるのなら、私は応援するよ?」
***
結局…今更、母親に会いになど行かないと言った兄の代わりにデボラ先生を誘って、父と帝国劇場に…母親が主役を務めているというオペラを観に行った。
オペラは愛を貫く女性の物語だった。
なんというか…自分の感情なのに、まだ言葉には現わせない。小説家気どりなのにね。
観客が総立ちで拍手を送っている。父まで立ち上がってブラボーと叫んでいる。
「愛、というのは何なんでしょうね、先生?」
立ち上がらなかったアリーヌは隣の席のやはり座ったままのデボラ先生にこっそりと聞いてみる。
「私もよくわかりません。これから、学んでいけばいいと思います」
先生が真顔でまるで勉強の続きのようなことを言うので…私は思わず笑い泣きしてしまった。




