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10|お屋敷の中を探検〜

 「尾行に気づいてる」と悟られるだけで怪しまれそうなので、まずは一旦おバカな令嬢のフリをして、埋め立てられた湖の周りをスキップしたり、花をぐさぐさ抜いたりした。

 そのあと、ヴォルガルがいるほうに向かって突然走り出した。


 こっちに走り寄ってくると思わなかったのか、アタシを見ていたはずの彼が体勢を変えた。そして偶然通りかかったんだとでもいうふうに声をかけてくる。


「シェリン様、こんなところで何を?」

「あ。ヴォルガル。また会ったね♪ アタシ走る練習してるとこなの」


 普段から奇想天外で勝手気ままな言動をしている。だから突然走り出しても怪しまれることはないはずだ。まあ、またアタシの精神年齢を疑われたかもしんないけど。


「ヴォルガルは何してるの?」

「庭にひとりで出ていってはいけませんよ。シェリン様」

「え〜。アタシひとりで遊ぶの好きなんだもん」

「シェリン様、お屋敷に帰りましょう」


 ……向こうに何かあるのか?


「やだー。ヴォルガルこそどっか行って。パパに告げ口するよ? アタシのこと監視してるみたいでウザイって」

「ですが……危ないので、私も一緒に行きます」

「いらないよ〜」

「シェリン様。これまでは人を連れて歩いていたでしょう?」


 なんだコイツ。面倒だな……。

 ふざけた調子で傾けていた姿勢を正し、首を傾げて嗤笑を滲ませる。


「ねえ。アタシを何歳だと思ってんの? いちいち使用人に纏わりつかれるのがウザイの。屋敷内の庭になんの危険があんのよ。邪魔。消えて」


 突然声色を変えたアタシにヴォルガルは両眉を上げ、それから背後の大きな尻尾をピンと張った。逃げ場をなくすような勢いで厳然と言い切る。


「……シェリン様。いったいあなたは何をお考えなのですか? 態度を変えた理由は旦那様に説明したのですか? 今度はいったいどんな心境の変化があったのですか」


 今の態度というより、ここ最近のアタシが、公爵令嬢モードのシェリンと違うことに対して指摘しているらしい。

 アタシは半分閉じたような眼で嗤い、気怠げに放った。


「うるさいなぁ。思春期の娘に理由なんて尋ねる? 気分だよ気分」

「気分で旦那様を振り回すのはおやめください」

「だったらパパが直接アタシにそう言えばいい。おまえはなんなの? パパに何か言われて来たワケ?」

「……いえ。ただシェリン様と旦那様が心配で」


 アタシは音もなく彼に躙り寄り、唇を三日月のようにぐにゃりと傾けた。


「パパの命令じゃないなら消えて? ここで偉いのはアタシとおまえ、どっち?」


 彼は固く口を結んだあと、最後にちらりと埋め立てた湖のほうへ視線を動かした。「どうか湖には近づきませんように。失礼します」と冷然と言い置くと、屋敷のほうへ戻って行った。



 きゃー! やっちゃったー!

 ついイラッとして……。てへ♡


 だって今回は「悪魔っ子モードで行く」って決めてたからさ、悪魔の甘言に騙されない悪い子のことはさくっと殺したくなっちゃってもしょーがないじゃん? むしろ、あそこで黒魔術を発動しなかっただけエラくない? アタシの思い通りにしてくれないのが悪くない? ウンウン。


 たぶんこのあと「あのシェリン様はおかしいですよ。なにか企んでます」ってパパに報告されて、今回のループもジ・エンドだろうな。


 でも別にいい。欲望のままに生きる悪魔の本質を曲げてしまっては元も子もない。とゆーことで、狼野郎のことは一旦無視してGO!

 



 謎に湖に拘っていたようなので、一通り調べてみた。……でも、特別面白いものは見当たらない。


 それから塀際の一角にある、白壁の作業小屋に来た。小人が住む家とでもいうふうに、周囲には色とりどりの小花が植えられている。

 ここは庭仕事のための道具が置いてあるって話だったけど、屋敷から離れているから、何か〝過去〟が残っているかもしれない。


 金の縁取りが施された扉を開くと、ひんやりした空気と埃っぽい蜜蝋の匂いが顔を撫でた。

 天井には露出した梁が交差しており、そこに古いランプと束ねたハーブが吊り下げてあった。片側の壁にはオークの棚、深紅のボトルが二十本くらい並んでいる。


 それから、白いリネンを被せられたガラクタが、目の前の床に並べられていた。


「この辺りを見てみるか〜」


 魔法薬の生成に使う道具や、古くなって捨てられる一歩手前の椅子や花瓶……どれも宝石だけ外されている。さらに奥の物を漁っていくと、アタシはひとつ〝違和感〟を見つけた。


「……お皿?」


 アタシが普段屋敷で使っている食器と同じ種類のものだ。そして、それよりも少し小さな、おそらく子供用と思わしき皿も一セットにまとめてある。埃を被ってはいるけど、割れたり絵柄が欠けたりしている様子はない。


 はて……なんで同じ皿がここにもあるんだ?




「あった」


 とうとうラムズとシェリンの肖像画を見つけた。


 花飾り彫刻の施された金箔の額縁。光や色彩を柔らかく取り入れた、軽やかな筆致の絵だった。

 ラムズは今と変わらない見た目だ。この絵の中でもやっぱり美しく着飾っていて、黒いビロードのコートにサファイアを散らした飾緒を渡している。隣のシェリンは七歳か八歳──。


「たしかに似てる……」


 彼女の緩くカールした髪を、指でなぞった。

 カールの跳ね感や、束ごとに微妙な強弱が付けられているところなど、とにかく髪の巻き方がかなり似ている。アタシ、昔を見事再現しちゃったみたい。


 貴族令嬢がよくやる巻き方だと、もっと規則的で艶やかな印象になる。でもこの絵のヘアスタイルは、アタシの知る〝シェリン〟がやりそうな髪型ではない。幼い頃とはいえ、ちょっとお嬢様っぽくないから。


 絵の中で、シェリンはラムズの膝の上で抱きかかえられている。腰まである長い髪が頭頂部の少し後ろで結ばれ、透けた黒いリボンで結ばれている。ラムズとお揃いでオーダーメイドしたらしい小さな黒いドレスを着て、何かを企んでいるような無邪気な笑みを浮かべている。


「もっと元気な子だったんだ。何か事件があって、シェリンは公爵令嬢として真面目に生きることにしたのかも」


 ま、片や七歳の子供、片やデビュタントを間近に控えた娘だ。何年も経っているし、心や性格が多少変わってしまってもおかしくない。……でもあの毒父は、その〝変化〟が許せなかったのかもな。だから昔の肖像画をここに仕舞ってしまったのだろう。


 裏返すと、左下に「ラヅァイエ=メイゼ・ギヴァルツ」「シェリン・ギヴァルツ」と文字が彫られている。


「……にしても、ママの絵はないのな?」


 少し漁ると、まったく同じ額縁を見つけた。……ただ、絵がなくなっている。裏側には二人の名前が書いてあったらしい跡があるけど、これは上から名前を消すように二重線が引かれていた。

 

 額縁が同じなんだから……同時期にママとシェリンの絵を描いてもらったのか? んなら、二つに分けずにフツー三人で描いてもらうと思うんだけどな。それにたとえラムズが妻を鬱陶しく思って名前を消したとしても、シェリンの名前まで消す必要ある?



 黒魔術を使って、肖像画の記憶を見ることはできる。ただ、肖像画自体に触れる人はあまりいないだろうし、絵を描いたのも画家だ。思い出の品というんじゃない以上、たいした情報は得られないだろう。



 それから、ふと右側の壁にある木棚に目を移した。同じ色のガラス製のワインボトルが並んでいる。空っぽかな。

 ひとつ取り上げてみると、やっぱり中身は空だった。彫刻も装飾もないボトルだ。くるくる回して仕掛けがないか確かめたあと、もう一度棚に戻した。


 そのとき、中に残っていた水滴が床に垂れた。


「ん……? 赤いな」


 腰を屈めて見つめる。


「……これ血?」


 アタシは床に落ちた染みに指を付けた。


「血だな。それに…………ラムズの血だ」


 血には魔力が含まれている。アタシはついこの前、アイツの浴場で彼の魔力に触れたばかりだ。魔法は使えないとはいえ、曲がりなりにもアタシは悪魔だ。じかに血に触れさえすれば、見知った魔力ならすぐに誰のものかわかる。


「パパは吸血鬼なんでしょ? 人間の血をストックしてるってんならまだしも、なんでアイツの血が入ってんだよ。魔力のバーゲンセールでもやってんのか?」


 確認したところ、ボトルはすべて空で、そしてすべてにラムズの血が入っていたようだった。今は使われていない──今はもう血抜き作業をしているわけではないらしい。

 浴場といいこのボトルといい、アイツは自分の魔力を外に出したいのか……? なんのために?

 ちまちまボトルに詰めるよりも、水に垂れ流すほうが楽だと気づいてやり方を変えたとか?


 ただボトルが空になってるってことは……その血を何かに使ったってことだよな?


 ──血。魔力といえば。





 今度のボトルには、黒魔術をかけることにした。


 一応、今一度気配を確かめる。……ん、尾けられてないな。


 スカートを捲って、ショーツのあいだに隠していた札や、胸の谷間に突っ込んでいた黒魔術の道具をいくつか取り出した。残りは、この物置きにあるもので事足りそうだ。


 呪文を唱え、魔法円の中心に据えたワインボトルに意識を凝らす。

 ……このボトルの〝記憶〟を見る。

 何があったか、これで何をしているのか。誰が、なんのために血を使ったのか。



『シェリン、やっぱり飲めないのか?』


 ──ラムズの声だ。完璧に視界を確保できるわけじゃない。声色はぶれたり台詞が途切れたりするし、姿はぼやけていてよく見えない。


『ごめんなさい……ダメみたい』

『こっちはどうだ? お前が好きなジュースと混ぜたんだ。もちろん血の味はしないよ』


 机に何かがことんと置かれた。誰かが取り上げる。

 そのすぐあと、咳き込んでグラスが落ちた。


『シェリン!』

『……ごめんなさい。お父様。(わたくし)……まだ。あの子のためにも頑張らなきゃいけないのに』

『シェリン、悪かった。……体は大丈夫か?』

『ええ。普通のご飯でも、全然動けるみたいだから』

『……なら、よかった』


 ぷつんと映像が途切れる。

 魔術が終わり、アタシははっとして息を吹き返した。これ以上は見れないみたいだ。



 口調からして、あのシェリンは、アタシの知るシェリンに近い雰囲気だった。12歳か13歳か、それくらいの歳に見えた。

 「飲めないのか」という発言はつまり──ラムズがシェリンに血を飲ませていたことになる。

 ただふたりの話しぶりからして、悪魔(アタシ)が悦ぶ甘くてロマンチックなお話ではなさそうだ。


 「普通のご飯でも、全然動ける」──逆に言えば、本来ならあの血を飲んで生活していたってこと?


 「あの子」ってのは……罪悪感の正体か?



 はて。シェリンは年齢とともにいくつか変化があったらしいな。


「──じゃあ、そのきっかけはなんだったんだ?」


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