02|グレた令嬢なら勉強は放り出すもの!
「ねーねーメイド。アタシこの草飽きた」
「……お嬢様? 草ではなくサラダでは……?」
「肉とスイーツ以外もう食べないことにする。だっていらないもん」
「に、にく!? シェリン様? 満遍なく食べなければ健康に悪いですよ? 体が大きくなりません」
「いーのいーの。栄養は別で取るから。だからさ、あーん」
「え?」
アタシはサラダの葉にフォークを突き刺し、メイドの口元にそれを近寄せた。彼女は目をきょろきょろさせてアタシの腕をそっと押す。
「何をされているのですか。これはお嬢様の食事です」
「いらないんだもん……。おねがい♡ アタシの代わりに食べて?♡」
目を細め、きゅるんっと瞳を潤ませて首を傾げる。さらさらと肩からアタシの銀髪が流れ落ちた。メイドは思わずといったふうで頬を染め上げ、「い、一度だけですからね」と言いながら口を開いてくれた。
「やった。食べてくれた♡ バニーのこと、だいすき」
「お嬢様……!?」
メイドは困惑を重ねながらも、心が打たれたような顔で見下ろしている。
ふふん、アタシにかかればこんなもんよ。
元々のこのシェリンとかいう令嬢は、そこそこメイドへの当たりが強かったし、他人行儀に接していた。そしてこれまでのループでも、アタシは〝シェリン〟に倣ってそのように生きてきた。
けど今回のNEWバージョンのアタシは、メイドにお喋りを持ちかけたり、甘えてみせたり、等身大に接して布石を打ってきたというワケ。
さらにシェリンの体や顔は貴族界でも特別見てくれがいい。腐ってもあの男の娘なだけはある。そこに悪魔であるアタシの魅了テクが入れば……ね? そのへんのモブメイドくらいお手の物よ。
お勉強もやめた。
だって10回も同じ問題解いてんだぞ? しかも悪魔であるアタシにとっちゃ、児戯に等しい。記憶力も集中力も思考力も段違い、そこらの人間と一緒にされちゃ困る。密かに本を読み漁って大量の知識を溜め込んでいたループもあったので、もうこの屋敷でできる勉強はないのだ。
「ほらほら〜。だから言ったじゃん? 全・問・正・解☆」
「たまたま正解したからって、お控えなさい! お言葉使いがなっておりませんよ!」
家庭教師が眉間に皺を寄せて怒っている。めんどくせーやつだなあ〜。黙らせよ♡
「でしたら先生、わたくしの出す問題を同じ時間で解いてくださる? ああそう、まずは『王国年代記』第三巻、126頁の三行目を暗唱していただきたいの。どうかしら? ──あら、覚えていない……? わたくしは初代国王陛下の御即位から先代公爵家の婚姻録まで、すべて諳んじておりますのに……。勘定も大事ですわね。領地の年貢と関税の計算など、いかがでしょう? 東領三村の麦の収穫高から十分の一税、教会への献納、倉の損耗、兵糧の取り置きを差し引いた場合、銀貨でいかほど残りますの? え、算盤が必要……!? まあ! わたくし、端数の銅貨まで即座に申し上げられますのよ? 桁数が多すぎ? たったの六桁ですが……? あらあら……?」
アタシは完璧な淑女の微笑みで首を傾げた。
「先生、いったいわたくし、貴方から何を教わればいいのでしょう?」
あはははっ。たかが人間が勝てるわきゃねーだろうが悪魔様に! せめて人生10回やり直して来い。
こうして家庭教師を降伏させ、アタシは街や森にこっそり出かけて黒魔術の道具をせっせと集めまくっていた。
──ところが。
メイドのバニーが朝から慌ただしくしていると思ったら、どうもアタシの部屋にパパが来るらしい。娘の勉強を見ると言っているとか。
……前代未聞だけど? どうした?
これまでのループでは、アイツは本当に必要なイベントのときに顔を出して、シナリオ通りですとでも言わんばかりに、決まりきった文句で父親の役目を最低限全うしていただけだ。
勉強教えてやるとか今更ナニ父親ぶってんだ?
部屋から逃げ出そうとするとメイドに捕まえられ、父親がやってくるまで見張られてしまった。とうとう部屋のノックの音がする。
「只今」
メイドが扉を開くと、ダイヤモンドやサファイアで着飾った貴公子が足を踏み入れた。
コイツは自分の屋敷で過ごすときも、毎日パーティに出かけてますってくらい美しく飾り立てている。ともすれば王族より高級な服や宝飾品を身に纏っているかも。
銀色の髪が目元を滑り、優しい仮面が膨れ面のアタシを見下ろした。
「シェリンが最近、勉強時間に逃げ出すと聞いたから」
──絶対おかしい。
これまでのループでも、アタシは悪役令嬢のシェリンに倣い、ときおり勉強を突っぱねてみたことがあった。だがコイツは娘に無関心だから、成績が悪かろうが怪我しようが宿題をサボろうが我関せず、という態度だったはずだ。
「わざわざ……おとーさまの手を煩わせることではないですケド」
「まあ。手が空いたから」
仕方なく机に座り、すると隣にパパが来た。
うわ、キモ。隣に並んで座ってる時点でコワすぎだが? アタシいったいなにしちゃったんだ? くたばれって言ったの、実は傷ついてた感じ? パパ、メンタルよわよわなの?
「今日はこっちを読もう。ひとつずつ教えようか」
渡された本に軽く目を通す。どれも知ってる話だ。
「必要ありません。読めます」
ひとまず今回は「好きに生きるルートだし」と思って、ある程度本を捲るフリをしたあとは、渡された問題をすんなり解いてしまった。もちろん全問正解だ。
「……シェリン、なんで解けたんだ?」
「わかったからですよ?」
それ以外にあります? アタシは首を傾げ、目を細めて挑戦的な視線を送った。
「初めて読んだ本だろ? しかもそんな数分で……。最近、お前がすごく成績がいいと聞いてな」
──あ。
そうだ。コイツ、娘が賢いと殺すタイプの毒親だった。
たしかどっかのルートで殺されたとき、「いつからそんな頭を回すようになった?」とかって冷たく嘲った顔で見下されたのだ。(ヤバくない? 毒親選手権一位狙えるよね?)
けど今更誤魔化すのもな〜。好きに生きるルート進行中だし。
「アタシは頭がいいんです。上手にできた娘を褒めもせず疑惑の目を向けるだけなんて、冷たいおとーさま?」
くすくすと笑って髪を揺らした。
父親は思案したような目つきをして、それから顔を背けた。机の上の本に視線を縫いつけたまま、「そうだな」と意味ありげな声で漏らす。
「……悪かった。もっと別の本を持ってくる」
腹黒粗大ゴミが謝った!
おまえ、強気に出られると弱くなっちゃうの? 急な娘の反抗期で拗ねてる感じ? よしよーし可哀想にね〜。
……いやぁ、妙なのはアタシか? コイツが戸惑うのも無理ないか?
にしてもしおらしいというか、生意気なアタシの態度を素直に受け入れすぎでしょ。今は娘にバカにされて煮えたぎった怒りを溜めてる最中とか?
パパは本当に新しい本を持ってきた。しかも、アタシが見たことのない魔法体系が書かれている。
「魔法はもう嫌か?」
「……アタシ、魔法使えませんけど」
独り言のように漏らすと、穏やかな声が落ちた。
「使えなくても、知っていて損はないだろ。でも嫌なら無理強いはしない」
「……ふーん」
実際助かる。黒魔術で相手の魔法を妨害するとき、魔法式やその仕組みを知っているほうが手間が省けるのだ。
──ただ、これもおかしかった。
これまでは、それとなく家庭教師に魔法を学びたいと言っても、パパの「無理に魔法を使えるようにならなくていいんだよ」という返事が家庭教師を通して伝えられ、ついに叶ったことはなかったのだ。
「魔法は勉強しない方針じゃなかったんですか?」
「まあ。気が変わったんだ」
「どーして?」
アタシは彼に顔を向けて尋ねた。パパは頬杖をついて視線を本に沈ませている。そのまま片手だけが動いて、アタシの髪を軽く乱した。感情を排した声が、目を合わせないままに「どうしても」と零す。
……おかしい。おかしいおかしいおかしい!
頭撫でた。なんで? 頭撫でられたよ?
アタシは優秀な悪魔っ娘なので絶対顔には出さないし、黙々と本を読み続けていたけど、並行思考で父親の異変について目まぐるしく論理回路を働かせた。
……撫でられたのは初めてだ。
最初に眺めていた「本物のシェリンの人生」──すなわち泥棒猫の聖女が王子を誑かし、見事キャットファイトに負けたシェリンが王子との婚約破棄を言い渡され、断罪された人生──においても、父親がシェリンに触れたことはなかった。
そのあとのアタシのループでも同じ。パパ媚び媚びモードで接した七回目のループのときでさえ、アイツからは触れてこなかった。
頭撫で撫でヨシヨシくらい、父親として違和感のある行動ではないだろう。他の貴族の話を聞くかぎり、仲の良い家族のあいだではハグをしたり頬や額にキスをしたり……スキンシップを取られることはある。
けど、血の代わりに冷水が詰まっているこの冷酷男がするのは変だ。
……しいていうなら、聖女を撫でているのは見たことがある。ただあれは──おそらく〝別の意図〟があるもので──。
ほんの気まぐれで始めた「好きに生きるモード」11回目のループだけど、思ってたよりずっと愉しくなりそうだ。
アタシは人知れず、新しく学んだ魔法理論をどう活かしてやろうかと舌舐めずりをした。




