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03|ふわふわ人工天然聖女がこちらです

「ラヴァイエ公爵様。よろしくお願いしますわ」


 金髪を柔らかく結い上げ、ふにゃりと微笑む聖女がアタシたちに挨拶をする。コイツは、人工ふわふわオーラを出すタイプのぶりっ子女だ。


 アタシはうざったい長ドレスを持ちあげつつ、「よろしくお願いしま〜す」と間延びした声で答えた。


 目の前の聖女の顔がわずかに歪み、円弧を描いていた眉毛がぴくぴくと跳ねた。なんか、気に触ったらしい。ウケる。



 これは、聖女エンジェリーナとアタシが顔を合わせるイベント。〈魔の森〉や、その森の中にある「魔界を封じた門」の様子がおかしいから、確かめにいくことになっていた。




 ──この聖女エンジェリーナこそ、この体の持ち主シェリン・ギヴァルツの婚約者の王子を奪った、底意地の悪い泥棒猫だ。

 ま、実際このシェリンも聖女に嫌がらせはしていたのだ。そうしてシェリンは、王子と聖女に断罪され、父親にも見捨てられた。


 悪魔として生きるアタシは、初めこのシェリンとエンジェリーナのキャットファイト人生を眺めていたというワケ。




 エンジェリーナとパパは同じ馬車に乗って〈魔の森〉に出かけることになっていた。アタシは断ることもできたんだけど、〈魔の森〉で採取したい薬草もあったので、今回はついて行くことにした。


 パパは初めに聖女のエスコートをして馬車に乗せた。アタシは公爵令嬢だけど、聖女は国宝になりうる存在だからね。身分的には一応向こうが上だ。

 次にアタシが馬車に乗り込む。聖女の正面に座ろうとしたら、パパは背中をそっと押した。


「エンジェリーナ様の隣に座れ」


 え?

 はてなマークを脳いっぱいに飛ばしながら彼女の隣に腰掛けた。案の定、エンジェリーナのニコニコ顔がまたひとつ歪んでいる。

 それから馬車が動きはじめた。


 ん〜? またおかしいな〜?


 これまでのループでは、どんなときでもパパの隣に聖女が座り、アタシはパパの向かいだった。順番なんてどーでもいいだろって思うかもしんないけどサァ、これまで一度も崩れたことのない席順が変わるのって、妙だよね?


 この父親はなんでも計算づくで、頭が回り、合理主義を絵に描いたようなやつだ。〝気分〟で席順を変えたとは思えない。……それも、聖女の不興を買ってまで。



 アタシは馬車の中では無言で過ごした。特別コイツらと話したいとは思わないし、馬車の中で聖女とパパだけがよそよそしく会話を続け、気まずい空気が流れるのも面白かったからだ。


「シェリン様? お話には参加されないのですか?」

「だって……アタシが喋ると話題をかっさらっちゃうかなって」


 アタシがそっぽを向いたまま答えると、常ににっこりと細めている瞳が、またぴくりと動いたのが窓越しに見えた。


「……かっさらう?」


 怖い怖い。声強ばってるって。

 振り向いて、聖女様にウインクしといた。


「だってアタシはかわいいですもの♡」

「シェリン様……本日は随分とご機嫌が悪いのですね? 公爵様も同席されていらっしゃるのよ?」


 スルーすることに決めたらしい。

 ()()、聖女のほうが立場が上ではあるけれど、アタシはぎりぎりデビュタント前だからね。それにパパは王族も頭が上がらないほど力のある公爵だから、その娘であるアタシが多少生意気でも誰も怒れない☆

 アタシはにっこり微笑み返し、銀髪を滑らかに揺らした。


「アタシのことは気にしないで? おとーさまとう〜んとお喋りしてたらいいですわ♡」


 わぉ。その握りこんだ拳、爪で血が流れても知らないよ?

 そのあとの聖女は、細く目を引き絞り聖女スマイルが崩れるのを必死になって堪えていた。




 ──そろそろ目的地に着くかというころ、突然馬車が大きく揺れた。これは知ってるイベント。このときパパがエンジェリーナを……。

 アタシと隣の聖女、まとめて防御魔法が張られた。ぴんと薄桃色の分厚い膜が周囲を囲っている。


「様子を見てくる」

「ラヴァイエ公爵様、お気をつけてくださいませ」

「はい」


 ……()()()()()()


 席順のせいだ。

 本来なら、地響きによって危険を察知したパパは、隣の聖女を抱き寄せていたはずなのだ。そして正面に座る娘にはただ一言、「大丈夫か」と声をかけるだけだった。


 守る対象がふたりいれば、両方正面に置くのは理にかなってる。これまでのループでの行動が父親のカスぶりを示していただけ、パパが聖女を依怙贔屓している証左だった。


 だけど今回はどう?

 愛も情もない娘が突然反抗期になったのだ。毛嫌いこそすれ、娘を守るような挙動をするなんておかしい。

 ん〜。反抗期はムカつくから媚び売って従順にさせたいとか? いやいや、それにしてはわかりづらすぎ。




 アタシが頬杖をついて馬車の外を眺めていると、パパが戻ってきた。


「魔物が活性化しているようです。ただ今討伐しましたので、危険はございません。このまま門の近くまで向かいます」

「ありがとうございますわ、ラヴァイエ公爵様」


 聖女は頬に手を当て、和やかに微笑んで答える。




 馬車が止まり、パパが魔界の門のある場所へ向かおうとすると、聖女が彼の服の裾を摘んだ。


「ラヴァイエ公爵様……? 私も、いずれは同じ門を守る身でございます。よければ一緒に様子を見に行きたいです」


 彼女の話すとおり、貴重な聖魔力を持つ聖女は、王族に嫁いだあとは〈魔の森〉にある魔界の門を守る任務を手伝うことになるらしい。

 そしてアタシのパパ──辺境の地を任されたラヴァイエ=メイゼ・ギヴァルツ公爵は、まさにその魔界の門を守る番人と言ったところ。この男の仕事は、門を管理したり、増えすぎた〈魔の森〉の魔物を定期的に狩ったり、いわゆる国防における最重要の任を預かっている。


「ですが、危険があるかもしれません」

「ラヴァイエ様に守ってもらいますもの」


 彼女はほわわんと微笑んで、ねだるように声を甘ったるくした。


「仕方ありませんね」


 聖女お付きの騎士たちが駆け寄ろうとするも、聖女が彼らを引き止めた。「ラヴァイエ公爵様が守る対象が増えてしまう」「これ以上手を煩わさせないで」とのこと。

 パパは王族とほとんど同等の発言力があり、この辺のモブ騎士が百人で斬りかかっても傷一つ付かないくらい強い魔法手だ。騎士たちはなんの疑いもなく身を引いた。


 ……ふぅむ。では、せっかくの機会なのでシェリンちゃんは偵察に行こうかな?




 アタシは馬車の周りで(たむろ)している兵士たちの目を盗み、魔界の門のほうへ進んだふたりの後を尾けることにした。


 ──それもこれも、通算十回のループで重ねてきた鍛錬あっての代物。魔法の使えないアタシは、黒魔術を極めに極め尽くしたので、自分の気配を隠しながらパパたちの盗聴ができるのだ。

(魔法と魔術は違うものだぞ)


「ラヴァイエ様? さっきはどうして隣に座らせてくださらなかったんですの?」

「娘とお前、ふたりを守るならあのほうが合理的だったんだ」

「それはそうですけど……私、寂しかったですわ」


 ──やっぱりね。

 今回聖女がパパについていくと言い出したのも、今までのループで見たことのない出来事だった。アイツが聖女贔屓をしなかったから違和感を持ったんだろう。


 にしてもこのふたり……やっぱ怪しいよなぁ?


 アタシは、によりと口角を上げた。



 本物のシェリンは、聖女への嫌がらせのせいで婚約破棄を言い渡され断罪されたのだ。だからアタシは二度目のループのとき、周囲に「別人になった」と疑われない程度に清廉な淑女として生き、聖女とは当たり障りのない会話だけをして、「王子との婚約は譲りますわ」なんて素振りで過ごした。


 ……でも、身に覚えのない罪をでっち上げられ、パーティ中に婚約破棄を言い渡された。


『エンジェリーナ様、こちらからもよろしいでしょうか?』

『なんですの……?』


 冷静なアタシの声色に、彼女は怯えるように王子の影に隠れた。


『聖女様の仰るわたくしの所業、すべて身に覚えがございません。それにわたくし、王子と聖女様のほうがこの国を束ねていくのにふさわしい、素敵な関係になるのではと何度も進言しておりましたわよ?』

『シェリン嬢! それは、皮肉のように刺々しい言い方だったとエンジェリーナは泣いていたぞ?』


 王子が横槍を入れる。


『いえ、わたくしは心からそう思っているのです。髪飾りを隠されたというお話につきましても、わたくしはその日とある貴族令嬢とのお茶会がございましたの。エンジェリーナ様の髪飾りに触れるのは不可能だったのですわ』

『この後に及んでまだそんな嘘を!』


 物分りの悪い王子を言いくるめるのは難しいと思って、アリバイ作りには勤しんだのだ。親しくしてきた令嬢や令息もいる。

 でも、アタシのアリバイを証言するはずの令嬢のほうへ視線を向けると、彼女は他の貴族たちと同じ、やはりアタシが悪役令嬢だったのだ、という目で蔑んだ。


『皆様……』


 魔法をかけられて記憶を歪められたか。


『王子よ』


 そのとき、後ろで控えていたギヴァルツ公爵──パパが一歩踏み出した。王子、そして聖女の前で恭しく跪き、頭を垂れる。


『我が愚女がたいへん失礼致しました。すべてはこちらの監督不足、不徳の致すところ。エンジェリーナ様のお言葉、すべて真実にございます。娘はこう言っておりますが、私のほうですべて裏は取れております』

『おとっ、お父様。なんの話ですか? 本当に、わたくしは……』


 立ち上がった彼の視線は寒々しく、軽蔑を込めた声で吐き捨てた。


『もう黙っていろ。これ以上ギヴァルツの名を穢すな』


 彼の合図ですぐさま衛兵に捕らえられ、口を布で巻かれ、アタシはパーティ会場から引きずられるように出された。


 ──ここで「この父親もおかしい」と断罪するのは不可能だった。パパの裏工作は完璧だった。

 それにアタシがいくら証拠を集めても、アリバイを作っても、パパが築いてきた信頼と力は、この国の中枢にまで蔓延っている。


 魔界の門の封印が解けた暁には、封印された悪魔たちが地上に流れ込み国家が滅亡してしまう。その封印の要を握っており、この国でトップクラスの魔法力を持つギヴァルツ公爵の言葉は、たかが娘のアタシなんかよりもずっと重い。王とも関係が深く、王妃や要人とも気軽に話す仲だとか。


 だからアタシは国外逃亡も謀ったっていうのに……それも探しだして殺してくる始末で。


 ──と、昔話はここまで。



 パパはこのとおり、やたら聖女を贔屓にしている。聖女が公爵家の屋敷に来るときも、妙にその距離が近い。そのくせ、聖女は王子と結婚したがっている。どういうカラクリなのか、ついにこれまでのループではわからなかった。


 ──だけどもしかして。ふたりきりだと油断している今のタイミングなら。




「……てっきり隣に座れるものとばかり」

「それで俺に着いてきたのか?」


 エンジェリーナの拗ねたような声色に、パパが甘く笑って返した。


「ええ、もちろん!」


 あらあら、随分仲がよろしいことで。


 アタシは数十メートルほどの距離を保ちながら、悠々と〈魔の森〉を歩きふたりの会話を盗み聞いていた。魔物避けのアミュレットも作ってあるから、襲われる心配はない。


「今は誰もいませんよね?」

「ああ」

「ラムズ様……と、お呼びしても?」


 名前が「ラヴァイエ=メイズ」なので、パパの愛称は「ラムズ」らしい。ラヴァイエって呼びづらいもんね。


「それが好きだな、エンジェリーナは」


 うわー。

 片や敬称を外して呼び捨て、片や愛称呼びですか?

 ねえパパ、妻も娶った公爵様ですよね〜? いくら見目が若いからって、たしかおまえ千歳超えてるんだろ? ロリコン? 逢い引きを娘に見られるなんて、とんだクズ男♪


 まあまあ、悪魔であるアタシ的には、こういう罪深い行いを見るのはイイ酒の肴だ。仮にコイツが娘の目の前で女とよろしくしてたって、面白がって囃し立てるくらい。

 それに、むしろアタシはこの父親を高く評価しているのだ。悪魔であるアタシのパパに相応しい悪人ぶりだってね。


 まったく〜。アタシを殺すってところ以外は完璧なんだけどな〜。


「ラムズ様。また近く、お会いしたいです」

「エンジェリーナは待てができないと?」

「まあ……! ラムズ様のいじわる」

「ちゃんと時間は作るよ。……俺ももっと話したいから」


 めっちゃイチャイチャしてんじゃん。それにどちらかというと聖女のほうがパパにぞっこんだ。まあアイツってイケメンだもんね〜。

 甘く意地悪な態度に頬を染める聖女の顔を思い浮かべて、やれやれと首を振った。





 それから魔界の門の前にふたりはやってきた。アタシは魔術の札を切って、自分の視界を拡張させた。たしか鷲の目玉を生贄にして作った黒魔術だ。


 禍々しい魔界の門の前で、ラムズが魔法を唱えている。しばらくすると、空気を黒く濁すほどの瘴気が薄くなる。聖女も隣で魔法を使ったようだけど──魔力切れでも起こしたのか、ふらっと彼女が倒れた。


 ん、気絶したらしいな。


 パパは地面に倒れる前に彼女を抱きとめた。……ただ、意識のない聖女を見下ろすその()()に、アタシの視線が止まった。



 ──ああ。そうか、コイツら、恋人関係なんかじゃなかったんだ。



 

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