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09|お出かけに乗じて殺されるフラグ?

 あと一週間後にまた聖女と王子がやってくる。今日パパの部屋に呼ばれたのは、その話をするためだ。これは今までのループと変わらないみたいだな。


 扉が開き、応接間にラムズが入ってきた。閉まっていく扉の奥──ラムズの私室を盗み見る。


 ……今回も部屋はあのまんまか。


 ギヴァルツ公爵──パパの部屋には宝飾品がこれでもかというほど飾り立てられている。一目見るだけで異常な収集癖と誰もが思うほど、末恐ろしい量の宝飾品があった。

 ダイヤモンド製のシャンデリアに始まり、金の肘掛け椅子、宝石をあしらった香水瓶の並ぶ棚、机上の羽根ペンや小箱に至るまで、なにもかもに宝石があしらわれている。宝石がついていないものを探すほうが難しいくらいだ。


 媚び媚びルートのときに一度、アタシが精一杯お願いして一瞬部屋を見せてもらったことがあるのだ。でも、おそらく家令のヴォルガルさえ部屋に招かれたことはない。今回みたいに、ラムズの私室に通ずる応接間に呼ばれるだけだ。


 ラムズが中央の黒い革張りの長椅子に腰掛け、アタシもその正面に座った。


「シェリン、来週に聖女様と第一王子殿下が屋敷に来ることは覚えてるな?」


 早速本題に入るらしい。


「はい。覚えてます」


 パパは長い脚を組み直した。第一王子と聖女の最近の動向、他家や王族の噂、そして来訪日の段取りを伝えはじめる。


 あ〜めんどくさ〜。全部ほっぽりだした〜い。


 アタシはパパが話している最中に、机の上にあったお菓子に手を伸ばした。椅子の上で膝を抱えて座り、ドラジェの入ったガラス容器ごと膝の上に乗せる。

 パパの後ろに控えていたヴォルガルが、眉間の皺を深くして、垂れ目だった瞳をきゅっと尖らせた。アタシの背後でも、衣擦れの音がして息を呑んだ気配がする。

 ま、そりゃそーだ。当主であり、父親であるギヴァルツ公爵の話を聞く態度として、娘であっても無礼すぎる。


 周囲のぴりついた空気に、ラムズは仕方なく話を止めた。


「シェリンのことは気にしなくていい」


 いぇ〜い。公爵サマお墨付きだ〜。



 それからまた数分して、パパが途中で話を切ったので、手に持っていたドラジェを摘んで見せた。


「おとーさまも食べますか?」


 彼の青眼がわずかに陰った。


「いらない」

「……せっかく食べさせてあげようと思ったのに」

「遠くて無理だろ」


 近ければいいってこと?

 ヴォルガルが咳払いをしたので、パパが話を再開した。十五分くらいかかって、ようやく話が終わった。最後に一言付け加えられる。


「以上だ。だから王子殿下とはちゃんと仲良くしろ。わかったな?」

「んー……」


 今回の話は全部知っていた。今までのループでも聞いたやつだ。この前あんなに戸惑ってたくせに、やっぱり婚約破棄計画を押し通す気?


「会いたくないから、断ってほしーです!」

「シェリン様!」


 後ろのメイドとヴォルガルが両方声を上げた。

 ラムズは空気を切るように片手を軽く持ち上げ、二人を静止する。


「一ヶ月前から約束していたんだ。今からは断れない」

「アタシが病気で倒れたことにするのはどうですか?」


 彼が黙ったせいか、横からヴォルガルが口を挟んだ。


「お嬢様。旦那様にはたくさん融通してもらっているでしょう? 家の大事な用事はきちんとこなしてください」


 ラムズが首の角度を変え、髪先が流れた。無感情な言葉が薄い唇から送られる。


「シェリン、殿下と婚約を結びたいと言ったのはお前だろ。どうして気が変わったんだ? 最近態度が変わったのとも関係があるのか?」

「ん〜」

「聖女様と殿下の関係についても、他家で噂になっていると話しただろう? 聖女様と殿下は結ばれるべきだという考えの者がいる。……だがお前なら、二人を取り持って上手く元の形に戻すこともできるはずだ」


 また同じ言い回し? そんなに婚約破棄イベントが大事なの? そんなに娘を破滅させたいわけ。


「どうして気が変わったのか教えてくれ」


 この前浴場で鉢合わせしたとき、あんだけ罵倒してもコイツは怒らなかった。じゃあ──使用人たちがいる前だったら、どんな反応をするんだろ?♡

 アタシはもったいぶって脚を組み直して座り、小首を傾げた。青眼を薄く光らせ、口元を静かに吊り上げた。



「おまえに言う必要ある?」



 しん──と部屋が静まり返る。異様な静寂で空気が凍り、時間が止まったみたいだった。


 あはは♡ 笑える♡


 我に返ったのか、ヴォルガルが丁寧に一歩前に出て、芯を強くした声で鋭く告げた。


「シェリン様、どうかお言葉をお慎みください」


 アタシが言い返す前にラムズは立ち上がり、控えていたメイドとヴォルガルにそっと声をかけた。


「二人で話したいから、お前らは出て行ってくれ」

「はい」


 張り詰めた面持ちのまま、彼らは足音を殺すように歩いて扉を開いた。そしてぴたりと閉じられる。


 強制的に普段と違うルートに突入〜♪ アタシはいい加減食べ飽きてきたドラジェを、また口に運んだ。


「なに話すんですか?♡」


 ラムズの長い睫毛が軽く伏せられ、短い息が漏れる。思ったとおり、全然怒ってないっぽい。変なヤツ。


「……使用人の前でも、俺にああいう口を効くことにしたのか?」

「んー。パパがアタシのお願い叶えてくれないから」

「お願いって、王子との婚姻を解消したいという話か? あれはすぐに決められることじゃないんだ」


 あ? おまえは婚約破棄させたいんだろ? ただ謎に聖女とアタシをバトらせたいだけなんだろ? 意味わかんないからやめろ。

 アタシは皿の中に手を突っ込むと、ドラジェを十粒くらい掴んでラムズに向かって投げつけた。


「黙れ! 貴族は嫌なの。息苦しいのがいや。疲れた。本当は逃げ出したいくらい!」


 長椅子の上にぱらぱらとドラジェが落ちていく。

 超暴言吐いても怒られなかったんだから、お菓子くらい投げつけても殺されないよね?

 ラムズは、自分の服に落ちたドラジェだけ、一つずつ拾って机に置いた。


「……俺に当たりが強いのは、婚約が嫌だからか? 他の使用人とは仲良くしてるんだろ?」

「それもあるし〜。あとパパがアタシのこと殺したから」


 なんちゃって〜と続ける前に、彼の口から「悪かった」という言葉が落ちた。


「……え?」

「もう魔力は勧めないから。魔法学もいつでもやめていい。嫌なら無理する必要はない」


 ん? アレ?

 パパ、アタシが転生する前にもシェリンのこと殺しかけたの? それに魔力って……んん? 魔力を勧めるってナニ?


「魔法学は別にいいよ」

「……悪かった、シェリン。もう二度と言わないから」


 なんか謝りだした。さっきからアタシが暴走してるだけなのに。


「その話はもういい! とにかく……王子とは仲良くしたくないの。貴族やめたいの! アタシ家出してもいい?」


 逃亡すると殺されるなら、先に逃亡の許可をもらえばいいのでは? とシェリンちゃんは考えたワケです。


 彼の透きとおる青眼がじっとこちらを見つめる。緩く銀の睫毛が瞳に被さった。


「……じゃあ俺と出かけよう」

「え?」

「俺とふたりでいるときは好きに振る舞っていいから。貴族をやめて、数日屋敷を出ようか」


 ど、どういうこと……。



 考えられるのは二つ。


・なんとしてでも婚約破棄イベントを成功させたいので、アタシの機嫌を取りたい。


・生意気すぎて手に負えなくなったので、事故に見せかけて殺す。


 どっちにしても詰みゲーでは?


 でもパパとのお出かけイベントなんて初めてだ。たとえ殺されるとしても、婚約破棄を強行されるとしても、今までと違うシチュエーションなら新しい情報が得られるはず。次のルートに活かせるはずだ。



「なに着て出かけるの?」

「服は用意してやるよ。そうだな……明後日なら予定が開けられそうだ」

「何日家出できるの?」

「せいぜい一日か二日だな……」


 パパ、二日も仕事サボっていいんだ?

 まあコイツの仕事、実質門の管理だけっぽいからな。たぶんそれ以外は部屋で宝飾品眺めてるんだと思う。


「ふーん……わかった。楽しみにしてるね」


 アタシがあどけなく微笑むと、パパは立ち上がった。部屋の扉を開ける前に、青い視線が落ちてきた。


「その代わり、さっきの発言は俺に怒られたってことにしろよ? こってり絞られたって言っとけ」


 涼やかな目鼻立ちかこちらを見下ろし、すぃと目が逸れる。アタシの頭を軽く手が抑えた。


「いいな」

「わかった♪」


 部屋を出て、アタシはメイドを連れながら廊下を歩いていく。



 アイツも大概、貴族っぽくないよな。アタシのタメ口も許すし、暴言も許すし、一緒に家出しよとか言い出すし。話し方もそうだ。腹黒だしクズだし、宝飾品にしか興味がなさそうだし、きっとアタシみたいにズレてるんだろう。


 ──だから、「聖女と王子を結婚させて、自分が権力を握る」という目的にはどうも違和感があるのだ。


 アイツはそういう地位や名誉に固執していない。使用人たちの前で娘に恥を欠かされても気にしないんだから、ろくにプライドもないのだろう。(実は超怒り狂ってるって可能性はあるかもね? 今度のお出かけでアタシが殺されたらそっちが正解)


 じゃあ、魔界の門を開いて世界を滅亡させる気とか? アタシが七回目のループで見た悪魔たちって、パパのせいで現れたとか?


 ……けど、悪魔は人間の世界の何もかもを破壊しようとする生き物だ。門が開き悪魔が溢れてしまったら、パパの大好きな宝飾品はぐちゃぐちゃにされる。今あるものは守りきるとしても、文明が滅び、これ以上手に入れることはできなくなるだろう。


 ま、ゆっくりお屋敷探検でもして考えよ〜。



 ✶



 なかなか過去のヒントが見つからないな〜。


 メイドたちには「シェリン様ももうすぐデビュタントなのですから、そちらの準備を……」なんて言われたけど、準備は既に完璧だ。何回デビュタントやってると思ってんだ。こっちはプロだぞ?


 ま、シェリンはもともと冴えない令嬢だったのでそう思われるのも無理はない。

 勉強も頑張ろうとはしていたようだけど、物分りが悪く、特に集中力がなく途中で苛立たしげに勉強を突っぱねることばかりだった。ダンスの練習、礼儀作法の勉強もそこそこと言ったところで、不器用で鈍いヤツだ。そのくせ、自分ができない理由、諦める理由を人にぶつけて喚くタイプ。

 シェリンは、良くも悪くも公爵令嬢らしかった。メイドや下位貴族など下々に対しては尊大に振る舞い、ときに無理な命令や我儘を押し通す。


 ん、アタシに似てるって? 黙れよ? アタシのほうが上手くやってんだよ。



 屋敷のどこを探しても、〝過去〟を知るためのヒントは見つからない。そもそもラムズは綺麗好きで、着飾るのが好きで、屋敷の随所にも小ぶりな宝飾があしらわれ、空間そのものが磨きあげられた宝石みたいだった。埃も古いアレコレも見つからない。

(なんでも、屋敷の掃除はラムズの浄化魔法でいっぺんに行ってしまうらしい。アイツの魔法がチートすぎるおかげもあって、公爵家にしては随分使用人が少ない)


 母親の遺品さえ出てこないな。もしかして〝罪悪感〟って……シェリンが母親を殺したとか?


 いくつか鍵のかかった部屋や、使われておらず扉が開けられない部屋はあった。隠し扉や魔法のカラクリで入れる場所もあるみたいだ。どうにも、アタシの黒魔術では開けられそうにない。魔力認証が必要みたい。

 たぶん、ラムズが宝飾品を仕舞っているのだろう。


 アタシの部屋の隣も、使われていない部屋だ。

 ただ、娘の部屋の隣に宝飾品のための物置きを置くとは思えず、夜中に透視の黒魔術を使ったことがある。(壁からなら魔術が通った)


(……ん?)


 家具の配置や部屋の間取りが、アタシの部屋と似ている。ただ綺麗に掃除されていて、しばらく誰も使っていない部屋であることはたしかだ。昔のシェリンが使っていた部屋とか?




「あ、ヴォルガル」

「シェリン様。こんにちは」


 狼の亜人のヴォルガルと、廊下ですれ違った。家令であり、公爵であるパパのことを愛称で呼ぶほど仲の良い狼の亜人だ。

 腰を屈めてアタシを見る金の瞳に、以前のループの記憶が蘇った。



『申し訳ありません。シェリン様。ご命令ですので』


 普段おっとりとした顔つきの彼から、抑揚のない声が耳に滑り込んでくる。


『ヴォルガル! 離して! わたくしはただ……』

『……ただ、なんですか? どうして貴方が黒魔術など学んでいるのです?』


 黒魔術のことも全部探られ、彼に捕まってしまった。


 ──逃亡ルートでアタシを探しだすのは主にヴォルガルの役目だ。そのうえ、アタシは一度この男を殺したことがある。アタシがパパ殺害計画を立てたループのとき、失敗したのはヴォルガルのせいなのだ。パパを殺す黒魔術を使ったはずが、なんらかの妨害に遭い、魔術の向きが歪められてヴォルガルが死んだ。


 逆に言えば、彼はラムズに対して命を懸けるほどの忠誠を誓っているということになる。



「今日はどこにお出かけで?」

「ん〜? 内緒。お仕事頑張ってね〜」


 ……やっぱり彼に〝過去〟のことを尋ねるのは悪手だ。これは最終手段にしよう。

 愉しそうなことなら喜んで暴走するけど、今コイツと話したいとは思わない。




『バニーって三年前に屋敷に来たんだよね? ヴォルガルみたいに長い人って他にもいるの〜?』


 仕方なく別の使用人を攻めてみようと思って、メイドのバニーにそれとなく探ってみたことがある。


『そうですね……実は同期の方や後輩の方が多いのです。ヴォルガルさん以外は、私も存じておりませんで』

『ふぅん……』


 上手くいかない。フツー貴族って長くその家に仕えるんじゃないのかな〜?




 アタシは庭園に出た。美しく整えられた生垣が迷路のように曲線を描き、白い花々が陽光でダイヤモンドのように輝いている。庭の一部ではまだ剪定が終わっていないのか、花鋏が独りでに浮いてパラパラと音を立てながら枝葉を切っていた。


「パパの魔法便利〜」


 横目でそれを眺めながら、庭の奥まで進んでいく。途中、小さな湖を埋め立てたような場所を通った。周囲の大木は見事な花を咲かせているし、木漏れ日の差し方も悪くない。なんで埋め立てちゃったんだろ。


 ──あ。いる。


 後方二十メートルくらい。魔法で気配を消してるけど、誰かがアタシを尾けてきている。

 多分ヴォルガルだ。以前のループでも、こうして監視され、黒魔術のことを暴かれ、怪しいという理由だけでパパに殺された。


 ……はてさて。今回はどうなるかな。


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