04|公爵令嬢だけどメッシュ入れてみた☆
実は1周目のループのときは、アタシは父親の腹黒ぶりを知らなかった。その前に見ていたシェリンの人生が、ただ悪役令嬢としてドジを踏んだだけのように見えたし、シェリンの死に際も見ていないから。
……でも、初めて転生したアタシが父親に殺されたとき、真っ直ぐに向けられた彼の伽藍洞の眼に冷水を浴びせられた気分がした。
(すべて演技だった。忙しくて少し不器用な父親なだけだって……そう思ってたのに。コイツ、本当に娘になんの感情もなかったんだ)
こちらを娘とも、いや、人とも、生き物とも思っていない眼。
『俺が作った娘だからな。後始末はしねえと』
そう独り言のようにぼやくと、なんの躊躇いもなくアタシの首に剣をかけた。
──そして今。
意識の失った聖女を見下ろした眼は、それとまったく同じ色をしていた。
「へえ……そっか。そう? そうなんだ」
にやにや笑いが止まらない。
コイツ、ほんっとに根っからの悪人だなあ? 唯一の恋人かと思った聖女すらただの傀儡かよ。何らかの利用目的があって近づいたんだ、そうだな?
嬉しいよ、アタシ!
転生した器の父親とはいえ、悪魔のパパがこんなに悪人で!
ただの人間じゃないとは思っていた。……いや、事実人間ではない。ギヴァルツ公爵は吸血鬼らしい。(つまり、アタシの体は吸血鬼と人間のハーフ、中身は悪魔ってワケ。盛り盛り仕様すぎるでしょ。なのになんでステータスはヘボ人間もどきで、チート仕様じゃないのかなあ!? 制作者を絞め殺してやりたい)
パパは、なにか目的があるから聖女と仲良くしているんだろう。
いつかのループ、アタシが聖女を殺したあと、パパがすこぶる凄惨にアタシを殺したのも無理はない。その目的が娘のせいで頓挫したのだから。
そして必ず〝婚約破棄〟が上手くいくように仕向けているのも、目的のひとつなのかもしれない。事実、パパ媚び媚びルートでなんでも言いなりになって聖女虐めをし、婚約破棄されたときが、いちばん長生きできた。
聖女とラムズが恋仲なのは間違いない。そして聖女はラムズにぞっこんだ。それでも聖女が王子と結婚したがるのは──婚約破棄の先にある〝ラムズの目的〟を果たすため?
この裏側の事情さえ掴めれば、今後の死亡フラグ回避に役立つかもしれないな♪
今回のルートはただ「好きに生きられればいい」と思って始めたことだったけど、もしかしてハッピーエンド獲得もありえる!? 悪魔モードのアタシで、このまま殺されない方法探しにも動いてみよっかな〜。
今まででいちばん手応えのある情報を得られた気がする。それもこれも、ふたりが〈魔の森〉でふたりきりだと勘違いして、盗聴防止の魔法をかけないでいてくれたおかげだ。
アタシはるんるん気分で馬車の元へ戻った。
初めからずっとここにいましたって顔でパパを迎える。
聖女は瘴気に当てられて気絶したと説明を受ける。〈魔の森〉を抜けてしばらくすれば目を覚ますだろうとのことだった。たぶん本当のことだ。
偽物なのは、ふたりを取り囲む騎士の中心で、そんな彼女を心配そうに見つめる青い瞳だけだった。
✶
「やっほ〜」
アタシは廊下を歩きながら、すれ違う使用人にひらひらと手を振った。初めはぎょっとしていたメイドたちも、今はおずおずといったふうで、でも「シェリンお嬢様、最近はかわいらしくて好感が持てるわね」なんて顔をしながら小さく手を振ってくれる。
よしよし、使用人懐柔作戦は上手くいってるみたいだな?
当たり前だけど、本来のシェリンの挨拶は「やっほ〜」なんかじゃない。在り来りな「ごきげんよう」だ。あの子は良くも悪くも、ツマンネー〝公爵令嬢〟なのだ。
最近のアタシはパパ以外に敬語を使うのはやめたし、完璧な礼儀作法を見せつけマナー講師を黙らせてからは、お行儀悪く食事を摂っていても何も言われなくなった☆
当主であるラヴァイエ公爵が亜人で、吸血鬼で、この領地がいろいろと特殊な事情を抱えていて。使用人たちにも亜人が多く能力主義な節がある。だからその当主の娘のアタシがおおよそ令嬢とは思えない態度を取り続けていても、優秀さゆえなんとかお目こぼしされているようだ。これが別の公爵家だったら、もっと大変なことになってたかも♪
アタシは自室に入ると、鏡の前に座った。
……今日こそ、こんなスタイルやめてやる。
ハーフアップにしていた髪を解き、ヘアアレンジの道具やメイク道具を机に並べた。メイドのバニーが慌ててやってくる。
「お嬢様! メイクを変えるのなら化粧師を呼びますから……」
「いーの。アタシが自分でやるの〜」
逃亡生活中、メイクもヘアアレンジも自分でできるようにした。アタシはお洒落が大好きだ。そして今の「いかにも貴族です」って感じのメイクやドレスはすっごく気に入らない。
銀色の髪を丁寧に梳いていく。パパと同じで、髪の毛はさらさらストレートだ。でもアタシのやりたい髪型は〜。
まずは染め粉を使って髪の毛にメッシュを入れはじめた。銀一色の髪、つまんないと思ってたんだよね。目の青に合わせて、くすんだ水色を髪のところどころに入れていく。前髪にも、アクセントになるように一束染め上げた。
それから瞳。これもアイツとまったくおんなじ青眼ってのは芸がないから〜。ピンクでもいいし……黄色も好きだ。
アタシはとある場所から入手した魔法ペンを使って、目玉に色を入れた。
「お嬢様、何をされているのですか!?」
はらはらしながら見ていたバニーが、今度こそ化粧台前のアタシに駆け寄った。
「大丈夫だって〜。一時的に目の色を変えるペンなの。害もないから安心してよ」
それに全部黄色にするつもりはない。瞳の下部に、ハイライトのように黄色を入れてお終い。
それからアイラインとアイシャドウを塗って、右目の下にはハートを二つ描いた。
「わ。かわい〜! 見て」
アタシがぱちぱちと銀の睫毛を瞬かせると、バニーは困惑しながら頷いた。
「かわいらしいですが……ご令嬢でそんな奇抜なヘアアレンジをしている方は……」
「いーじゃん。メッシュのほうがお洒落だもん♪」
それから腰まである長い髪をぐるぐる巻いて、二つ結びにした。あちこちに跳ね感を作って遊び心を出す。お次は〜。
「ねえねえバニー。前に頼んでおいたドレスはできた?」
「はい……。ですが、本当にこれを着るのですか?」
「アタシに似合ってんじゃん」
バニーに手伝ってもらってドレスを着替えた。
普段着ているものは厚ぼったくて長ったらしくて、大ぶりのレースやパフスリーブが邪魔くさかった。しかもやたら重たくて歩きづらい。
アタシはバニーに頼んで、ドレスの前面を膝上まで大幅にカットし、フィッシュテールドレスのように仕上げ直してもらった。レースは外し、透け感のある黒い素材をあしらいつつ、胸元や肩を魅せる身軽なデザインに。ニーハイとガーターベルトを付けて脚も魅せて……。
「どう? よくない?」
「お嬢様、やっぱり露出が多くないですか……!?」
「長くて重たいの嫌いなの〜。これが好きなの!」
これで完璧☆ 超かわいい! よ〜し、みんなに見せに行ってこよ。
アタシが自室から出ようとするのをバニーが何度も止めたけど、「おねが〜い♡」と上目遣いでおねだりしまくったら、溜息を吐きながら扉を開けてくれた。
るんるん音が鳴るくらいに気分上々で屋敷の廊下を歩く。通りがかったメイドたちは大抵、まずは目を見張り、それから「そのような格好は……」と声を漏らし、アタシが「だめ?」と潤んだ声で訴えると、「いえ、かわいいです」と言い直して道を開けてくれた。
あはは〜。みんなに見られて褒められるの、やっぱ気分イイ〜。
一通りみんなに「かわいい」と言われて満足したので、部屋に戻ることにする。アタシが悠々と廊下を歩いていると、左の通路からラムズが角を曲がってやってきた。
彼はまず、アタシを一目見て手に持っていた書類を床に落っことした。隣に連れ立っていた家令の男が驚いて「ラムズ様!?」と声を上げる。それからアタシの姿を見て、家令もまた息を呑んだ。
めちゃくちゃ驚いてんじゃん? あんなパパ、初めて見たぞ?
パパが話しかける前に、家令がアタシの前にやってきた。
あ〜。さすがに怒られる……?
「お嬢様……」
家令は狼の亜人だ。頭についた耳がぴくぴくと動いている。彼はもう一度息を吸いこみ、また吐いた。
「この格好は、どういう……」
「え〜? お洒落かなって……」
ただならぬ雰囲気すぎたので、いかにも反省していますというふうでしおらしく謝った。
「ごめんなさい……」
アタシは家令の服をちょんちょんと引っ張り、純粋そのものと言った声で続ける。
「でもっ。かわいいでしょ? お屋敷の中だけならいいでしょ? だめ? ヴォルガル……!」
家令は慌てて首を振った。
「いえ、そうではないのです。そうではなく……。最近のシェリン様を見ていると、昔を思い出すのです。シェリン様は……」
「ヴォルガル、いいから」
ラムズは後ろから声を上げ、彼を横に寄せた。それからアタシを見下ろし、二つ三つ感情がめちゃくちゃに掻き混ざり、急いで上から蓋をした、みたいな顔で言った。
「いつも着ていた服は?」
「来客があったらそっちを着ますよーだ」
「そのメイクと髪は?」
彼はそう言ってアタシの巻いた銀髪に手を伸ばした。細い指を滑り込ませ、その感触を確かめるように下ろした。髪がほどけ、また同じ曲線を描いて落ちていく。
いつもの仮面とは違う。優しいパパを演じているわけじゃない。……でも、何かを隠しているような目をしている。
「自分でやりました。時間が経てば色は落ちます。……戻さないとだめ?」
念のためそう尋ねると、ラムズは首を振った。頭をそっと撫でられる。
「もう変えちゃだめ。そのままにして」
──え?
そう言ったきり、指先が抜け落ちるようにするりと離れた。彼はそのまま歩き去り、外套の裾が揺れて宝飾の煌めきが視界を横切る。すれ違いざま、冷たい温度だけがすっと引いていった。
アタシは神妙な顔で部屋に戻った。近くにいたバニーに軽い口ぶりを繕って尋ねる。
「ねえバニー。あのときヴォルガルが言っていたの、どういう意味かわかる? 昔を思い出すって」
「……さあ? お嬢様はむしろ昔と違いますよ? どういう心境の変化があったのか、私も知りたいくらいです」
「そーだよね」
「あ。でも、私がこの屋敷でシェリン様に仕えはじめたのは三年前ですから、それより前のお話をされているんですかね?」
つまり、〝シェリン〟が10歳や11歳のころの話?
アタシがガキっぽいって言いたいのかコノヤロー。
バニーは付け加えた。
「それにお嬢様のことではなく、屋敷全体の雰囲気のお話をされているのかもしれません」
んまー、その可能性もあるか。
自室のベッドに座り込み、ラムズの言葉の意味を考える。
「もう変えちゃだめ」って、今の状態がいいってこと? 彼にとって今のアタシがベストだって意味だよね。
考えてみれば、「くたばれ」と言ったあの日から、成績優秀になったり、パパに生意気な口を聞いたり、服や見た目を180度変えたり、アタシがやることなすことほとんどアイツは肯定的に捉えていたような気がする。
つまり……今のアタシの状態がアイツにとって何かメリットがあるのか? 娘の性格が急に変わったら気持ち悪がるのがフツーだよな? なんで受け入れているどころか、背中押してんだ?
けどあの男、「利用できるかどうか」としか娘を見ていなそうだからな。
アタシが賢くて魅力的だから喜んでんのかな♪ アタシかわいいもんね♪ あの冷血カス男さえ誑し込めるなんて、さすがアタシ☆
──ただ、「いつからそんな頭を回すようになった?」って言われて殺されたことあるのが引っかかる。たしかあのときは、聖女と仲良くしようとしたときに言われたんだ。「婚約破棄回避のために仕組んだな?」って、そんなニュアンスだった。
言うことを聞く娘&賢くてかわいいシェリンでいろ、ってコト? 相変わらず毒親だね〜。
別に謎解きがしたくて生きてるワケじゃないんだけどな。あのパパが意味深な行動ばかりするから、アタシも考えざるをえない。
聖女とアイツの関係も気になるところ。
……ああ。今ならあの女を使えば彼の情報をまたひとつ手に入れられそうだ。
唇が独りでに釣り上がる。
かわいくてあざといだけのシェリンだと思った? ──アタシ、こう見えて「本物の悪魔」だから。
読者の皆さんには「ラムズ」のほうで気軽に覚えてほしいなという思いもあり、シェリンの地の文でもそちらをメインで使うことにしてます。
一応「ラムズ」が愛称扱いにはなっているのですが、シェリン的には深い意図はありません。だいたいこんな気分で呼んでます。↓
パパ呼び→からかって言ってる。父親とは思ってない
おとーさま→からかって言ってる。パパ呼びはまずいかなという僅かな倫理観(?)
ラヴァイエ公爵→「アイツに敬称付けんの癪じゃね? ただのカスだぞ?」くらいの気持ちはありそう。
ラヴァイエ→呼びづらい
ラムズ→呼びやすい




