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05|黒魔術の師匠を脅しに行くぞ!.

「はろ〜。オバサン」


 アタシは黒魔術を刻んだ封を切り、出迎えた女を突風で壁まで突き飛ばした。女はすぐさま体勢を変え、ローブの裾から呪い袋を取り出し投げる。アタシの元へ届く前に、呪い袋はじゅっと炎で焼けて灰になった。


「んな抵抗しなくても知ってるって。まず胸元のポケットに、《石化》、《逆流》、《沸蟲》、《狂笑》──」


 女は目を見張って靴を脱ごうとした。


「そっちは《黒い息吹》だっけ? 右脚は《腐食》でしょ? 全部対策済みだからサ、諦めて話聞こーよ」


 彼女は降参のポーズをするように腕を上げ、ゆっくりと腰を上げた。そのとき机の上の短剣をさっと取り上げアタシのほうに投げ──もちろん()()()()。狂いなくアタシの顔を狙った短剣を、軽く首を動かすだけで避けた。


「どこの小娘よ! あたしは忙しいの」

「《影縛り》の魔術と格闘してるだけでしょ」


 くすんだ紫髪がばさっと揺れる。


「どうしてそんなことまで知ってるの!? いったいなんの魔術を使ってる? 遠視には反唱魔術を用意してるし、追跡魔術の気配もなかったわ」

「まーまー。アタシが天才黒魔術師ってことで、ここは納得しろ?」


 歴然とした差を見せつけられたのだ。彼女は観念して腰を落とした。


 黒魔術師らしい、古い石造りの地下室の隠れ家だ。街にある井戸の封印紋を解いて、息を止めながら飛び降りたところにある場所。部屋には、ガラス瓶に入った魔術用の道具が所狭しと棚に並び、天井にも古い骨や羽根、特殊な染料を零した布が垂れ下がっている。


 アタシの定位置だった椅子に座った。


「アタシはシェリン。物騒な挨拶でごめんね〜」


 女の名前はヘヴィーサ。今はボンキュッボンのお姉サマだけど、実年齢は200歳を超えている黒魔術師だ。でも、人間。老化を防ぐ魔術を重ねがけして、生ける屍になった残念な女。

 薬剤の染み込んだ机で頬杖を付き、アタシはにこっと笑いかけた。


「そういえば、ロドリーは復活した?」


 彼女は血相を変えて立ち上がった。アタシの首元を掴み、唾が当たるくらい顔を近づける。


「どこから聞いた! あんた何者なのよ! よくもそんな舐めた口が……」

「舐めた口効いてんのはどっち? おまえより強い黒魔術師だって言ったじゃん? おまえのこと、いつでも殺せるんだけど?」


 ヘヴィーサは大きな舌打ちをして、隣に座りなおした。まだ眉間に皺が寄っているけど、話を聞く気になったらしい。



 ──そうしてかれこれ二時間。

 アタシがかつてのループでヘヴィーサと出会い、弟子入りをして、黒魔術を極めた愛弟子♡になった話をようやく信じてくれた。


「師匠に対する態度がそれ!? あんた!」

「いや〜。穏便に済ませようとしたこともあったんだけどサ、ヘヴィーサ全然信じてくれないんだもん。あれがいちばん手っ取り早かった♪」


 彼女はまだ半信半疑のようだけど、あれこれ魔術を披露したら信じるしかなくなったようだ。ヘヴィーサオリジナルの、それも誰にも教えるつもりがなかった魔術さえ知っているのだ。今はよそよそしいけど、そのうちまた〝仲良く〟なれるでしょ。


「……で。その天才黒魔術師になった愛弟子が何の用よ?」


 ヘヴィーサは紫の唇から煙をくゆらせ、金眼を不機嫌に尖らせた。


「生贄が足りないの。隣町で紋を付けてるでしょ? アタシにも半分ちょーだい?」

「生意気言うんじゃないよ」

「でもでも、それくれたら、蘇生魔術のヒントを教えてあげるよ〜?♡」

「それはあたしが作ったものでしょう?」

「よく考えて、ヘヴィーサ」


 アタシは首を傾げて嗤い、ささくれだった木の机に、コツコツとピンクのマニキュアを塗った爪を落とした。


「おまえが二年かけてやっと進んだ成果だよ。それを今ここで教えれば、蘇生魔法の完成まで二年短縮できる。どう? そろそろ老化防止の魔術も効き目が悪くなってるんでしょ?」


 彼女は唸った。

 ヘヴィーサは、死んだ夫を蘇生するために黒魔術を始めた女だ。もう夫が死んでから200年は経つとか。凄まじい執着心の持ち主だよね。


 ──ま、黒魔術は、人間の成れの果てと言ってもいいような「欲望」、「執念」、「狂気」を蓄えなければ使えないものなのだ。魔力を介して使う魔法とはまた別の概念。

 そして黒魔術は、現在魔界に封印されている悪魔たちにとっては、天敵の存在と言ってもいい。


 ああ、アタシ? アタシは中身が悪魔なだけだし〜。それに黒魔術って人間しか使えない禁術で、亜人も使えない(つまりパパは無理)んだけど、アタシの器は人間とのハーフだから♡

 アタシは別にこのヘヴィーサとかいう女ほど狂気に塗れてないと思う。でも中身が悪魔だから? 悪意や我欲、邪心がデフォルトで搭載されてるからサ〜。そりゃ使えるに決まってんじゃん?♡


「……いいわ。譲ってあげる。待ってなさい」


 やった〜。

 生贄を用意するには手間も時間もかかるのだ。今あるストックが切れそうだったから、このタイミングでヘヴィーサに会う必要があったというワケ。


 え、生贄って何かって? 生贄にもいろいろ種類はあるけど〜。黒魔術ってね、複雑な魔術のときはピーにピーしておいて、ピーピーピー、ピーピーピーピーピーする感じの仕組みになってるの♡


 特にループ魔法の再現はすっごく大変で、ピーピーピーピーなのだ。つまりアタシが死んでもう一度ループをやり直しになる瞬間、ピーピーピーピーピーピーピーピーピーピー。あ、全部伏字になっちゃった。ま、かわいいシェリンが腹黒パパから生き延びるためだからさ♡ 許して♡


「あとあと〜。ついでにセチュリーハニーもちょーだい?」

「……なんでそんなものがほしいの?」

「ちょっと使いたくて〜」

「またあたしの知らない魔術? 渡す代わりにあんたの知ってる魔術を共有しなさい」

「え〜。仕方ないな〜も〜」


 そうして無事セチュリーハニーを手に入れると、アタシはヘヴィーサの工房を後にした。



 ✶



 セチュリーハニーは思惑どおりちゃんと仕事をした。アタシが目をつけていた侯爵令嬢……ハニーラを()()に引き込むためのエサとして。


 王族の開いたお茶会に出向き、亜人がゆえに友達のいないハニーラに声をかけた。実は快活な性格の彼女は、お喋りに飢えていた。

 令嬢に似つかわしくないアタシの性格だからこそ、大好物の蜂蜜・セチュリーハニーも気に入ってくれて、()()になってくれた。既に二回はハニーラの屋敷に招待され、()()枠まで昇格している。


 公爵家に、聖女と王子がやってくる日はもうすぐだ。同日にハニーラを招待する許可は既に取ってある。あとはおまえがちゃーんと仕事してくれれば……。頼んだよ♡




「ハニーラ、来てくれたんだ!」


 アタシは早速彼女に抱きついた。ハニーラは嬉しそうに笑い、ハグを返してくれる。

 ハニーラの黄色と黒の(まだら)の髪のほうへ、アタシは忘れず手を伸ばした。


「ふわふわ〜」

「シェリン様が私の髪を気に入ってくれて嬉しいわ」


 彼女はくすぐったそうに笑っている。


「独特な質感で面白いもん!」


 細かい産毛で膨らみを帯びた縞模様の髪は、まさに()()()()に相応しい見た目をしている。

 実はアタシ、こんなの触るの全然好きじゃない。でもハニーラのコンプレックスがこの髪の毛であり、この髪と眼のせいで他の貴族に遠巻きにされているのを知ってるから、ね?

 しいていうなら、この髪でドレスを作ったらかわいいかもね♡ ブチ柄ワンコでコートを作るみたいにさ♡



 王子と聖女への挨拶を終えると、ラムズがアタシを近くに呼び寄せた。


「なんですか〜?」

「友達を作るのはいいが、殿下とも仲良くするんだよ」

「え〜」


 目を逸らし、アタシは不機嫌そうに唇をつんと尖らせた。ラムズは首を傾げる。


「……シェリン、最近はどうして態度が違うんだ? 第一王子殿下と婚約したいと言ったのはお前だろ?」


 アタシじゃねーし。アタシが転生してくる前のシェリンだし。


「ん〜。もうどうでもよくなったっていうか……」


 正直に言うわけにもいかず、曖昧な語調で終わらせる。

 それから一拍沈黙があって、彼は言葉を選ぶような、慎重な物言いで尋ねた。


「……罪悪感と言っていた話も、どうでもよくなったのか?」


 ……罪悪感? 突然なんの話?

 これも、昔にシェリンが言ってたのか? これまでのループでも、シェリンの人生を見ていたときにも、思い当たる話がない。


 なんだか重要そうな話題だし、はぐらかし方を間違えるとまずそうだ。


「その話はしたくないです」

「……まあ、そうだな。やめよう」


 上手く誤魔化せたらしい。


「それで……第一王子殿下の件だが」


 ラムズは居住まいを正し、そっとほどけるような柔和な微笑を繕った。


「シェリン、殿下との婚姻は公爵家にとって大事だと話したことがあるだろう? 王家との繋がりは絶やすべきじゃない」


 このセリフ、これまでのループでも聞いたことのあるやつだ。


「近頃、聖女様が殿下を気になっていると話していたんだ。今更聖女様を推薦するような者も現れるかもしれない。……だが、お前は優秀で美しい」


 今のコイツに「美しい」と言われても、ちっとも響かない。


「今までお前は、ほしいものはなんでも手に入れてきたはずだ。どう振る舞うべきかはわかるよな?」

「…………」

「きちんと正しい形に収めよう。結果さえ伴えば、皆認めてくれる。もちろん俺もな」


 彼の目は細く丸まって、瞳の奥に穏やかな温もりを灯す。緩やかに愛おしげに娘を見つめる視線が()()()()


「…………」


 ここは台詞が変わると思った。でも、これまでのループと一言一句変わってない。


「……わかりました」


 アタシは淡白に返事をすると、彼に背を向けた。体の中の熱が急に冷めていくのを感じる。



 あのクソ男……。

 ()()()までハメようとしてやがる。


 すべてはこの言葉から、〝シェリン〟は破滅したのだ。父親が期待していると思ったから、何があっても味方でいてくれると思ったから、「聖女を蹴落としてでも王子を物にしろ」、あの貴族めいた遠回しな表現をそう解釈した。

 挙句最後の〝あの目つき〟。今のアタシは偽物だと知っているけど、初めはこのアタシでさえ騙された。「本当に娘を愛しているのだ」と、そう解釈してしまった。


 ──今のシェリン(アタシ)が好きだって言ったくせに。もー許さん。アイツの寝首をかいてやる。(……いや、それは失敗したんだった)

 アタシが今回またどこかで死ぬことがあっても、聖女は絶対道ずれだ。アイツの計画がなんであれ、ぶち壊すことだけはさせてもらう。



 アタシはハニーラをガーデンテラスに案内した。白いクロスをかけた円卓に腰かける。メイドがティーセットを運んで、ハニーラの大好きな蜂蜜味のケーキやクッキーを並べはじめた。

 陽だまりの中でハニーラと他愛ないお喋りをしながらも、アタシの頭はみるみる冷えきっていった。


 ……もうすぐ、あと少しで聖女とラムズ(アイツら)の密談が始まる。おそらくあれがすべての始まりだ。


 このためにハニーラのくだらん無駄話に付き合ってやったんだ。


 きっちり仕事しろよ? なあ?


 







当小説は、異世界の言葉を翻訳しているという形で執筆しています。カタカナや現代チックな言葉遣いも多いですが、シェリンのキャラクター性も考えてこんなふうに書かせていただいております…!


また、作中における犯罪行為や思想等について、それらを推奨・肯定する意図はございません。



ラムズからの溺愛は、9話くらいから本格化します。


更新の糧になるので、↓の☆評価やブクマなどで応援いただけると大変嬉しいです…!

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