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第5話 主役気取りの槍使い




 ミリア王国、王都ブレイダット。


 水路の流れる綺麗な街並みを、俺とギラは並んで歩いていた。


 この国に入ってから数日。最初は目立っていたギラの角や雰囲気にも、少しずつ慣れてきた。いや、俺が慣れただけで、街の人間は相変わらず露骨な視線を向けてくる。


 ハーフドラゴン。


 珍しいだけじゃない。怖がる者もいれば、見下す者もいる。


 その両方を、ギラはもう慣れたような顔で受け流していた。


「腹減ったな」


 ギラが頭の後ろで手を組みながら言う。


「さっき食べたばっかりだろ」


「旅してると腹減るんだよ」


「それは分かるけど」


 そんなやり取りをしていた時だった。


「おい」


 声をかけられる。


 振り向くと、通りの端に三人ほどの男が立っていた。服装も立ち方も、いかにもだ。街の裏で小銭を稼いでそうな、ごろつき連中。


 そのうちの一人が、ギラを顎でしゃくる。


「お前、そのハーフドラゴンとつるんでんのか?」


 あからさまな言い方だった。


 ギラの眉がぴくりと動く。


「だったらなんだよ」


「気分悪ぃんだよ。そういうのが堂々と街歩いてっとな」


「は?」


 ギラの声が低くなる。


 まずいな、と思った時には、もう遅かった。


「お前ら、ケンカ売ってんのか?」


 ギラが一歩前に出る。


 すると男たちは、逆ににやにやし始めた。


「いやいや、売ってねぇよ。俺らのボスがお前らに用があるって言ってんだ」


「ボス?」


「そうだ。来いよ。話つけてやる」


 どう見てもまともな話じゃない。


 でも、ギラは口元を少し吊り上げた。


「面白ぇじゃねぇか」


 完全に乗り気だった。


 俺も、少しだけ興味が湧いていた。


 お金を稼ぐための素材集めのために外に出ていたがその時にギラの戦い方は魔物相手に何度か見ていた。ギラは大剣を振るう、典型的なパワー型だ。正面から押し潰す戦い方で、力も瞬発力も高い。炎の魔法にも適性はあるらしいが、本人いわく「魔法は細かいのが苦手」らしく、ほとんど剣と身体能力で押し切っている。


 そのギラが、街の人間相手にどれくらいやるのか。


 そして、その“ボス”とやらが何者なのか。


「行くのか?」


 俺が聞くと、ギラは肩を鳴らした。


「腕試しだろ?」


「まあ、そうか」


「お前も来るよな?」


「ここで断る理由もないしな」


 そうして俺たちは、ごろつきたちの後をついて路地裏へ入っていった。


---


 王都の表通りは華やかでも、一歩裏へ入れば空気は変わる。


 石畳は少し荒れ、湿った空気が壁の間にこもっていた。


 細い路地を何度か曲がった先、少し開けた空間に出る。


 そこで待っていたのは――女だった。


 最初に目についたのは、長い黒髪だった。高い位置で結われたポニーテールが腰のあたりまで流れている。すらりとした体つきで、年齢は俺たちと同じくらいに見える。顔立ちはかなり整っていて、黙って立っていれば誰もが目を引くだろう。


 ただ、その目つきが良くなかった。


 自信満々で、相手を値踏みするような視線。笑っているようで、どこか人を食ったような空気がある。


 綺麗だが、性格が良いとはまったく思えない。


 むしろ、かなり悪そうだ。


「へえ」


 女は俺たちを見るなり、面白そうに笑った。


「あたしの名前はアキア」


 軽い調子でそう名乗る。


「で?」


 ギラが腕を組んだまま言う。


「用ってなんだよ」


 アキアは、ごろつきたちをちらりと見たあと、わざとらしく肩をすくめた。


「あたしの子分をやってくれたのはあんたたち?」


 その言い方で、だいたい察した。


 “やってくれた”というのは、さっき表通りでギラが絡まれた件だろう。


 ギラは鼻で笑う。


「子分って、あいつらか?」


「そうそう」


「先に喧嘩売ってきたのはそっちだろ」


「そんなの関係ないよ」


 アキアはにやっと笑った。


「落とし前つけてもらうか!」


 完全に面白がっている声だった。


 真面目に怒っているわけじゃない。自分が楽しみたいだけ。そういう手合いだ。


 ギラが一歩前に出る。


「いいぜ」


 その目が少し鋭くなった。


「一対一だ」


「へえ?」


 アキアが片眉を上げる。


「プライド高いんだねぇ」


「うるせぇ。てめぇからぶっ飛ばしてやる」


「じゃあ、やってみなよ」


 アキアの手には、いつの間にか一本の槍が握られていた。


 長さのある槍だ。細身だが、穂先はよく研がれている。扱い慣れているのが見て分かった。


 ギラは背中の大剣を抜いた。


 鈍い金属音が、狭い路地裏に響く。


 周りのごろつきたちが、一歩引きながらも嬉しそうに見守っている。


「ギラ、手を出すなよ」


 俺は念のため言った。


「分かってる」


 ギラが肩をすくめる。


「一対一なんだろ?」


 その顔はもう笑っていた。単純に強い相手とやれるのが楽しい、そんな顔だ。


---


 先に動いたのはギラだった。


 地面を踏み砕くような勢いで踏み込み、一気に間合いを詰める。


 速い。


 大剣を持っているのに、その速度はかなりのものだった。


 そのまま真っ向から振り下ろす。


 まともに食らえば終わりの一撃。


 けれど、アキアは真正面から受けなかった。


「――遅い」


 小さく呟いた瞬間。


 ギラの足元の地面が盛り上がる。


「っ!?」


 土魔法。


 石畳が不自然にせり上がり、ギラの足が引っかかる。


 わずかに体勢が崩れた、その一瞬。


 アキアは横へ滑るように回り込み、槍をすっと伸ばした。


 穂先が、ギラの首筋にぴたりと止まる。


 勝負は、一瞬だった。


「……は?」


 ギラが目を見開く。


 ごろつきたちが一斉にどっと湧いた。


「アキア様ぁ!」


「さすがだ!」


「はやっ……」


 俺も思わずそう漏らした。


 強い。


 ギラが弱いわけじゃない。むしろかなり強い。魔物相手なら真正面から叩き潰せる実力はある。


 でも、アキアはそこに付き合わなかった。


 真正面から受けず、最短で勝つ形を選んだ。


 頭が回る。しかも、動きに迷いがない。


「次はアンタ?」


 アキアは槍をギラの首に突きつけたまま、俺に笑いかけた。


「待て!」


 ギラが反射的に動こうとする。


 しかし、槍の穂先が少しだけ首元に食い込んだ。


「動かないでね」


 アキアの声が少し低くなる。


「今手を出したら、このまま首切るよ?」


 冗談の口調なのに、目は笑っていなかった。


 ギラが舌打ちする。


「……くそ」


「ギラ、手出すな」


 俺も言った。


 ここで無理に二対一にしたら、余計に面倒になる。


 ギラは不満そうだったが、やがて肩をすくめた。


「分かったよ。見てる」


 槍が離れる。


 ギラは一歩下がって、壁際にもたれた。


 悔しそうではあるが、もう割り切った顔だ。


「じゃ、やろっか」


 アキアが槍をくるりと回す。


 その仕草まで、妙に様になっていた。


---


 俺はゆっくりと前へ出た。


 剣を抜く。


 アキアの目がわずかに細くなる。


 さっきまでの軽い調子とは違う。ちゃんとこちらを見始めた。


「へえ。あんた、少しはやれそうだね」


「どうだろうな」


「試せば分かるか」


 次の瞬間、アキアが動いた。


 速い。


 槍を突き出しながら、一気に踏み込んでくる。


 俺は半歩引いてかわし、その槍筋を剣で外す。


 金属音。


 そのまま反撃に入ろうとしたが、アキアはもういない。


「っ……!」


 横。


 路地裏の壁を蹴って跳び、上から槍を振り下ろしてくる。


 とっさに剣で受ける。


 重い、というより鋭い。


 力任せではなく、体重と勢いを綺麗に乗せている。


 着地したアキアはすぐに後ろへ下がり、近くの木箱の影へ滑り込む。


 見失った、と思った瞬間。


 木箱ごと槍が突き出された。


「危なっ……!」


 横へ飛ぶ。


 木箱が槍で貫かれ、ばらばらに砕ける。


「反応いいじゃん!」


 アキアが楽しそうに笑った。


 完全に遊んでいるようで、攻撃はどれも本気だ。


 俺も踏み込む。


 氷の魔力を足元へ流す。


「――アイス」


 石畳の上に薄い氷が広がる。


 アキアの足場を奪うつもりだった。


 だが、アキアはとっさに槍の石突きを地面へ打ち込み、体を支える。そのまま回転するように軸を変え、滑る前に姿勢を立て直した。


「それ、面白いね」


「そっちもな」


 思わずそう返す。


 本当にうまい。


 槍術だけじゃない。地形の使い方、魔法の混ぜ方、間合いの取り方。全部が噛み合っている。


---


 その時だった。


 アキアが急に笑みを深くする。


「じゃあ、ちょっと本気出そうかな」


 小さく呟く。


「スキル――《私が主役・プリマドンナ》」


 その瞬間。


 アキアの周囲に、何かが揺らめいた。


 目に見える光ではない。けれど、確かに“場”が変わったのが分かる。


 空気が、アキアに引っ張られる。


「……なんだこれ」


 ギラが呟く。


 さっきまで壁にもたれて見ていたはずなのに、今はまるで目を逸らせなくなっているようだった。


 周りのごろつきたちも同じだ。


 一斉に熱が入る。


「アキア様ぁぁ!!」


「やっちまえー!!」


「主役はアキア様だ!」


 妙な熱狂が路地裏を包んだ。


 注目が集まる。


 視線が集まる。


 意識が全部、アキアに向く。


 そして――アキアの動きが、明らかに変わった。


「速っ……!」


 さっきより一段速い。


 槍の突きが見えにくくなる。踏み込みも、切り返しも、全部が鋭くなっていた。


 なるほど。


 注目を集めるほど強くなるスキルか。


 視線、意識、敵意。そういうものを、自分の力に変えている。


 厄介だ。


 だが――


(俺には効いてない?)


 目を向けてはいる。けれど、意識を引っ張られるような感覚がない。


 周りは飲まれているのに、俺だけが妙に冷静だった。


 大罪スキルの影響か、それとも別の理由か。


 今は分からない。


 だが、助かるのは確かだった。


---


 押される。


 アキアの突きが次々飛んでくる。


 剣で逸らす。


 避ける。


 反撃しようとしても、一歩先にもう次の動きへ移られている。


 強い。


 本当に強い。


 でも――


(まだだ)


 俺は息を整えた。


 ここまでは、様子を見ていた。


 路地裏で本気を出すつもりもなかったし、相手の手札も知りたかった。


 だが、そろそろ十分だ。


 剣を引き、魔力を深く流す。


 空気が変わる。


 アキアの眉がわずかに動いた。


「……何?」


 俺は小さく呟く。


「絶対零度」


 次の瞬間。


 路地裏一帯が、一気に凍りついた。


 石畳も、壁も、砕けた木箱も、空気さえ張り詰めたように白く染まる。


 アキアの足元から氷がせり上がり、その体を一瞬で封じた。


「なっ……!?」


 ごろつきたちの歓声が止まる。


 ギラも、少しだけ目を見開いていた。


 凍ったアキアが、動きを止める。


 そこでようやく、俺がまだ本気を出していなかったことが伝わったようだった。


 お祖父様の特訓は、こんな程度で終わるような甘いものじゃない。


 だが――


 次の瞬間。


 ぱきん、と乾いた音がした。


 氷にひびが入る。


「……っ!」


 そのまま、氷が砕け散った。


 中から飛び出してきたアキアが、槍を構えたまま突っ込んでくる。


「ははっ、すごいじゃんアンタ!」


 息を乱しながらも、目は死んでいない。


 むしろ、さっきより楽しそうだった。


「こんなの久しぶり!」


 槍と剣がぶつかる。


 また距離が近づき、離れる。


 アキアの魔力は明らかに削れている。けれど、それでも技術で食らいついてくる。


 俺も簡単には押し切れない。


 アキアは土魔法で地面を少し盛り上がらせて俺の踏み込みをずらし、壁を蹴って死角へ回り、槍の長さを最大限に生かしてくる。


 対する俺も、氷で足場を制限し、剣で間合いを潰し、体術の動きでフェイントを混ぜる。


 どちらも譲らない。


 派手さ以上に、集中力を削る戦いだった。


「楽しいねぇ!」


 アキアが笑う。


「同じくらいの相手、全然いなかったんだよね!」


「そりゃよかったな!」


 言い返しながら踏み込む。


 槍を弾く。


 だが、アキアも引かない。


 本当にしぶとい。


---


 そんな攻防がしばらく続いたあと。


 不意に、アキアの動きが鈍った。


 槍を支えにするように一歩下がり、そのまま片膝をつく。


「……あー、無理」


 気の抜けた声だった。


「降参〜。強すぎ〜」


 そのまま、ごろんと仰向けに倒れる。


 肩で息をしながら、空を見上げている。


「……え?」


 あまりにあっさりした終わり方で、少し拍子抜けした。


 アキアは片手をひらひらと振る。


「プリマドンナ、時間切れ。魔力もほぼ空っぽ」


 なるほど。


 あのスキルは強力だが、ずっとは保てないらしい。


 俺は剣を下ろし、息を吐いた。


 ギラが近づいてくる。


「終わりか?」


「みたいだな」


「なんとも締まらねぇな」


「まあな」


 でも、実力は本物だった。


 ギラを一瞬で制し、俺ともかなりやり合った。それだけで十分すごい。


---


 地面に寝転んだまま、アキアがこちらを見上げる。


「今回のことはごめんね〜」


 急に軽い口調に戻った。


「は?」


 ギラが眉をひそめる。


「ちょっとハーフドラゴンと戦ってみたくなっちゃって」


「ちょっとで済むかよ」


「部下どもが失礼なことをしました!」


 がばっと起き上がり、今度は妙に丁寧に頭を下げる。


 さっきまで槍を突きつけていたやつと同一人物とは思えない。


 でも、こういう切り替えができるあたり、やっぱり頭の回転が速いんだろう。


「楽しかった! またやろう!」


「二度とごめんだ」


 ギラが即答する。


 アキアは気にした様子もなく笑った。


「お詫びにご飯ご馳走するよ!」


 そう言われて、まあそれくらいなら、と頷いたのが間違いだった。


---


 連れて行かれた先は、想像していたような食堂ではなかった。


「……でかいな」


 目の前にあったのは、大豪邸だった。


 門も広い。庭も広い。どう見ても、普通の家じゃない。


「え? あれ、言ってなかったっけ?」


 アキアが首をかしげる。


「言ってねぇよ」


「そっかそっか」


 まるで悪びれない。


「本名はアキア・フバーフ」


 にこっと笑って言う。


「子爵家の娘なんだよね」


 ギラと顔を見合わせた。


 いや、先に言え。


 さっき路地裏で怪我でもさせていたら、どうなっていたんだ。


 そんなことを考えているうちに、屋敷の中へ通された。


---


 その日の夕食は、思っていたよりずっと穏やかだった。


 アキアの父と母も同席したが、妙に慣れた様子だった。


「またですか」


 父親らしき男性が、頭を抱えたように言う。


「またです」


 母親がため息混じりに頷く。


「すみませんね、本当に」


 深々と頭を下げられて、こちらが困る。


 話を聞くと、ごろつきたちはアキアの私兵というわけでもなく、街のならず者に近い連中らしい。ただ、アキアが面倒を見たり、逆に締め上げたりしているうちに、妙な主従関係のようなものができたらしい。


 アキアの父は頭を抱えていたが、


「治安の維持に貢献しているのも事実でして……」


 と、複雑そうに言った。


 なんとも評価しづらい。


 


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