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第4話 旅立ちとユートピア


第4話 旅立ちとユートピア


 春の終わり、澄んだ空の下。


 バーデン公爵家の正門には、一台の馬車が用意されていた。


 アル兄さんの旅立ちの日だ。


「じゃあ、行ってくる」


 いつもと変わらない落ち着いた声。


 けれど、その背中はどこか遠くに行く人のものだった。


「お兄ちゃん、ちゃんと手紙書いてよ!」


 リリアが少し涙目になりながら言う。


「余裕があればな」


「絶対書いて!」


「分かった分かった」


 軽く笑いながら、アル兄さんは俺の前に立つ。


「エイト」


「うん」


「……強くなれよ」


 短い一言。


 それで十分だった。


「そっちもな」


「当然だ」


 軽く拳を合わせる。


 それだけで、言葉以上のものが伝わった気がした。


 やがて馬車は静かに動き出す。


 アル兄さんは振り返らなかった。


 中央ラルラリア――カーティス大学へ向かっていく。


 世界の中心へ。


 あの人なら、きっと通用する。


 そう思えた。


---


 馬車が見えなくなったあと。


「エイト」


 お祖父様が静かに呼ぶ。


「はい、お祖父様」


「お前も外に出ろ」


「……外、ですか?」


「ああ」


 お祖父様は腕を組んだまま続ける。


「お前はよく鍛えている。だが実戦経験が少なすぎる」


「……」


 反論できなかった。


 どれだけ厳しくても、あくまで訓練だ。


 本当に命を奪い合う場ではない。


「魔物を倒せ。世界を見てこい」


 その一言には重みがあった。


「そして――貴族の肩書きを捨てろ」


「え?」


「バーデンの名に頼るな。お前自身の力で生きろ」


 まっすぐな視線が向けられる。


「それができなければ、この先は通用せん」


「……分かりました」


 自然とそう答えていた。


 むしろ、その言葉を待っていた気がする。


---


「もう一つだ」


 お祖父様が続ける。


「この世界には、“ユートピア”と呼ばれる場所があると言われている」


「ユートピア……?」


「どこにあるかは分からん。存在するかも定かではない」


 だが、とお祖父様は言う。


「そこには“強欲”のスキルを持つ者――大賢者クックがいるとされている」


「……強欲」


 七つの大罪スキルの一つ。


 その名前だけで、ただの話ではないと分かる。


「クックは不老不死とも言われている」


「不老不死……?」


「そして、もし出会えたなら――どんな願いでも叶えると言われている」


 静かな声だった。


 けれど、その内容はあまりにも大きい。


「だから多くの者が旅に出る」


 お祖父様は言う。


「ユートピアを探し、クックに会うためにな」


 なるほど。


 それは確かに、旅に出る理由としては十分すぎる。


 いや、むしろそれ以上だ。


「……俺も、探してみます」


 気づけばそう言っていた。


「一年で見つかるとは思いませんけど」


「見つからんだろうな」


 あっさり言われた。


「だが、目的がある方が人は強くなる」


 その通りだと思った。


「一年間。世界を回りながら探してみろ」


「はい」


 俺は頷いた。


 望みは薄い。


 それでも――


 やってみる価値はある。


---


「お兄ちゃん、わたしも行く!」


 横でリリアが勢いよく言った。


「だめだ」


 即答だった。


「えー!なんで!」


「お前はまだ早い。基礎を固めろ」


「でも!」


「だめだ」


 お祖父様の一言で、完全に止まる。


 リリアは悔しそうに唇を尖らせたが、やがて小さく頷いた。


「……じゃあ、強くなって待ってる」


「うん」


 その言葉に、少しだけ胸が熱くなった。


---


 数日後。


 俺は屋敷を出た。


 貴族としてではなく、一人の旅人として。


 これが、俺の旅の始まりだ。


---


 森の中。


 静かな空気の中で、違和感に気づく。


「……いるな」


 視線の先。


 木陰から現れたのは、銀色の毛並みを持つ狼。


「シルバーウルフ……」


 初めての魔物。


 心臓が少し速くなる。


 だが、恐怖はない。


(やる)


 構える。


 次の瞬間、シルバーウルフが地面を蹴った。


 速い。


 だが――


(見える)


 横にずれる。


 爪が空を切る。


 そのまま踏み込み、斬る。


 浅い。


 だが動きは読める。


 次の一撃をかわし、体勢を崩す。


 体術の動きが自然と出る。


「……今だ」


 振り抜く。


 今度は深く入った。


 シルバーウルフはそのまま崩れ、動かなくなった。


「……はぁ」


 息を吐く。


 勝った。


 初めての実戦。


 確かな手応えがあった。


(やれるな)


 そう思えた。


---


 数日後。


 最初の目的地――ミリア王国へ入る。


 検問を抜けた先に広がっていたのは――


「……すごいな」


 思わず声が漏れる。


 王都ブレイダット。


 整えられた石造りの街並み。


 街中には水路が張り巡らされ、小舟で移動する人々の姿もある。


 洗練された、美しい都市だった。


(ここが……)


 ミリア王国。


 そして――


(アクラス・ヘンドリクス公爵がいる国)


 前世で、自分を殺した存在。


 その記憶が、わずかに胸をざわつかせる。


 だが――


「……今は関係ない」


 小さく呟く。


 今は強くなることが先だ。


---


「なんで買えねぇんだよ!!」


 突然、大声が響いた。


 視線を向ける。


 露店の前で、一人の男が店主に詰め寄っていた。


 赤い髪。


 そして――頭の横に、小さな角。


(……ハーフドラゴン)


 すぐに分かった。


「金はあるっつってんだろ!ちゃんと払う!」


 男は怒鳴る。


 だが店主は鼻で笑った。


「はっ、誰が売るかよ。気味悪ぃんだよ」


「……あぁ?」


「ハーフドラゴンなんてよ、ろくなもんじゃねぇ。トラブルになる前にどっか行け」


 露骨な拒絶だった。


 周りの客も、少し距離を取っている。


 男の顔が歪む。


「……ふざけんなよ」


 今にも掴みかかりそうな勢いだった。


 その時――


「それ、全部買う」


 気づけば、俺はそう言っていた。


 店主がこちらを見る。


「……あ?」


「その食べ物、全部。金は出す」


 銀貨を差し出す。


 店主は一瞬だけ迷ったが、すぐに顔を変えた。


「……まいど」


 あっさりと袋を渡してくる。


 さっきまでの態度が嘘みたいだった。


 俺はそれを受け取って、そのまま男に渡す。


「ほら」


「……あ?」


 男が目を丸くする。


「いいのかよ」


「別にいいだろ。困ってたし」


 そう言うと、男はしばらく黙ったあと――


「……変なやつだな、お前」


 そう言って笑った。


「普通、怖がるだろ。俺見て」


 たしかにそうかもしれない。


 だが――


「初めて見たから、ちょっと興味あった」


 正直にそう言うと、男は一瞬固まってから――


「ははっ!マジかよ!」


 豪快に笑った。


「おもしれぇな、お前!」


 さっきまで怒っていたのが嘘みたいだった。


「俺はギラ!」


「エイト」


「エイトか。覚えた!」


 勢いのあるやつだ。


 いわゆる熱血タイプ。


 少しうるさいが、悪いやつではなさそうだ。


「お前、旅してんのか?」


 ギラが聞いてくる。


「まあ、そんなとこ」


「いいじゃねぇか!」


 目を輝かせる。


「俺も暇してたんだよな!」


 ……嫌な予感がする。


「一緒に行こうぜ!」


「……即決だな」


「直感だ!お前おもしれぇ!」


 勢いがすごい。


 だが――


(悪くないか)


 強そうだし、何より退屈はしなさそうだ。


「……いいよ」


「マジで!?」


「ああ」


 そう答えると、ギラは満面の笑みを浮かべた。


「決まりだな!」


 こうして――


 俺の旅に、最初の仲間が加わった。



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