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第6話 夢見る少年たち



「治安の維持に貢献しているのも事実でして……」


アキアの父は、そう言って深くため息をついた。


褒めているのか、困っているのか。

たぶん、本人にも分かっていないのだと思う。


隣でアキアは、なぜか得意げに胸を張っていた。


「ほらね。あたし、役に立ってるでしょ?」


「役に立っている部分だけ見ればな」


「じゃあそこだけ見てよ」


「親としては、そういうわけにもいかない」


アキアの母が苦笑しながら、料理を取り分ける。


「この子は昔から、人を集めるのが上手なのです。良い意味でも、悪い意味でも」


「お母様、悪い意味って何?」


「あなた、心当たりが多すぎて分からないの?」


「……いっぱいあるから逆に分からない」


「そこは少し反省しなさい」


ギラが肉を頬張りながら、小さく笑った。


「なんか、すげぇ家だな」


「ギラ、口に入れたまま話すな」


俺が言うと、ギラは慌てて飲み込んだ。


「悪い。でも、飯がうますぎる」


「それは分かる」


実際、出された料理はどれも美味かった。

旅の途中で食べる保存食とは、比べるまでもない。


アキアは俺たちを見ながら、にやにやしている。


「どう? お詫びとしては悪くないでしょ?」


「まあ、飯はうまい」


ギラが素直に答える。


「飯は、って何よ」


「お前の性格は別だ」


「ひどっ」


「自覚あるだろ」


「あるけど、人に言われると腹立つ」


「面倒くせぇな!」


アキアの父は、そのやり取りを見て少しだけ目を細めた。


「君たちは旅をしているのかい?」


「はい」


俺はうなずいた。


「次は、マルシャル法国へ向かうつもりです」


「マルシャル法国か。あそこは多くの種族が暮らす国だ。君たちにとっても、良い経験になるだろう」


父の視線が、一瞬ギラに向いた。


だが、その目には蔑みや警戒はなかった。

ただ、旅の行き先を考える大人の目だった。


ギラもそれに気づいたのか、少しだけ表情を緩める。


「ハーフドラゴンでも、変に見られねぇか?」


「この王都よりは、ずっと少ないはずだ」


「……そっか」


ギラは短くそう言って、また肉を食べた。


アキアは身を乗り出す。


「マルシャル法国かぁ。いいなぁ。あたしも行きたい」


その瞬間、父の声が飛んだ。


「だめだ」


「まだ何も言ってないじゃん!」


「言った」


「行きたいって言っただけ!」


「それが一番危ない」


アキアは不満そうに頬を膨らませた。


「お父様、あたし強いよ?」


「強いから心配している」


「普通、強かったら安心じゃない?」


「お前の場合は、強いから余計なことをする」


「信用ないなぁ」


「実績がある」


ギラが吹き出した。


「アキア、負けてるぞ」


「うるさい。さっき転ばされた人に言われたくない」


「ぐっ……!」


一瞬でギラが黙った。


俺は思わず少し笑いそうになった。


アキアはこちらを見る。


「エイトもそう思うでしょ? あたし、旅に向いてるよね?」


「実力はあると思う」


「ほら!」


「でも、今は父上の言うことを聞いた方がいい」


「裏切った!」


「味方になった覚えはない」


アキアは机に突っ伏した。


「冷たいなぁ。氷魔術使うだけある」


「関係ないだろ」


「ちょっと上手いこと言ったつもりだったのに」


「そうか」


「反応薄っ」


食卓に小さな笑いが起きた。


食事が進む中で、アキアがふと思い出したように言った。


「そういえば、エイトって何歳?」


「15だ」


「あたしも15。やっぱり同い年じゃん」


「そうなのか」


「しかも、あたし来年カーティス大学に行くんだよね」


カーティス大学。


その名前を聞いて、俺はほんの少しだけ手を止めた。


アル兄さんが向かった場所。

中央ラルラリアにある、各国の貴族や実力者が集まる大学。


俺もいずれ行くことになる場所だ。


だが、今それを話すつもりはなかった。


身分も、家のことも、カーティスへ行く予定も。


今の俺は、バーデン公爵家の次男ではなく、ただの旅人としてここにいる。


「すごいな」


俺は短く答えた。


アキアはじっと俺を見る。


「……なんか薄くない?」


「何が」


「反応。もっと驚くところでしょ」


「驚いている」


「顔が全然驚いてない」


「顔に出にくいだけだ」


「絶対何か隠してる」


「特に何も」


俺は水を飲んだ。


アキアは疑うように目を細めていたが、それ以上は聞いてこなかった。


代わりに、にやっと笑う。


「まあいいや。カーティスでまた会ったら、その時は逃がさないから」


「逃げる予定はない」


「じゃあ勝負ね」


「考えておく」


「そこは即答してよ」


「考えておく」


「二回言わなくていい!」


ギラが横で笑っていた。


その夜、俺たちは屋敷に泊めてもらうことになった。


部屋は広く、寝台も柔らかい。

旅の途中で使う宿とは違いすぎて、逆に落ち着かないほどだった。


窓の外を見ると、王都ブレイダットの夜が静かに広がっている。


水路に月明かりが映り、小舟がゆっくり揺れていた。


ミリア王国に来て、ギラと出会った。

ハーフドラゴンというだけで向けられる視線も見た。

アキアという、同い年とは思えないほど厄介で強い相手とも戦った。


世界は広い。


自分は、同年代では強い方なのだと思う。

それでも、上には上がいる。

そして、まだ知らない場所も、人も、力もいくらでもある。


前の人生では、戦場の中でそれを思い知らされた。


今度は、知らないまま終わりたくない。


過去の自分を超える。


そのためにも、進むしかない。


翌朝。


屋敷の前で、アキアとその父母が見送ってくれた。


「世話になりました」


俺が頭を下げると、アキアの父は穏やかにうなずいた。


「こちらこそ。娘が迷惑をかけたね」


「お父様、最後までそれ言う?」


「事実だからな」


アキアの母は柔らかく笑った。


「またミリア王国に来た時は、顔を見せてくださいね」


「はい」


ギラも大きく手を振る。


「飯うまかった! また食いに来る!」


「ギラ、それは言い方が違う」


「え、だめか?」


アキアが笑う。


「いいよ。次はもっと肉出してあげる」


「本当か!」


「ただし、あたしと再戦ね」


「……肉だけ食わせてくれ」


「だめ」


ギラは本気で悩んでいた。


アキアは俺の前に立つ。


「エイト」


「なんだ」


「次会ったら、絶対勝つから」


「ああ」


「またその薄い反応」


「楽しみにしている」


アキアは少しだけ満足そうに笑った。


「それならよし」


俺とギラはアキアたちに別れを告げ、屋敷を後にした。


水路の街、ブレイダット。

美しい街だった。


だが、長く留まる理由はない。


俺たちはその日のうちにミリア王国を出て、マルシャル法国へ向かった。


二人での旅は、思っていたよりも進みが早かった。


ギラは正面から魔物を押し返す力がある。

俺は氷魔術で足を止め、体術と剣で隙を突く。


戦い方は違うが、組めば相性は悪くない。


道中に現れた魔物も、今では大きな脅威にはならなかった。


「おらあっ!」


ギラの大剣が、シルバーウルフを吹き飛ばす。


俺は別の魔物の足元を凍らせ、動きを止めた。


「ギラ、右」


「任せろ!」


ギラが踏み込み、大剣を振り抜く。


魔物は地面に倒れ、そのまま動かなくなった。


「よし!」


ギラは満足そうに笑う。


「俺たち、だいぶ強くねえか?」


「油断しなければな」


「出た。エイトの真面目発言」


「油断して痛い目を見るよりいい」


「まあ、それはそうだけどよ」


ギラは大剣を背負い直す。


「でも、旅の速度は上がってるだろ?」


「ああ。それは間違いない」


「だろ!」


「調子に乗らなければ、もっといい」


「一言多いんだよなぁ」


そんなやり取りをしながら、数日が過ぎた。


やがて、俺たちはマルシャル法国へ入った。


そこは、ミリア王国とはまるで空気が違っていた。


街を歩くのは人間だけではない。

長い耳を持つエルフ。

獣の耳や尾を持つ獣人。

背は低いが、がっしりとした体つきのドワーフ。


様々な人種が、当然のように同じ道を歩いている。


ギラは周囲を見回しながら、小さく言った。


「ここ、俺のことを変な目で見ねぇな」


「人種が多いからだろうな」


「……悪くねぇ」


その声は、少しだけ柔らかかった。


ミリア王国で向けられていた視線を思えば、当然だろう。


その日の昼、俺たちは街の食事処に入った。


店内も賑やかだった。

人間、エルフ、獣人、ドワーフが同じ場所で食事をしている。


ギラは席に座るなり、当然のように肉料理を頼んだ。


「また肉か」


「肉は裏切らねぇ」


「野菜も食べた方がいい」


「野菜はたまに苦い」


「子どもみたいな理由だな」


「十二だぞ、俺たち」


「そうだったな」


料理を運んできた店主が、豪快に笑った。


「兄ちゃんたち、旅人か?」


「はい。マルシャル法国には来たばかりです」


俺が答える。


「目的は観光か? それとも冒険か?」


「ユートピアを探しています」


その言葉を聞いた瞬間、店主の表情が少し変わった。


「ユートピアか。若いのに大きなものを探してるな」


「何か知っていますか?」


「噂程度ならな」


店主は料理を机に置きながら続けた。


「マルシャル法国とセフィール聖王国の間には、大森林がある。昔から、その奥にユートピアがあるんじゃないかって言われている」


「大森林……」


「浅いところには、エルフや獣人族の国もある。だが深いところは別だ。強い魔物が多すぎて、普通の冒険者じゃ入ることすら難しい」


ギラが肉を食べる手を止めた。


「そんなに危ねぇのか」


「ああ。腕に自信のある冒険者でも、帰ってこないことがある」


店主の声は冗談ではなかった。


俺はその言葉を頭の中で整理する。


ユートピア。

大森林。

セフィール聖王国との境。

深部に入るには、力も情報も足りない。


「ドワーフや竜人の国は、この近くにあるんですか?」


俺が尋ねると、店主は首を横に振った。


「いや。ドワーフと竜人の国は海を越えた向こうだ。この辺りからだとかなり遠い」


「海の向こうか……」


ギラが小さくつぶやいた。


ハーフドラゴンであるギラにとって、竜人の国は気になる場所なのかもしれない。


その時だった。


「お前もユートピア探してんのか!」


横から、勢いのある声が飛んできた。


振り向くと、一人の少年が立っていた。


年は俺たちと近い。

身長は少し低めだが、目は真っ直ぐで、全身から元気があふれている。


背中には斧を背負っていた。


少年は俺たちの席に近づくと、勢いよく言った。


「俺も行きたいんだ! 一緒に連れてってくれよ!」


ギラが目を丸くする。


「急すぎるだろ!」


「よく言われる!」


「直す気は?」


「ない!」


「ないのかよ!」


少年は胸を張った。


「俺の名前はヨウキ・アルアラ! 斧使いで、腕には自信がある!」


俺はヨウキを見る。


勢いだけなら、ギラに近い。

ただ、目は真剣だった。


「どうしてユートピアを探している?」


俺が聞くと、ヨウキの表情が少し変わった。


「俺の父ちゃんは、すごい冒険者だったんだ」


店主が静かに息を吐く。


「ヨウキの親父さんは、この辺りじゃ有名だったからな」


ヨウキはうなずいた。


「父ちゃんはユートピアを探すって言って旅に出た。でも、それっきり帰ってこなかった」


「行方不明か」


「うん。だから俺も探してる。ユートピアも、父ちゃんのことも」


さっきまでの元気な声とは違った。

その言葉には、まっすぐな覚悟があった。


ギラは腕を組む。


「でもよ、危ないぞ。俺たちもまだ大森林に入るって決めたわけじゃねぇ」


「分かってる!」


「分かってる声量じゃねぇな」


「声は元からでかい!」


「そこは直せ!」


ヨウキは少し笑ったあと、俺を見た。


「俺は弱くない。斧ならけっこう自信ある。でも、父ちゃんに言われたんだ。自信と油断は違うって」


その言葉で、少しだけ印象が変わった。


勢いだけじゃない。

自分がまだ未熟だと分かった上で、それでも進もうとしている。


「旅は遊びじゃない」


俺は言った。


「魔物も出る。死ぬ可能性もある。それでも来るのか?」


ヨウキは迷わなかった。


「行く」


早い答えだった。


だが、軽くはなかった。


俺はギラを見る。


「どう思う?」


ギラはにやっと笑った。


「いいんじゃねぇか? 斧使いがいれば戦い方も広がるしな」


「本音は?」


「人数多い方が飯がうまい」


「それは理由になるのか」


「なるだろ」


ヨウキは目を輝かせる。


「じゃあ!」


俺は小さく息を吐いた。


「まだ大森林へ行くと決めたわけじゃない。まずは情報を集める。それでもいいなら、しばらく一緒に来い」


「本当か!」


「ああ」


「よっしゃあああ!」


ヨウキが店の中で拳を上げる。


すぐに店主が声を飛ばした。


「ヨウキ、店の中で叫ぶな!」


「ごめん!」


「返事だけはいいんだよな」


ギラが笑った。


俺も少しだけ口元を緩める。


こうして、俺たちの旅に新たな同行者が加わった。


斧使いの少年、ヨウキ・アルアラ。


父を追い、ユートピアを目指す少年。


大森林への道は、まだ遠い。


だが、進むべき方向は少しずつ見えてきていた。


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