01|起き抜け早々にディスってみた
本日一時間おきに更新します。
あ〜あ。三年は見つからずにすんだのにな。途中で偽装死までしたってのに。地獄の果てまで追いかけてくるつもりか? この父親は。
「……まったく、手間ばかりかかる娘だ」
アタシの細い手首には魔法で生み出された錠がかかり、足首から太腿にかけては、ドレスのあいだを縫って棘付きの蔦魔法が絡みついている。
袋小路の地面の上で膝をついたアタシは、ゆっくりと歩いてくる男に顔を上げた。
「お父様……どうしてですの。わたくしは何も望んでおりません、ただ離れたかっただけですの。ただ自由に……外で過ごしたかっただけですの」
「……なんで?」
首を傾げ、アタシと揃いの銀髪が月光に砕けて光った。淡白に放る言葉はどこか胡乱げで、でもほとんど無関心そうで。彼は気怠げにしゃがみこむと、アタシの顎を指先だけで持ち上げた。
「俺の屋敷から逃げたことも、三年間逃げ果せたことも問題だな。そもそもどうして逃げた? 逃げる理由があるからだろ? なら殺すしかない」
彼は歌うような口ぶりで落とすと、くつりと喉を鳴らした。
「いつも優しかったではありませんか! どうして……」
「そう言うなら、どうしてその優しいパパから逃げたんだ?」
銀光を掬う瞳が弓なりに歪み、冷たい微笑を刻んだ。屋敷で見るのとは大違い、コイツは相手の死に際にようやっと本性を見せてくるタイプのクズなのだ。
「──ごめんなさい。お父様」
アタシは目を瞑った。首筋から透明な結晶が張りはじめ、澄み返るような薄氷が全身を包んでいく。
コイツに殺される人生にいくら欠伸が出そうでも、痛い思いをするのは御免こうむる。マシな方法で殺してもらうためにも、最後まで従順な娘を演じてやっていた。
息が詰まり、視界がどんどん遠ざかっていく。アイツの視線と同じ冷気を纏った白氷が、血流を凍らせ──齢17にして、10回目の命が止まった。
じゃ、次の人生で会おーね、パパ。
やっほ〜。こちら悪役令嬢シェリン・ギヴァルツの体に入ってから、11回目のループを迎えた悪魔っ娘でございます。
目を開いてまず視界に入りますのは、いい加減見飽きたロココ調の天井でございます。このあとアタシが体を動かすと、近くにいるメイドが「お嬢様!」と言って駆け寄り、ドア付近に立っていた別のメイドが父親を呼びに行くという手筈になっております。
数日間寝たきりだった体は鉛のように重たい。
はーあ、今回もまた筋トレから始まる人生か。この令嬢、体力も筋力もからっきしの箱入り娘でサァ。そのうえ魔法も使えないと来た。
アタシ、本当はバンバン魔法を使いこなすつよつよ悪魔だったはずなのに! こんな狭っ苦しい令嬢の体に転生しちゃったせいで!
予定どおりメイドが駆け寄ってくる。
「お嬢様! お目覚めになられたのですね。三日間も魘されたまま目を覚まさないので……みな心配していたのですよ」
アタシが最初にシェリンの人生を眺めていたときも、始めに見たのはこの「ぶっ倒れて生死を彷徨った三日間から目が覚めたところ」からだった。
「……あぁ、そ」
乾いた口を動かす。
今回はどうしよっかな〜。もう試せることはぜーんぶやっちゃったよ?
婚約破棄回避のため、王子に色仕掛け→成功するも横死
王子を放ったらかして、本来の人生では泥棒猫である聖女と仲良くする→失敗、のち殺される
パパ殺害計画→失敗して返り討ち
平民スローライフを目指して家出→初めは一年間、次は三年間逃げ隠れたけど結局見つかってジ・エンド
恋敵が消えればいいのかと思って、黒魔術で聖女を殺したこともあったんだけどさ〜。すぐにアタシが殺されちゃって。これまたパパに。
そのくせ、パパの言いつけどおり、婚約者である王子を虜にしても殺されんだよ? もちろんパパに。
……攻略ムズすぎ。中に入ったのが悪魔じゃなきゃ早々に病んでたね。
扉の開く音がして、今しがた自分を殺してきたばかりの、憎たらしいほど美しい顔貌の男がこちらを覗き込んだ。娘のいる公爵とは思えないほど若い見た目だ。兄と言ったほうがしっくりくる。
彼は滲むように表情を和らげた。
「シェリン。目が覚めたんだな。……よかった」
ま〜たツマンネー優男ムーブに戻ってるよ。
最初のシェリン本人がコイツに殺された人生しかり、アタシがコイツと繰り返してきた人生しかり、屋敷で見せる表情はすべて演技だ。この悪魔のような男は、腹黒で冷血、虫ケラ以下の愛なんてひとっかけらもない、世界規模の粗大ゴミ☆
「くたばれ♡」
ん? アレ? 今アタシが喋った?♡
ついこれまでの恨みが……てへっ。同じループの繰り返しでサ〜、十二分に令嬢生活は堪能したっていうか? 今まではずっと令嬢らしく演技してたんだけど、さすがのアタシも? アレルギー反応が出てきたってゆーか?
──でもそこで、彼の顔から微笑の仮面が消えた。
プラチナを眩した長い睫毛が二度ほど瞬きをして、青眼の彩度がワントーン上がる。口をついて出たとでもいうように、わずかに上擦った声が唇から転がり落ちた。
「シェリン?」
アレ!? ェ!?
なんか素出してきた?
いつもアタシを殺す瞬間まで仮面を外さなかったのに……。驚きすぎて思考停止してません?
元々表情筋が死んでる男だからわかりづらいけど、今の「シェリン?」は確実にシラフの声だ。
──はてさて誤魔化すか。それともこのまま突き進むか。
どーせ何をやってもコイツに殺されるだけの人生だ。なら、今回くらいは悪魔らしく生きることにしよーかな♪ 生意気すぎて最速死亡記録を叩きだすかもしんないけど、そこはそれ、ゲームのトロフィー集め的なね?
「えへっ。悪夢見たせいで化け物と間違えちゃった♪」
「お嬢様。お言葉遣いが……」
隣で見聞きしていたメイドが、怖々とアタシに声をかけた。
そ〜だよね〜。貴族令嬢はタメ口、ダメだもんね〜。めんどくせ〜。もうよくない? アタシ悪魔だよ? 十回も貴族令嬢のフリしたよ?
「いっぱい悪夢見て疲れちゃったの。ひとりにして?」
今度はメイドに声をかけた。メイド相手ならギリ許されるだろう。
メイドは曖昧に頷きながら、父親に部屋を出るよう軽く促す。ただ彼は、無機質に戻った眼を小さく細めて、脈を測るようにアタシの手首を取った。
彫刻のように整った顔。銀糸の髪が静かに垂れ、線の細い顔の輪郭を掠めている。凍みた指爪がまた血脈に触れた。
ナニしてんだ、コイツ? こんなの初めて見たな。
この父親からシェリンへの愛情は干上がっているので、こんなふうに数日間娘が寝込んでいても、心中は無風なのだ。「ほっとしたよ」とか「頑張りすぎるなよ」とか、見本市に並べられたテンプレ父親セリフみたいなものは一通り吐き捨てていくけど、そこに〝心〟はない。
だからいつもなら、「まだ仕事が残っていてな。医者の言うことをよく聞くんだよ」と言い訳がましく言い残して消えるはずだった。
「邪魔ッ」
「シェリン様!」
アタシが、ぶんっ、と腕を振って父親の手を外すと、メイドが真っ青になって頭を下げた。
「……いい」
彼はほとんど気にした素振りなく、アタシをじっと見下ろしている。
はあ〜? ますます意味不明。
「旦那様。お嬢様の体温が……どうかされましたか?」
「……いや。まだ疲れているようだから、ゆっくり休ませてやってくれ」
そーだよ疲れてんだよ妙なセクハラすんな消えろ。
「ええ。もちろんです」
メイドは微笑んで答えると、今度こそ父親を扉まで見送った。
変なやつだな。アタシが突然暴言吐いたから気ぃ狂ったと思ったのか? けど、気狂いの確認で脈を取るってどういう原理?
しかも「くたばれ♡」にはお咎めナシ?
たしかに、あの男が怒りの感情を顕にしたところは、今まで見たことがない。娘に罵倒されてもどうでもいいのかも。
……けど、昨日まで従順だった公爵令嬢が暴言吐いたんだぞ? 貴族のパパならフツー叱るべきであって、つまりアイツの演じる「テンプレパパ像」からも外れちゃってるじゃんか。
娘殺しスペシャリストにしては妙だな……。ちょっと面白くなってきたかも♪
──それからアタシは、陰ながら体力作りに励んだ。これまでのループで培った「女性らしくかわいく美しいプロポーションは維持したままで、イイ感じに体力が付けられる筋トレ」を繰り返す。
こう見えてもアタシは有能な悪魔っ娘なのでね、身を守る術が何もないまま暴走することはしないの♡
「お嬢様、何を……?」
「自分磨き♪」
「公爵家のご令嬢がそんなことをしてはなりませんよ……!」
「まあまあ。見てよこの括れのライン! 引き締まったお腹! 顔もさらに小顔になったと思わない?」
「お嬢様! お腹を仕舞ってください!」
「えへへ〜♪」
体力さえ戻ればこっちのもんだ。剣術はもう体や脳に叩き込んであるし、黒魔術に必要な材料の集め方も覚えている。ループ魔法もきっちり自分の体に刻みなおした。
んじゃ。こっから悪魔っ娘の無双ルートに入りますか♪




