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07|パパって呼んだらなんか壊れた

『エンジェリーナ。俺はただの公爵なんだ』

『〝ただの〟だなんて。ラムズ様はただの公爵なんかじゃありませんわ』

『ありがとう、エンジェリーナ。だが……男であり当主である俺が、今以上の力を手に入れることはもうできないんだ』


 雲行きが怪しくなってきた。


『この国でいちばんの力を持つのは王族だ。現王が、現王のあとは第一王子、そしてその妻が国を率いていく──』

『……ええ。そうですわね……』

『今の俺の立場では、聖女であるエンジェリーナと婚姻を結ぶのは難しいんだ。だが王族は違う。然るべき手順を踏めば、すべての決定権を持つ王族であるなら──』


 ラムズは最後まで言わなかった。聖女がはっと声を漏らす。


『私が……! 私なら王族になれますわ!』

『悪いことを考えてるな? エンジェリーナ』


 彼はくつくつと笑って悪戯っぽく問いかけた。


「…………」

「シェリン様?」

「……あぁ、ハニーラ。なんでもないの」


 ──やっぱりおまえが悪いんじゃねーか! おまえが誘導してんじゃねーか。すべての元凶、おまえだろ!

 さっき娘に「聖女を蹴落としてでも婚約にしがみつけ」と言った同じ口で、聖女に「第一王子と結婚して俺に権力を与えてくれ」って話してたのかよ? 二枚舌がすぎる。


 そのうえいかにも「愛のためならしょうがねえよな」ってな雰囲気で悲しく笑ってるけど、その「愛」も偽物だろ? ほんっとクズ! 目ぇ覚ませ聖女。いくらイケメンでも中身1000歳のおじーちゃんだぞ、おい。


 アタシは紅茶に角砂糖を五粒落とすと、ぐるぐるとスプーンでかき混ぜた。表情を取り繕い、改めて「なんでもないのですわ〜」とふたりに笑いかける。


『ですが……そうなると、王子の婚約者であるシェリン様は……?』


 聖女の言葉に、ラムズは項垂れたように声色を落とした。


『以前話したとおりだよ。彼女は……俺は、』

『お(いたわ)しいラムズ様……。シェリン様は、お父様の気持ちをまったく汲んでくださらないのね。この前の馬車でもあんなふうに振る舞って……』


 アタシの悪口大会でも始める気〜?

 優秀でかわいくて魅力的で賢いって喜んでたくせに。(そこまで言ってない? うるさいなー事実でしょ?)


『……今の俺には、エンジェリーナしかいないんだ。俺は妻を亡くした上、娘が……』

『そうですわよね。不幸が続きすぎております……。ラムズ様は、奥様方を愛しておられましたのに……』


 あぁ〜? なんだふたりして悲劇のヒロインごっこやってんのか? 


 片や聖女はラムズにぶりっ子するためにメソメソしてて、片やラムズは聖女を騙すために悲しい未亡人貴公子を演じてる。水面下の戦いが酷い。腹黒バトルかここは……?


 てゆーか、聖女をただ第一王子の妻にさせたいだけなら、アタシが身を引けばすむ話でしょ? それをなぜアイツは〝シェリン〟にまで発破をかけてる? 二人をあえて競わせる理由はナニ?


 自分のために美少女たちが頑張ってくれてて唆る〜♡ってコト? クズ?



『ラムズ様。大丈夫です。私は強いの! きっとラムズ様の力になりますわ』

『……ありがとう。いつかお前と結婚できたらいいな。そんな夢を叶えてくれる子がどこかにいたらいい』


 あ? キモ。その口に生ゴミでも突っ込め。

 まあ演技が上手いという意味では褒めてあげなくもないけどサ。


『ラムズ様ったら』


 演技に気づけ聖女。糖分過多すぎてこっちは吐きそーだぞ。あ、アタシが紅茶に角砂糖を入れすぎたのか……。



 それから、聖女はアタシたちの元にやってきた。

 これまでのループどおり、ここから聖女から王子への猛アタックが始まる。

 本来のルートでは、不器用なシェリンは聖女の猛追に負け、王子を奪われ、ド下手くそな聖女虐めと色仕掛けの末、断罪される。


 今のアタシなら、聖女と競り合って王子を虜にするのは朝飯前だ。けど、もう今までのループで試したことだからなぁ。(メロメロ王子、けっこうかわいかったよ♡)

 かと言って聖女の言いなりになるのもつまんない。



 それになにより、今回の会話だけじゃラムズの〝本当の目的〟はわからなかった。


 聖女との結婚ではない。当たり前だ。

 じゃあ権力がほしいのか? 公爵以上の地位を求めてる?


 これにもイエスとは言い難い。

 アイツはむしろ、国王の下で金をもらって悠々自適に過ごしたいタイプだろう。その理由はおいおい語るとして。


 すると聖女の利用価値って……。

 ──聖魔力。魔界の門番の任務……あの門をどうにかしようとしてるとか? でもそれも妙なんだよな……。


「ま。いーや。アタシは好きなようにやるって決めたんだ」

「シェリン様?」


 アタシは集まった三人に挨拶をして断りを入れると、ガーデンテラスから帰ろうとしていたラムズのほうへ駆け寄った。


「おとーさま♪」


 青い視線が冷たく落ちる。

 言いたいことははっきり、そしてストレートに言っちゃえ☆


「アタシ、第一王子殿下と婚約解消したいです♡ やっぱ好みじゃないです♡ アタシ誰とも結婚しませ〜ん!」

「……おい、シェリン?」


 聖女に「こちらが婚約解消してもいいのですわよ」と伝えても殺された。王子と仲良くして婚約破棄を防ごうとしても殺された。聖女と仲良くなるルートは失敗した。

 けど、今のアタシは王子とイチャイチャすんのも聖女とバチバチやんのも飽き飽きしてるのだ。


 ……なら、もうパパに直談判してやればいい。

 なぜかアタシと聖女を競わせたいなら、その壇上からは降りると審判に言ってやる。反則を取られる前に宣言すればこっちの勝ちだ♪


「シェリン。なに言ってる? 婚約はそう簡単に覆せるものじゃない」

「でもやだもん! 気が変わったんです! 絶対結婚しません! 明日からは、お茶会でみんなに『王子との婚約はなくなったの』って宣言することにします♡」


 彼は腰を曲げ、小さな子に言い聞かせるような物言いで言葉を繋げた。


「シェリン、あのな? 貴族のあいだではいろいろ取り決めがあってな、お前ひとりの感情ですぐに動ける話じゃないんだ。それも王族との取り決めだ、急にそんな話をしたらどうなるか……」

「え〜?」


 二、三十メートル離れたところで、聖女が不安げに立っているのがわかった。

 ああ、こいつら、さっきは手も繋げなくて嘆いてたんだっけ?


 アタシは心の中でにんまりと笑い、パパの腰に抱きついた。


「おねがい♡」


 顔を上げ、上目遣いで揃いの青眼を覗き込む。


「パパは王サマと仲良しでしょ? パパなら大丈夫でしょ?」


 ……………………アレ?


 コイツ、完全に固まってない?

 おーい。おーい? アタシの魅力にやられちゃった感じですかぁ〜?


 ──いやいや、寝言も寝て言えよ? さっきまで国の宝である聖女を誑かしていた男が、娘のぶりっ子発言で固まってんのかよ? ノリツッコミさせんなって。


 ラムズの青眼がひくりと瞬き、アタシの腰に手が回された。かろうじて意識を繋げたのか、「シェリン?」と薄い唇から声が落ちる。


「パパ?」


 あ。間違えた。〝お父様〟だった。シェリンは元々そう呼んでたんだ。


「えっとぉ〜。おとーさま、でした」

「…………おまえ、」


 あばばばば。中身違うかもとか思われた? ナニ、どういう感情してるのか全然わかんない。瞳が〝無〟すぎなんだけど。

 アタシの頬に冷たい指先が触れる。そのままもう一度顔を上げさせ、視線を交えた。


「……なんでパパって言うんだ」


 やば。呼び方違うから別人だと思われた?


「ん、ん〜」言い訳言い訳……。「ずっとパパ呼びしたかったけど……お貴族様だからお父様のほうがいいのかなって……」

「……だからいいって言ったのに」

「……え?」


 視線の先が下りたまま、彼の指先が頬を摘んだ。


「パパのままでいいって言っただろ。変えるなよ」


 雫を繋げたような声が、小さな不満を漏らすように落ちた。


 ──変えたの? 昔は〝シェリン〟もパパ呼びだった?


 彼の青く狭まった視線が、頬を撫でる指先と一緒に流れていく。


「……俺のシェリン」


 独り言のようにそう呟くと、ラムズは頬から指を外し、アタシの腰に緩く回していた腕をほどいた。そっと体を遠ざける。


「王子との婚約のことは考えておくから。……まだ早まったことはしないでくれ」


 なんだか、いっぱいいっぱいだというふうに見えた。アタシの勘違いかもしれない、婚約破棄の話題から避けたいがためのコイツの演技かもしれない。でも、今はなんとなく、そっとしておいたほうがよさそうだ。




 そのあとの聖女は、これまでのループと違ってぎごちなかった。アタシがパパに抱きついたのがよほど堪えたらしい。

 コイツもコイツでおかしーんだよな。アタシはパパの娘だぞ? 嫉妬してどーする? ま、怒らせたのはアタシなんだけど☆


 第一王子とは曖昧な態度でやり過ごし、にっこり目の聖女からはびしびし殺気で貫かれ、何も気づいていないハニーラには蜂蜜クッキーを喰わせ、そうして波乱万丈のお茶会が終わった。




 どっと疲れて自室のベッドに倒れ込む。


 ……あのとき。

 アイツ、アタシの上目遣いとかかわいさにやられたとか、生意気すぎる発言に怒ったとか驚いたとかではなく──〝パパ呼び〟に反応してなかった?


 そんなにパパ呼びされたかったの?

 パパ呼びされて固まるほど嬉しいのかよ。


 いや、ん〜。あれは嬉しいって表情だったのか? 妙な違和感は残る。

 戸惑いはあっただろうけど……。ただ、これからもそう呼べって言っていた以上、たぶん喜んでるんだよな?


 媚び媚びルートのときがいちばんマシな終わりだったのは確かだ。実はそのときだけはアタシ、アイツに殺されなかった。

 パパの言いつけどおり聖女を虐め、断罪され、婚約破棄されて、アイツにも見放され、独房にぶち込まれた。


 だけどそのあとの結末は──

 アタシはそのときのループで、()()()()()()()()に殺されたのだ。



 パパの殺害から逃れ、最も長生きができたときでも、……この世界には滅亡が待っている。






この小説はムーンライト版(R18G)を投稿しています。

ムーンライト版では8話以降、展開や設定、ふたりの関係性などがかなり変わっています。ムーンライト版が気になる方は、次話以降は、以下リンク先でお楽しみください。


『毎ループ殺してくる腹黒公爵を煽ったら、執着スイッチが入りました』

https://novel18.syosetu.com/n6279mc/


ムーンライト版は、大筋はだいたい同じですが、歪み度やラムズの悪役度が上がり、倫理観が下がり、二人の会話シーン(溺愛度?)が増えています。

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公式サイト
悪役人外との歪愛を執筆しています




【書籍版】


『愛した人を殺しますか?――はい/いいえ』

海外児童書風ファンタジー。
boothにて販売中。

i1035850




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