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27|仕方ないな〜? 許してあげるよ〜

「吸血鬼の話をしてただけだ。俺の体質や、シェリンの体質の話」

「……それだけ?」


 少し間があって、ラムズがそっと答えた。


「シェリンに人間の殺し方や嘘の吐き方を教えた。演技の仕方も」


 …………英才教育ならぬ悪才教育してたってワケ?


「パパ……クズじゃん」

「……今のシェリンに話しても、嫌われるだけだろ。だから話したくないんだ」

「…………」


 なんなのコイツ。また嘘か? でもここで演技する必要ある? もし真にアタシに好かれたいなら、アタシに好かれるような話題を選んで話すはずだよね。

 ……と言っても、それがわからないのか。


「パパ。ごめんねってば。嫌ってない」

「……今のお前がよくわからない。前は、人間の血に影響されて感覚が変わってたんだろ? じゃあ今は?」


 アタシがラムズを拒絶するから……クズとか言うから戸惑ってるらしい。

 それは別に、単なる売り言葉に買い言葉なだけであって……実際アタシはラムズが悪人なところが好きだ。アタシにクズムーブしてくるのは嫌だけど、パパが悪人なのは嫌じゃない。むしろ仲間みたいで嬉しいと思ったところだ。


「アタシに対して嘘ついたり、演技したりされるのが嫌なの。パパが悪いやつなのは全然やじゃない」

「じゃあ今のは何?」

「ただ口が先に出ちゃうのー。別に嫌って思ってないってば……」


 もしアタシが本当にラムズの娘なら。悪魔のアタシに、上手な悪事の仕方を教えてくれるのは嬉しい。たぶん……きっと、悪魔のパパってそういうことでしょ?

 アタシはラムズの胸に顔を埋めた。切ない声を作って答える。


「……悪いこと教えてくれるの、嬉しいよ。ふつうの人が見たらクズだから……そう言っただけ」


 先祖が人間で、たかが亜人の吸血鬼と思えばクズだよ。でも……もしラムズが悪魔で、アタシのパパだったら……。アタシはおまえと一緒にいたいよ。


「シェリン、別に無理しなくていいから。たぶん不安定なんだな。だから惑わせないように、昔の話はしないことにしたんだ」


 簡単に言えば、昔のシェリンは悪人で、事故以降のシェリンは善人になってしまったんだ。そして今のアタシは、中身は悪人だけど、今までループで殺されてきた恨みもあって……ついついパパに当たりが強くなっちゃう。

 たぶんそれをコイツは勘違いして、今のアタシが善人と悪人のマーブル状態だと思ってる。


 ラムズにとって、昔にシェリンと過ごしていた夜の時間は特別だったのかもしれない。まさに〝悪人(じぶん)の娘〟であった大切な時間。

 でも、……成長していく娘を完全に昔を当てはめるのはよくないと思って……曖昧な態度になっちゃってるのか?


 つまりアタシは……素直に〝悪魔なアタシ〟で返事をすればいいってこと?


「無理してなくない。……覚えてないこと、多いけど。パパに悪いこと教わりたい。前に人間食べたとき、こっちも美味しいよって教えてくれたじゃん。アタシそういうのがいい。前みたいな罪悪感とか、何も残ってないよ。ただアタシがいちばん大事にされてないから、パパに反抗的なだけ」

「そっか」

「……パパがそういうのならいいのにって、思ったよ。アタシはラムズがパパがいい」


 ラムズは曖昧に腕を伸ばして抱き寄せた。

 淡々とした声で語りだす。


「俺はシェリンのことだけを愛してた。でも、日中はリリンにばかり構っていたから……お前に、ちゃんと愛してることをわかってほしくて、いつも夜はふたりで過ごしてたんだ」


 よしよし、ちゃんと話し始めたな……!


「イザベラはお前を嫌ってただろ。だからシェリンは……俺のことをすごく慕ってたんだ。夜は一緒に血を吸いに出かけたり、物を盗む練習をしたりしてた」


 アタシがもっと幼い頃から転生してたらよかったのに。ラムズの娘として最初から産まれてたら、こんなに拗れてなかったかも。アタシは中途半端なシェリンと違って、途中で善人になったりしないもん。


「アタシが悪い子なのは、パパと一緒に悪いことしたから? 影響されたの?」

「……それもあるだろうが。俺の血が入ってるからな。悪いことをしたくなるんだ」


 自分が悪人なのは血筋だってこと? 血ぃ濃すぎでしょ。


「血筋ってこと? ただの吸血鬼でしょ?」

「俺は特別な吸血鬼だから」


 ……それ以上は言うつもりはないと。

 きっとお互い、確信的なことを避けて話してる。だからこんな、堂々巡りみたいな会話してんだ。


 でも、嘘で塗り固めた関係でも、アタシは気にしない。悪魔だからその上に立ってられる。そしてアタシはパパに溺愛されて生き延びて、悠々自適に生きるんだもん。



「シェリンは……事故からしばらくして、そういうことはしたくないって言ったんだ。初めは普段通りだったのに……夜眠るのも、キスをされるのも嫌になってきたと言いはじめた。大人になったから、もうしたくないと」


 まあ、それがフツーだ。年頃の娘はパパと一緒に寝ないもんでしょ。


「……今のお前は、」


 暗がりで、そっと声が落ちた。


「どっちなんだ?」


 ……いちばんじゃないのに大好きって嘘つかれるのが嫌。いちばんなら、キスされても嬉しい。


 ──ここまで言ってしまったら、たぶんアタシとラムズの仲は止まってしまう。彼は多分、どうしたって今のアタシをいちばんにすることはできないんだ。計画があるから、聖女を手放せない。


 「いちばんじゃないと嫌だ」と伝えすぎたら、普通の父親ならただ困るだけだけど──ラムズの場合は、脅威に思って殺すかもしれない。

 これ以上本人に直接縋っても無駄だ。アタシが裏側から計画を探って、それを潰すしかない。


 ラムズのほうから動けないなら、アタシが自分で聖女を蹴落す。今が本当の「大好き」じゃなくても、自分で〝本当〟にする。


 だから今は──。



「やじゃないよ。アタシ、パパのこと大好きだよ。全然なんにも気にしてない。成長したから嫌とか、もう思ってない」

「じゃあさっきは、俺が曖昧な態度を取ったせいなだけ?」

「んー……」

「たしかに、中途半端なまましちゃダメだったな」


 アタシはラムズの腕を引っ張った。


「……もう怒ってない。だからいいよ。アタシが意地張ったの」


 彼はしばらく何も言わなかった。



 それから、パパは体を離し、長い睫毛を被せた視線をこちらに寄越した。青い視線が視界を降りていき、指先がアタシの頬を優しく擦る。


「なあシェリン。じゃあキスしてい?」

「……え? うん」

「そうじゃなくて……」


 ラムズはアタシの唇に指を引っ掛けた。

 ……え、え。あ、え?


 コイツ娘にキスしてたの!? 唇に!?

 ……それとも今したくなったってこと!?


 ……どういう文脈? どういうこと!?

 愛を伝えたいってこと……? いやいや、血の代わりに氷詰まってる男が、愛を伝えるためにキスなんてしたがるか? しかもこんなこと言ったら、フツーの娘はドン引きだよ!?


 まあでも、アタシは悪魔なんで……。別にイイんですけど……。前も言ったけど、ラムズって顔がいいし。顔がいいならなんでも許せるじゃん? あ、殺されんのは無理です。


「……パパ? 娘とちゅーしていいの?」

「だから許可取ってる」


 そういう問題?

 どーしよ。斜め上すぎる。とりあえず罵倒しとく?


「意味わからん。おまえなら引く手数多でしょ。なに考えてんの。へんたい、ロリコン!」


 そういえばコイツ、アタシのこと何度も殺してきたんだった。そもそも聖女と恋人じゃん。え、浮気じゃん? 浮気で娘とヤんの? クズの権化?

 終わってるとこは好きだけど、アタシを巻き込むなよ! ……いや、聖女を出し抜けると思うとたしかにちょっと美味しいか。悪魔的には、こういう展開は大好きだ。


 そもそもタブー事項は大歓迎。禁忌大好き!

 だからこれが、生存ルートとかもろもろ面倒くさい事情がなければさぁ!


 パパは諦めたようにただ抱きしめて、耳朶にキスを落とした。


「かわいいシェリン。俺のシェリン」

「ん、んー……」

「大好きだよ」


 頬に口づけ、首筋にも何度もキスを落としてくる。

 ……なんか、開き直ってチューばっかしてきてない?


「パパはイザベラがいたでしよ? 今だっていろいろ……どうせ恋人みたいな女はいるだろうし……」

「人を食べるのはよくて、娘とキスするのはダメなのか?」

「……だ、だめ。アタシが嫌だからだめ……」


 腰が引いていたところを、ぐぃと胸元に押し付けられる。


「恋人がいないわけじゃねえけど……」


 そこは正直に言うんだ?


「別に好きじゃないし」


 まあ、そうですね。


「シェリンのことは本当に大好きだよ。俺と似ててかわいい」


 薄っぺらいんだよ、コイツ。


「ママのことは……」

「全然好きじゃない」


 でしたね。


「パパは人に対して愛は抱かないの?」

「抱かないよ。悪いやつだから」


 それ、言い訳にはなってないけどね?


「……アタシは?」

「シェリンは俺と似てるから好きなんだ。俺の姿と似てて、俺と同じ吸血鬼で、俺みたいに悪い子だから」

「パパと似てなかったら、娘でも好きじゃないの?」

「全然好きじゃない」


 ……そうですか。

 知ってたけど、コイツやっぱりおかしいな。

 愛がないまではいいよ。アタシもそうだから、理解できる。

 でも似てるから好きってナニ? 自己愛が限界突破してるってこと!?


 ん〜悪魔的意見を言わせてもらいますと〜。


 まーたしかに、アタシも自分の見た目が好きだからな。自分とまったく同じ見た目の子が生まれたらかわいがっちゃうかも。キスするのに抵抗はないし、娘だろうが息子だろうが、鏡見て「アタシかわい〜!」ってやるのと同じノリでキスする気がしてきた。

 高性能な鏡って感じ? 動いて喋る立体鏡みたいな?


 キスに深い意味なんてないしね〜。教育上よくないって言われても、もう悪魔の存在こそが教育上よろしくないんで? 今更ってゆーか?


 ただ、娘がアタシに反抗的だったら殺すな。邪魔だし鬱陶しい。

 あと無能でも解釈違いで殺すかも。アタシくらいかわいいのに、ザコでアホで、それこそ人間みたいに「人を殺すのは悪いことだよ!」とか言ってきたら「どっから生まれてきたの?」ってにこにこ笑って刺す気がしてきた。

 自分の鏡だと思ってかわいがってたのに、解釈違いな自我持ってきたらムカつくもんな、うんうん。


 まー純粋なシェリンもどきをだんだん悪に染め上げていくのも愉しそうだけどね〜。ちょっとずつアタシに似て悪い子になってくのも、ぞくぞくしない?

 悪魔的には、ただ人間を虐めるだけじゃなく、品行方正な人間を堕落させるのも美味しいんだよね〜♪


 それなのに途中でイザベラみたいな女に邪魔されて、娘がいい子に戻ったら……。イザベラを殺すのは間違いないとして、もう一度悪才教育を施すのも面倒になって、無関心になる可能性はあるな。

 もしくは、単に「無能、もういらない」って捨てるかも。


 あれ……?

 思ってた以上にラムズに共感できるな……。

 思考回路コイツとまったく一緒……?


 コイツのことやばいと思ってたけど、アタシも大概おかしいんだな。客観的に見れてよかった、うん。変わる気はないけど☆


「……アタシのこと、かわいがりたいの?」

「そうだよ。かわいいからなんでもしてあげたい」

「……ちゅーしたら、アタシのこともっと好きになる?」

「変わんない。キスしなくてもシェリンのことは大好きだよ」


 パパはそう言ってアタシを抱きしめた。


「シェリン、キスしてい?」


 柔らかな低音が耳を擽る。

 もう……わざわざ聞くなよ。したいならすればいいじゃん……。なんで許可取ろうとすんの。別にいいってばぁ。


「うるさぃ……」


 首筋や鎖骨に唇を当て、ラムズがいくつもキスを降らせてくる。耳朶とか目元とか、唇の端とか……そこまですんならもうしろよ! もーいいよ! 悪魔のアタシは、そのへんのモブとしたっていいと思ってるくらいなんだから!

 いつの間にか組み敷かれていて、ラムズ銀髪を簾のように垂らして首を傾げた。甘く悪戯めいた笑みで見下ろす。


「かわい。俺のシェリン」

「んー……」


 こんなに執着されると、アタシが〝シェリン〟じゃないことがますます怖くなってきた。大丈夫かな、コレ。バレたら「万死に値する」って言われそう。拷問待ったなし?

 アタシの頬を掬い、細めた視線を静かに流す。


「シェリン、お前は俺のことが信用できねえみたいだけど……」

「んー」

「本当はなんでもできるんだよ」

「……え?」


 首筋に手が周り、血管をなぞるように摩った。


「魔法で隷属化してもいいし、意志を奪って人形にしてもいい。都合の悪いことは記憶を消して、時間をかければ、俺のいいように洗脳する魔法もかけられる。やろうと思えばなんでも、無理やり言うことは聞かせられる」


 怖い怖い怖い。たしかにそーでした。あんだけ魔法力ありながら、等身大に接してくるからサァ、意外と雑だしテキトウだし媚びてくるし……威圧してくるタイプじゃないからぁ……。


「でも俺は、シェリンと仲良くなりたいんだ。だから……本当に好きだよ。シェリンに嫌われたくない。魔法で弄って好かれても意味がない。わかるだろ」


 まーね。じゃあ、本当の意味で好かれたいんだ。

 自分の()を信じ込ませるために、あえて脅したな、コイツ?


「……んー。でも今、脅してる」

「あー。バレた?」


 彼はくつくつと笑って首を傾げた。

 わ、わ…………。なんなの……悪魔なのに、負けるじゃん。パパのほうが悪魔じゃん……。


「ほんとに、すべて元通りになったらいいのに」


 本気で望んでる声だった。

 でも……パパの望みは叶えられない。ごめんね、シェリン。アタシが奪っちゃって。もう返したくない。


 ラムズの腕を引っ張った。


「ファーストキス、」

「……シェリンの初めてちょーだい」

「んー……。あげる、」


 顎を掬われ、唇がそっと重なった。

 触れた感覚は、柔らかいというより静かだった。息をする音だけが残り、角度が変わって、また唇に彼の温度が伝わってくる。


「パパ、」

「大好きだよ。愛してる。嘘じゃない」

「……んー」

「一緒にいたい」


 彼の腕を掴み、薄く開いた視界にラムズの姿をぼんやり映す。甘えたような声で言った。


「もういっかい、」

「んー」


 何度か唇を合わせ、次第に深く口づけを交わしはじめた。


 悪魔の好きな、〝イケナイこと〟してるからかな。今までループで他の男とキスをしたときより、パパとしてるほうが好きだ。幸せ。甘くて美味しい。


 アタシの耳を擽りながら、甘く囁いた。


「かわいいシェリン」

「……パパ」

「最近のシェリン、ちょっと生意気だから……。かわいいから虐めてやりたい気持ちもあるんだけど」


 頬を親指が擦った。


「可哀想だから我慢してあげてる」

「……生意気じゃないし」


 低い声が囁く。


「本当はもう俺のものにしたい」

「……さいてい」


 くつくつと低い笑い声がする。


「だめ。そんなのしたら、」

「そうだな。キスだけね」


 パパが何をしたいのか、今はよくわからない。でもたぶん、パパもアタシのことがよくわかんないんだと思う。

 ……全部話して、それでも一緒にいられたらいいのに。


 アタシのパパでいてよ。アタシのパパになってよ。殺さないで。……ずっと、守っててよ。

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