26|ツンとデレの切り替えって難しいね?
アタシはくしゅんと小さなクシャミをした。ラムズが慌ててアタシを抱きあげ、布団の中に入れる。
「まだ寒い? 体冷えたままか?」
「……わかんない」
胸の辺りが……ちょっと寒いかも。
「ねーね……まだ衛兵とか来ないの? なにしてんの」
「夜になって吹雪がさらに増してるんだ。暗くて見えないし、今日はもう来れねえだろうな」
ふーん。
「部屋の温度高くできない?」
「やってみる」
ラムズが暖炉のほうに手を翳すと、炎が一回り大きくなった。室内に透明な膜が張られる。外の冷気を遮断するためかな。
……たしかに部屋は暖かくなってきたけど、やっぱり心もとない。アタシは毛布に顔を埋め、さらに丸くなった。夜が更けてきたからなのか、さらに寒く感じてきた。
「シェリン、やっぱり心配だから一緒に寝ていい?」
「嫌」
「さっきもそうやって温めてただろ。なんで今日は嫌がるの」
おまえが……聖女のほう優先するから。それでいて「好き」とか言ってくるし。さっきの話は具体的だったけどさぁ……今のアタシも、聖女みたいに騙されてるかもしれないじゃん。
アタシはまたクシャミをした。
「やっぱり寒がってんじゃねえか」
「……どっか行って」
「一応気をつけて温めたが、冷えた血液が体に回ると、もう一度低体温症になることがあるんだ」
「…………」
「まだ完全に回復はしてない。だから無理したらだめだ」
それでおまえに抱きしめらんなきゃいけないの?
「シェリン、まだ寒いのか?」
「わかんない……」
温かい指先が頬をなぞり、毛布の中に入り込んで首筋に触れた。それから、さらに下へ潜って胸元に手を当てる。
「…………ヘンタイ」
「心臓の辺り触ってるんだろ」
腕が抜かれた。
「やっぱりまだ内側が冷たい気がするな……。深部体温が上がってないんじゃねえか?」
それから鍋に沸かした白湯を飲まされた。さっきより震えがマシになった気がする。
「ねえ。服ないの?」
「俺の着るか」
彼はそのままシャツを脱いだ。この場で脱ぐなよな。たしかにさっきも上裸でアタシのこと温めてたらしいけどさ。
アタシと同じ、真っ白で傷一つない体だ。細身の体のわりに筋肉質に見え、一切無駄な肉がない。
パパはアタシの毛布の中に手を入れ、布団と毛布でアタシを包んだまま腕に袖を通していく。もぞもぞやりながら背中のほうにシャツを引っ張り、もう一方も袖を通した。
ボタンを付けてから、もう一度アタシを毛布で包んだ。
「……アタシ、あちこちぶつけたの。痣になってた?」
「痣!?」
なんか驚いてない? アタシが死にそうなときより感情見せてない?
「シェリン、見せて」
「見たんじゃないの?」
「体温が逃げないように毛布で包んでたから」
「じゃあ今もよくないじゃん」
「痣がないか気になる」
……アタシも気になる。パパみたいに綺麗な体だったのに。
「でも毛布取ると寒いの」
「んー」
パパは寝台の背板にもたれかかり、アタシを膝のあいだに座らせた。一緒に布団に被って、ぴたりと体をくっつける。……ラムズの体あったかい。眠くなっちゃいそう。
「この状態で探せばマシかな」
「んー……」
毛布を開き、さっき付けたばかりのボタンをひとつずつ外していく。
……今更だけど。この状況、万が一誰かに見られたらやばくない? 聖女以外でもきっと妙に思われる。
「ほんとに誰も来ない?」
「なんで? 来ないと思うよ」
「くっつきすぎ」
「ドアは鍵が閉まってる。音がしたら離れればいい」
ならいっか。
ボタンを外され、シャツを開いて胸元に目を落とす。毛布とシャツを軽くどけるように手が動いて、脇や腰に視線が落ちていく。
「痣ある?」
「ここ痛い?」
脇の下に手を当てられ、少し押されて鈍痛を覚えた。
「痛い……」
「だよな……。この辺りも、」
腰から太腿の辺りに手が下りる。さっきより痛みは小さいけど、たしかに押されると違和感がある。
「背中もあるかなあ?」
「剥がすわけにはいかねえから」
腕が背中のほうに回っていく。
滑らかな指先が、シャツと皮膚のあいだに滑っていく。ぞわぞわとした感触が走った。
「ここは?」
「い。痛いっ……」
「このへん」
「痛い……」
「もしかしてここ全部?」
少し皮膚を押しながら、背中全体で円を書くように手を回した。その部分、たしかに触れられるとすべてじんと来た。
「んー。そのへんも痛い」
「嫌だな。痣になったのかな」
ラムズは腕を抜き取り、シャツのボタンを閉めた。毛布でぎゅっと前を閉められる。
「なんで? パパも嫌なの?」
「嫌だよ。シェリンの体は俺も好きだから」
どういう回答?
「痣って残るの?」
「……打ちどころが悪いとな。あーやだ。嫌だ。治していい?」
アタシはぱっと目を輝かせた。
「え、治せる!?」
「見ないとわからん。治せるものもある」
「治したい! 早く! 早く治して!」
「今はダメだよ。体が冷えてるだろ」
アタシは毛布ごとパパの胸にぎゅうとしがみついた。
「じゃあ早くあっためてよ……もう元気なのに」
「あっためてんじゃん」
腕が回る。毛布の向こうから、ラムズの熱い体温が伝わってくる。
「ほら、早く布団の中入ろう」
無理やり体を寝かされ、布団を一緒に被った。強く抱きしめられる。
「俺のかわいいシェリン」
髪にキスを落とされる。
「…………嘘つき。おまえ、聖女になんかあげてたじゃん」
「やっぱり嫉妬してんの?」
「してない! 腹黒。みんなにいちばんって言って回ってんでしょ」
「んなことねえのに。シェリンのことは本当に大好きだよ」
体をさらに引き寄せられる。いつもと違って、ラムズの吐息は冷たくない。
「愛してる。俺の娘。俺だけのシェリン」
「ちげーから。ママの血もあるでしょ」
「俺だけだってば。俺の成分しか入ってないの」
ナニ、成分って。キモ。
「シェリンもほしいのか? ああいうお守り」
「え?」
「聖女に渡したやつだよ。お前は監視されてるみたいで嫌、とか、キモ、とか言いそうだろ。だから渡してねえんだが」
「監視は嫌」
「ほらな」
アタシはパパの背中に手を回した。小さく呟く。
「アタシがいちばんがいーの……」
「んー……」
「いちばんにして」
沈黙が落ちる。
……やっぱり無理ってことじゃん。
聖女がこれからもアタシを狙ってくるなら、アタシは聖女を殺さなきゃいけない。でも、ラムズは聖女を殺されたくない。
ラムズが聖女に殺さないよう伝えてくれるならいいけど……それも、聖女の頼みなら諦めてしまうかもしれない。
「ごめんね。シェリン」
耳朶にキスを落とした。息が鼓膜を揺らし、ぞく、と体が鳴る。
「愛してるよ。本当」
「いちばんじゃない」
「…………本当にいちばんがいいの?」
「んー」
ラムズは首筋にキスを落とした。
「かわいい。シェリンが生きててよかった」
「いちばんの話は?」
「んー……いちばんにしたいよ」
ナニソレ。
ラムズはそのあと、アタシの頬や首筋、額、目元、顔のあちこちにキスの雨を振らせた。アタシは彼の肩を押し、拗ねた声を出す。
「キスしないで! やめて!」
「…………悪い」
ラムズは素っ気なく言うと、軽いハグに切り替えた。
……なんか、傷ついたの? まあそういう演技だとは思うけど……。キスいっぱいすれば信用できるとかねーからな。ただのクズのくせに。
「なんなの。ウザイ」
「……悪かったって」
煮え切らない態度だ。説明しなよ、言い訳でもいいからさ。
「いちばんにできないから、誤魔化すためにキスしてんでしょ? 都合が悪くなったから黙ったワケ?」
「……そうじゃない。まあ……そうなのかもしれねえけど」
「じゃー何」
「単に……シェリンは前は喜んでただろ。だから……まあ、俺が悪い。シェリンはもう大人だもんな」
…………なにコイツ? 何が言いたいワケ?
構ってちゃんか? そこまで言ったなら全部説明しろ。アタシが不審そうに見ているのに気づいてか、ラムズは溜息混じりに言った。
「幼い頃はいいけど、成長すればそういうのは嫌になるもんだろ。だから俺が悪いって言ったんだ。俺は昔のシェリンに戻ったようで嬉しいけど、すべてが元通りになるわけじゃない」
「前みたいにキスしたかったけど、アタシが怒ったからやめたってこと?」
「ああ。もうしないよ。前に嫌だって言ってただろ? でも最近一緒に寝たがるから、あれくらいならいいと思ったんだ。……俺が間違えた。ごめんね」
よくわかんないけど、誤魔化すとかそういうんじゃなく……ただアタシを人形みたいに愛玩したかっただけっぽい。
公爵令嬢なシェリンも、前にパパを拒絶したらしいな。
はあ〜〜〜!
アタシを大好きだって言うなら、王族には強気に出てほしい。アタシを傷つけたら許さないって、そう言えよな!
そうじゃないとおまえの価値ねーから。虎の威を借りたいんだから、おまえは虎っぽくしてないと意味ねーんだよ! そのために仲良くしてんのに!
……でも、これを言うとラムズは困るのかもしれない。王族に話せば、それは聖女に伝わってしまう。聖女がアタシとの関係を気にしている以上、下手に刺激したくないんだろう。
……結局全部、聖女を中心に回ってる。それを……どうにか、できたらいいのにな。
「……昔夜に話してたの、何? それも教えてくれないじゃん」
違う方向で責めたら、何かラムズの目的や計画についてのヒントが得られないかな。




