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08|罵倒できる機会があったらそりゃ……ね?.

 とある日の朝、新しいドレスや装飾品がクローゼットに大量に詰め込まれていた。


「えぇ〜……?」

「お父様からのプレゼントですよ、シェリン様!」


 メイドのバニーは上機嫌でクローゼットの中のドレスを見つめている。

 ……こういうプレゼントってさァ、勝手に買うんじゃなくてまず相手の好みを聞いてからだな……。サプライズって嫌われんだぞ?


 アタシは唇を尖らせたまま、ウォークインクローゼットの中に踏み入れた。ドレスを一枚ずつ見比べては、たまに光のほうに掲げたり、装飾品を合わせてみたり。


「ん〜。アタシの負け」


 腐っても超モテ男だもんね〜。女の趣味くらい一発で当てられるって?

 何着かアタシ好みにリメイクしたドレスがあったから、それを参考に選んできたんだろう。


 ま、ありがたく使わせてもらう♪


 アタシは超ご機嫌で支度をして、ドレスに合わせてメイクやヘアスタイルもアレンジしてもらった。仕上がった格好に、やっぱりメイドのバニーが目を瞬いている。


 肩を大胆に出した黒いミニドレス。腰がキュッと絞まっていて、そこから滑らかに上質な生地が流れていく。脇には細いレースと革紐が無造作に編み上げられ、ブラックダイヤモンドのような煌めきが彩られている。


「お嬢様……デビュタント前のご令嬢にしては挑戦的すぎる格好と思うのですが……」


 肩の出方、腰のくびれ、脚の長さ。ドレスの上からでも、ちゃんと〝アタシの形〟が艶やかに見えると気分がイイ。


「アタシはこういうのが好きなの〜」


 悪魔だぞ? アタシはキュート&セクシー担当であって、エレガンス担当ではないの♪


 アタシのお洒落好きは、そもそも「自分の体が好き」というところから来ている。体のラインの美しさや、扇情的な魅力、そして顔貌の美しさを人にアピールしたいからこそ、お洒落が好きなのだ☆



 気分がよかったので、新しいドレスを着て屋敷の中をうろつくことにした。

 何人かの使用人は普通のご令嬢が着ないようなミニドレスに驚いていたけど、「よくお似合いです」とか「本当にお美しいですね」とか褒めてくれる人のほうが多かったので、アタシはさらに気分上々になった。


 男の使用人が通ったときは、ここぞとばかりに上目遣いでドレスを翻す。


「見て! 見てみて!」

「お嬢様……そのように殿方に近づいてはなりませんよ」

「てへっ♡ ちょっとえっちでしょ?」

「お嬢様! いけません、そういうことを仰っては……!」


 あはは〜顔真っ赤♪ からかうのたっのし〜。




 そうして自慢して歩きながら、今日も今日とて、屋敷で〝過去探し〟に勤しむことにする。

 このままだと、アタシがまずい立場に追い込まれそうだからだ。


 まず、家令であるヴォルガルの言葉、「最近のシェリン様を見ていると、昔を思い出すのです」。

 ラムズの問いかけ「罪悪感と言っていた話も、どうでもよくなったのか?」。

 そして、アイツはドレスやヘアスタイルはこのままでいいと言い、パパ呼びも「変えるなよ」と話す。


 明らかに〝過去の何か〟が関わっている。


 パパ呼びやらヘアスタイルやら、罪悪感のせいで〝シェリン〟が変えてしまったのか? それで、アタシの知る「悪役令嬢シェリン」になった?


 ……でも、いったいなんの罪悪感?



 最近パパとの距離が縮まっているし、この「罪悪感」の正体や「過去に何があったのか」を突き止めないと、今の悠々自適生活が崩れてしまう。


 ──つまり、ちょっとしたお喋りの途中で誤魔化しが効かなくなり、「なんで昔のことを知らないんだ。あんなに罪悪感で苦しんでいたというのに!(?)」みたいな話になって、「まさかお前、中身が変わってるな!?」なーんてことになったら目も当てられない。


 なので屋敷の使用人も八割以上懐柔して動きやすくなった今こそ、アタシはこの公爵家の過去を暴くことにしたのだった☆


 せっかく上手くいってるルートだからね〜。今までと違うことばかりで愉しいし♪ すべての話の裏を取って、アタシは死亡ルート回避のためのヒントも集めていくのさ。



 ふらふら歩き回りながら、いくつか物置きを覗いてみる。それらしいものはない。……ん、いや。むしろ肖像画とかあってもおかしくなさそうなのに、全然見当たんないな……。

 曲がりなりにも「まだ妻を思っている」とか言ってたんだから、アタシたち三人の絵を飾っておいてもよくない?



 それから東翼に辿りつくと、以前に香った〝いい匂い〟に気づいた。そうだ、あの大浴場があんじゃん。


 実はこれまでのループで、ずーっと気になっていた浴場があったのだ。でも「旦那様専用の浴場ですので、シェリン様は」とメイドたちに止められていた。これまでは父親には従順な令嬢を演じていたので諦めていたけど、今回のシェリンちゃんは違うぞ? 好きなことはぜーんぶやるって決めたもんね〜。


 使用人たちを掻い潜って浴場に向かうのも、もうお手の物だ。自室にいったん戻り、メイドのバニーに「隠れんぼしよ〜」と言って勝手に部屋を抜け出した。




 浴場は白と淡い金色の大理石で覆われた、広大な空間だった。天井の高いアーチ型のドームには、魔法をかけたステンドグラスから青白い光が降りている。円柱には水晶の吊りランプが飾られ、浴槽の縁に精緻なレリーフが刻まれている。


「超豪華。いつものお風呂の百倍くらいデカいじゃん」


 吸血鬼の体質なのか、アタシはほとんど汗を掻かない。汚れも付かないので、毎日お肌はすべすべだ。だから特別風呂好きとかそういうワケじゃない。

 でもこの大浴場がある東翼の辺りを通ると、いっつもいい匂いがしてさァ。パパだけ特別な浴剤を使ってるの、ズルいってずっと思ってたんだ。


 そしてその優しい香りを醸す湯は、ただの水には見えなかった。どちらかというと鉛を溶かしたような……水銀風呂みたいな……。

 手を突っ込んで掬い上げると、銀の湯がさらさらと雪のように舞い零れていった。


「水は真水(しんすい)だな」


 貴族社会で普段使われているのは澄水(ちょうすい)といって、不純物があれこれ含まれている。自然界で最も多いのは澄水だ。

 逆に真水は何にも影響を受けていない、正真正銘の〝無の水〟、みたいなヤツ。魔法などですべての不純物を取り除かないと作り出すことはできない。


 なのでアイツは、わざわざ真水を使って風呂に入っていることになる。


 一歩ずつ脚を浸し、湯船の中に入る。そうして全身が湯に包まれてからようやく、アタシは気づいた。


「これ魔力?」


 アタシは浴槽の縁に腰を落とすと、腕を湯に浸し、全身を強ばらせて集中力を高めた。

 シェリンの体には魔力がない。でも、まったくのゼロというわけではないのだ。だから超頑張って全身から掻き集めれば──

 掌から僅かに魔力が漏れだした。浸していた掌周りの水の銀色がほんの少し濃くなった。


「やっぱ意識しないと流れないよね、こんなの」


 真水はアタシの黒魔術でも使うことがある。たぶん、魔力をこうして水に溶け込ませるためには真水を使うほかないのだろう。

 これだけ銀の色が濃いのだから、ラムズはわざわざ魔力を湯の中に流し込んでいることになる。


「アイツなにしてんだ?」


 まーいっか……。いい匂いなお風呂なことには変わりないし。しばらく浸かってたらだんだん体力回復してきたかも。

 悪魔は元々魔力が豊富で、魔法も大得意な種族のはずだ。今の体には魔力がないけど、器の外側だけでも魔力に触れることができて魂が喜んでるのかもな。


 吸血鬼であるラムズも魔力は豊富なのだ。だからこのシェリンだって、その血を受け継いで魔法が使えるようになってたらよかったのに……。国一番の魔法手であるパパと、魔力すっからかんの娘シェリン。あーカワイソ。アタシも不便でサイアク。





 ひとしきりお風呂を楽しむと、アタシは重たい扉を押し開けた。湯気をまとった空気がゆるやかに脱衣室に流れていく。

 白壁に囲まれた静かな脱衣室に踏み込んだそのとき、入口の扉が開いた。……げ。


 夜闇を溶かしたような外套に、白光りするダイヤモンドの襟飾り。センスよく施した宝飾品で着飾った、パパが現れた。冷たい銀髪がさら、と揺れ──首を擡げた彼と目が合った。


「消えろ! 変態! ロリコン! クズ!」

「…………は?」


 彼はまず、プライベートスペースであるはずの場所にアタシがいたことを認識して、次にアタシが風呂上がりであることに気づいた。そしてなぜか突然罵倒されたことに、思わずと言ったふうで声を出した。


「お前が勝手に入ったんだろ? なんで俺が──」


 彼は誤魔化すように咳払いをして、顔を背けた。


「入ってくんな! ヘンタイヘンタイ!」


 せっかくの機会だ、いっぱい罵倒しておこう♪


「もうお嫁に行けない! キモ! 大っ嫌い! 勝手にお風呂に入ってくるなんて最悪!」


 誰が見てもアタシが悪い。勝手にアイツの浴場を使ったうえ、使用人をひとりも付けずに入っていたから、ラムズも脱衣室に入るまで気づかなかったのだろう。

 そのうえなお悪いことに、実はアタシ、別に全然怒ってない♪


「くたばれカス!」

「……俺悪くねえだろ? シェリンが勝手に入るから──」


 彼はもう一度咳払いをすると、これ以上体を見ないようにという気遣いか何かなのか、目を伏せた。


「……悪かった。出ていくから」


 ふーん。勝った。

 一方的に怒られても全然気にしないんだな、アイツ。


 アタシはふんふん鼻歌を歌いながら服を着替えはじめる。……でもそこで、違和感に気づいた。


 アイツ、今めちゃくちゃ素じゃなかった?

 フツーに口悪かったよな?


 今までアタシを殺す瞬間まで、あんな砕けた口調で話していたことなかったのに……そんなにびっくりしたのか?

 いつもの仮面モードなら、速攻謝りそうなもんだ。あんなふうに〝言い返す〟なんてらしくない。



 ──そういや、今までのループでも一度だけあんな顔を見たことがあったな。


 今回と同じく、上手くいかないループ生活に飽き飽きしていたころ、思い切って裸で屋敷の廊下を歩いたことがあるのだ。みんな超大慌てで超笑えた。お気に入りの(うつわ)だから自慢したかったんだよね〜♪


 そんで、これまではアタシがどんな失敗をしても相談を持ちかけても、執務室に籠りきりだったラムズが焦ってやってきた。


『なにしてる? なんで裸で歩いてんだ』

『べーだ! おまえのせいだし!』

『…………は? なんで、』


 それからしばらくして、アタシは使用人の目を盗んで窓から飛び降りた。


 別に裸を見られたこと自体はど〜でもいんだけどね〜。悪魔に羞恥心なんてないもん。それに、アタシは外見を褒められるのがだーーいすきなのだ。魅力的だって思ってくれる反応を見るのが大好き。逆に言えば、外見をディスられると殺したくなる♡

 令嬢じゃ考えられない行動に、パニックになってる人間どもを見るのも愉しいし?♡


 けど、それから数日経って不快そうに見てくるやつとか、くすくす嘲るやつとか、「令嬢としてはお終いね」とか言われまくったので、もう今回のループはいいやって。……もともと、何度も死にすぎてそのときのループも自暴自棄になっちゃってたのだ。



 ……ともかく、もしかしたら昔のシェリンとは、こういう軽口なやり取りもしてたのかもね。




 着替え終わったアタシが廊下に出ると、少し離れたところでパパが壁に背を凭れて待っていた。謝るために待ってたのか?


「べーだ」


 別になんにも怒ってないけど、舌を出してかわいく威嚇しといた。横を素通りしようとすると、彼の長い腕が伸び、アタシの手首を掴む。


「……なんで浴場使ったんだ」


 コイツの手ぇ冷た。吸血鬼って冷たいんだね。


「どうでもいーでしょ」

「…………体は?」


 何が? 魔力に浸ったから何か悪影響があると思ってるのか? 別に魔力がない娘が外から魔力を浴びたって、なんにも問題ねーだろ。


「セクハラ発言やめてくださーい」


 ま、正しくはなんの話かわからなかったし、変に喋って墓穴を掘りたくなかったので誤魔化した。(どうしてあれが魔力だと気づいた?とか聞かれたらめんどくさい)


「だからそうじゃなくて……」

「あ。パパ、ドレスありがと♡ 見て? かわいいでしょ?」


 今になって自分が贈ったドレスを着ていることに気づいたらしい。彼は上から下まで視線を動かしたあと、首を傾げ、ふっと笑った。


「かわいいよ。俺が選んだんだから当然だろ」

「は? ウザ。アタシ自体がかわいいからだし」

「俺の子なんだから当然だろ」


 …………なんだコイツ?


「お前がいちばんかわいいよ」


 誰と比べてんだ? ちょっと頭おかしい。もうほっとこ。お礼言って損した。


 アタシはつんと前を向いて歩きはじめた。アタシも大概だけど、ラムズもしょっちゅう言うこと成すこと変わってて意味わかんない。普段から仮面ばっか被って生きてるから、チグハグな発言ばっかしてるんだ。


 そのあとは、彼はもう引き止めてこなかった。




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