28|聖女は絶対殺すね。
あのあともいつも通り、アタシとパパはぎゅーしながら山荘で寝ていた。途中で扉を叩く音がして、アタシは目を覚ました。
「パパ、ねえ。衛兵来てんじゃない?」
「ん゛ー」
ものすごく不機嫌そうだ。ベッドから出ると、椅子にかけてあった外套だけを羽織った。雪の降りしきる山荘にいる男とは思えない姿で部屋を出て、山荘の扉を開ける。
「公爵様、お嬢──!? 公爵様、寒くはございませんか!? 大丈夫ですか!?」
「……ああ、貸したんだ。シェリンの服は」
「こちら、お召し物です。公爵様のものも──」
「俺のは魔法で乾かすから。外で待機して」
超低音の気怠げMAXな声。起こされたのが相当不快だったらしい。
アタシも布団からパパがいなくなって寒い。衛兵ほんとに空気読めない。一生来なくていいのに。
ラムズは寝台に戻ってくると、布団に入り、アタシをまた抱きしめた。
「シェリン。もうちょっと寝てよ」
「パパ? 外に衛兵いるよ?」
「どうでもいいよ」
パパが公爵モードやめてる! 衛兵凍死したらどうすんだろ。ほんと自己中で最高。
首筋に顔を埋め、またキスをしている。
「俺のシェリン。離したくない」
「パパ、アタシのこと好きすぎ」
「そうだよ。愛してる」
絶対その「愛してる」別の意味だから、辞書引き直したほうがいい。コイツに愛の倫理はない。
アタシを抱きしめたまま寝転がり、何度も小さなキスを落としてくる。
「……ねえっ、外に聞こえちゃう……」
「大丈夫だよ。防音魔法もかけてる。声出るなら塞げばい?」
ラムズはくつくつと低い声で笑って唇を塞いだ。
ばかばか、違う! この前お泊まりにいったときはアタシのほうが離れたくないってくっついてたのに、今回は逆らしい。
「アタシ一応昨日の夜凍死しかけてたんだけど!」
「俺がいっぱい温めたから大丈夫」
その言い方……なんか意味深。
「かわいいシェリン。俺のシェリン」
また扉を叩く音がする。だから言ったのに! コイツ馬鹿!?
ラムズは胡乱な声で低くぼやいた。
「殺してもいいかな……」
「怪しまれるよ?」
「あと三日くらい放っておいてほしい」
パパの知能レベルが2くらいまで落ちてる。今なら殺せそう。
ラムズは扉を開き、うんざりした表情で放った。
「取り込み中だ。着替えに時間がかかってる」
「わ。わかりました。申し訳ありません。何かあったのかと思いまして……」
「何もない。……というか、お前らもう帰っていい。手は足りてる」
「ですが」
「晴れてるし、昼過ぎには戻れる」
彼は有無を言わさず扉を閉めた。
お、追い返した……。傍若無人すぎ。こんな公爵に国の防衛の要を任せるとか、この国やば〜。
「シェリン、時間できたからもう一眠りしよ」
「しない! パパのバカ! とっとと着替えろ!」
「なんで? 冷たいな……」
ベッドで座っていたアタシを抱きよせ、頬を撫でた。
「かわいい。大好き」
アタシが目を瞬いているあいだに、唇を奪われた。浅く触れたと思えば、甘く沈んでいくキスに身体の力が抜けていき、アタシはパパの腕をぎゅっと掴んだ。
この公爵……衛兵追い返して娘とキスしてる……。しかも一回許されたからもうこれからはいつでもオッケ〜みたいなノリで!
「かわい。かわいい。俺のかわいいシェリン」
「パパ……。ちゅーしすぎ……」
「嫌?」
「んー……」
わかってたことだけど、コイツはキスが上手い。唾液が甘くて美味しいし……人間の唾液とは違う、水みたいだ。でも体がふんわり温かくなる。どういう作用?
アタシはパパの外套を引っ張った。
「もういっかい、」
「んー」
低い声で笑って、余韻に呑まれるようなキスを送っていく。髪を撫で、自分のほうに引き寄せてキツく抱きしめた。
「ちゃんと大事にするからな」
「んー……」
「サロンではああ言ったが、今回無理言ってシェリンのこと助けに行ったから、王族も察してると思うよ」
「……そっか」
代わりにパパは、これから聖女に言い訳しにいくんだろうな。
いい匂い。アタシはぼんやり声のまま言った。
「パパ、着替えなきゃ」
「やってあげるよ」
パパは毛布にアタシを包んだまま、アタシに下着を履かせた。衛兵が持ってきたドレスを着せていく。そのとき、自分の体を見下ろしたアタシはぎょっと目を瞬いた。
「パパ、これナニ?」
「キスマーク?」
いや、それはわかってんのよ。飄々と首傾げて髪さらさら〜ってしてる場合じゃないから。
「取ってよ! 真っ赤っかじゃん。痣みたいになってる。アタシの白い肌が好きって言ってたくせに」
ラムズは薄く笑ってアタシの肌についと指を滑らせた。
「俺のものに印を付けるのはいいよ。かわいい。二度と離したくない」
「わかったってば。早く取って」
「やだ」
メイドにバレるよ!? どこでどうしたのかと思われる。
「アタシお嫁に行けなくなっちゃう」
「行かなくていいよ」
「…………」
この前聖女に「婚約相手探し中」って言ってたのはやっぱり嘘なわけ? も〜。
「湯浴みのとき、メイドに何か言われる」
「あー……んー…………」
心底不服そうに、首筋の赤い花弁をなぞった。
「魔法の処置でできたって言っておこう」
「……首筋に?」
「心臓に近いし」
「怪しまれない……?」
「俺がそう言い張る」
コイツやば。そうやってアタシ以外には権力に物言わせて黙らせてんだ? つーかそんなことで権力に物言わせんな。素直に治せ。
パパって魔法が得意だし、治癒魔法もある程度できるみたいだし、長寿で賢いとも知られてるから、周りの人たちは「まー公爵が言うならそうか〜」って頷いてんだろうな。
それからアタシを抱き上げて、ラムズは重力魔法で飛んで別荘に戻った。
ラムズは別荘に戻ると、メイドや医者にアタシの体調について説明した。魔法で一晩中温めていて、凍傷しかけた箇所も治癒魔法を使って回復させたことを説明する。
「それと心臓や肺に血流が戻るよう、無理に魔法で循環させた。皮膚の薄い箇所に鬱血が出ている。おそらく数日で治ると思うが、服から見えるようなら処置をしてくれ」
パパがそう真面目くさった顔で説明すると、医者は深々とお辞儀をした。
メイドもパパに言われたとおり湯浴みをさせますとこくこく頷いている。
「パパ……」
アタシが彼の服を引っ張ると、彼は自分の唇に指を当てて悪戯げに笑った。
アタシは目を細めてくすくすと笑った。
湯浴みのために服を脱がせられると、バニーはアタシの胸元を見て「まあ、」と視線を俯かせた。
「シェリン様……お可哀想に。白くて綺麗なお肌が……」
ね? バニーもそう思うよね?
パパがありえないほど付けてたから、胸元全体が痛々しい赤紫に変色している。首の横、鎖骨の窪み、胸へ落ちる柔らかな皮膚。不規則な色合いの鬱血痕が散って、皮膚の下で大きく血が滲んでいる。
キスマークとキスマークが繋がっちゃって、形も取れてない。ここまで酷いとたぶん誰もそうとは思わないだろう。
「痛くはないですか?」
「んー。大丈夫」
「ではお身体に触りますから、無理に処置はせず、数日待ちましょうか」
凍死しかけた直後だからね〜。全身を温めるほうが先だ。
湯浴みを終えてナイトドレスとガウンを羽織った。今日もまだ安静にしていろという話だったので、そろそろ布団に入るつもりだった。
……なんだか外が騒がしい。
「シェリン様。王妃殿下がお見えです。無事を一目確かめたいと」
はあ? そんなのいーから。別に元気だから。
かといって、さすがにそう突っぱねるわけにもいかない。もう扉の前に来ているということなので、最低限髪を整えてから扉近くまで迎えにいった。
「王妃陛下……」
扉を開き、王妃が部屋に入ってきた。そしてアタシはさらに目をぎょっと瞬かせた。
なんで聖女もいるの!? 医者と一緒に聖女もついてきたのか……? たしかに治癒魔法は使えるだろうけどさ!
王妃はアタシに「固くならなくていいわ」と言って、まだ治っていないのだからと椅子に座るよう促した。
「シェリン嬢。思ったよりしっかりしているようで、とても安心しました」
「は、はい……」
「急に来てしまったわね。こちらで医者を手配したので、どうか診てもらって」
医者は簡単に診察をして、王妃に伝えた。
「冷えは残っておりますが、ひとまず危険はないでしょう。今夜はしっかり休ませてください。熱が出るかもしれません」
「そう。本当によかった」
アタシに向き直り、心配そうに表情を崩した。
「風が強かったのでしょう。足を取られたのかしら」
「……ええ。はい。突風で転んでしまって……そのまま滑ってしまったようです」
聖女のせいにするわけにはいかない。そんなんパパに殺される。
「そう……。此度は本当に肝を冷やしました。公爵にも無理をさせてしまったわ。今はなにより、貴方の体調を大事にしてくださいね」
「はい。ありがとう存じます」
……昨日より丁寧に扱われてる?
王妃はそこで役目を終えたように、小さく頷いた。
「エンジェリーナ、少し癒やしの術をかけておやりなさい。私はこれで下がります」
「かしこまりました、陛下」
待て待て待て! 置いてくな! こんな危険人物部屋に置いてくな! というかアタシ殺した張本人! こんなやつに治癒魔法なんてかけられたくない!
王妃はメイドたちへ二、三の指示を与え、そのまま踵を返した。メイドのひとりは見送りのために扉のほうへ、もうひとりは薬湯を温め直しに暖炉のそばへ向かう。
やだやだやだ、聖女とふたりきりにしないでよ!
聖女はほわわんと微笑んだ。
「シェリン様。本当にご無事でなによりです」
嫌だ、嫌ー! アタシは今黒魔術も使えない。ほんとに丸腰だ。助けてパパ!
「大丈夫ですので。もう元気なので、治癒魔法は必要ありませんわ」
「そう仰らずに……。怖がる必要はありません」
おまえ殺す気だろ!? ……さすがにメイドたちもいるこの部屋で殺すのはありえないか? 単に「シェリン様のことを私も気にかけていますよ」ムーブ? どちらにせよ近づいてほしくない。
聖女はそこで、長いスカートの裾を引っ掛けてアタシのほうにつんのめった。椅子に座っていたアタシの上に覆いかぶさり、胸に手をつかれる。痛っ、胸触んな! なんなのコイツ! 何もないところで転ぶな、鈍臭い女!
「まあ……シェリン様」
彼女は体勢を整えつつ、にこりと微笑んで小声で漏らした。
「お若いのに……思ったより張りがございませんのね」
「…………は?」
「上向きでないというか……形が、ちょっと」
アタシが聖女に掴みかかろうとして、既のところで後ろに控えていた医者が聖女を引き離した。
「シェリン様、どうなされたのですか。落ちついてください」
「……おまえ、おまえ…………おまえ。許さない、許さない。絶対許さない」
低い声でぼやき、よろよろと聖女に近づこうとすると、只事でない様子にメイドたちに両腕を捕まえられた。
「シェリン様? お気をたしかに。どうしたのですか。シェリン様!」
聖女は目を見開き、医者の影に隠れる。
「私……ちょっとお話しただけですのに。どうしてこんな……」
「エンジェリーナ!!!!!!」
アタシの凄まじい絶叫に、医者と聖女は慌てて部屋を飛び出した。閉まった扉を睨みつける。
「クソが! 離せ! もうどうでもいい! 離せってば!」
アタシは全身を振ってメイドたちを引き剥がそうとする。二人がかりで床に押さえつけられ、背中を押し込まれる。
「聖女を連れてこい! 早く! 今すぐ! アイツ絶対殺してやる! 絶対に殺してやる! 許さない、許さない! 絶対に許さない!」




