24|父親エアプはやっぱり信用ならない.
視界の悪い吹雪のせいで、ラムズでもなかなかシェリンを見つけられなかった。魔法で吹雪を払い視界を確保しようにも、庭園内は広い。見逃さないよう少しづつ進み、吹雪を払い、具に探しつづける。
この寒さの中では、さらに人間と変わらないシェリンの体質では、一分一秒が命取りになる。
周囲に目を光らせ、全方位に視界を拡張してシェリンを探しつづけた。
途中できらりと光るものを見つけ、足場を作りながらそこへ滑り落ちる。上空の吹雪を払い、ドレスの裾を見つけた。
「シェリン!」
ラムズは彼女の元へ滑り落ちた。体の表面に雪を被り、頬や髪は白く結晶がかかっている。そっと雪を払いどけると、ラムズはシェリンを抱き上げた。
冷えきって固まった体。両腕で抱きかかえ、外套の中に包む。できるだけ風が当たらないようにしながら、ラムズは丘を降りはじめた。
雪の上に氷の足場を錬成しながら、ゆっくりと滑走していく。
「シェリン、起きてるか? 寝ちゃだめだ」
既に意識が途切れている。ラムズは先を急いだ。
庭園のある別荘のほうは、ますます吹雪が酷くなっていた。シェリンを抱えたまま風魔法を操り、丘を登っていくのは難しい。そして何より、早く温めなければシェリンの身が危険だ。
降りたところの林間地帯は木々が吹雪を遮っているおかげで、視界は良好だった。
今回の別荘は以前にも訪れたことのある屋敷だ。当時の記憶を頼りに、狩猟時に使う小さな山荘へ向かった。そこに温めるものもあるはずだ。
ラムズは片腕でシェリンを抱いたまま、山荘の扉を開いた。冷えきった木と灰の匂いが流れ出る。すぐさま扉を閉め、片手で部屋中央の暖炉に向かって魔法の炎を飛ばした。ぱ、と部屋が明るくなる。
それから宙に手をかざし、魔法で部屋全体の空気の温度を上げていく。
シェリンを寝台に寝かせた。細い息、ぴくぴくと瞼が震え、普段以上に肌が青白くなっている。ドレスの表面には硬い氷の粒がつき、髪や睫毛に結晶がこびり付いている。
外套やファーなど、濡れているものを外していく。それから、戸棚を開けて毛布を取りだした。他にも、羊毛の外套や予備のランプ、薬草など、ある程度の備えが仕舞われている。
シェリンの全身を毛布で包んだあと、ドレスを切りながら少しずつ体から外していった。凍って張り付いている部分は無理に剥がさず、特に濡れているところから脱がしていく。足や腕にも毛布を巻き付け、空気の隙間をなくすように包み込む。
一度彼女を暖炉のそばの寝台へ寝かせると、自身は外套を椅子にかけ、宝飾具をすべて外してシャツを脱いだ。彼女を抱きあげる。
「シェリン。起きて。シェリン」
全身の体温を上げ、少しでもシェリンのほうへ熱が伝わるように体を寄せる。シェリンは手袋を脱いでいたせいで、掌は白く強ばって、指が半端に曲がったまま凍っている。掌ごと布で包み、熱を与えるように自分の胸元に引き寄せた。
「……シェリン。遅くなってごめんね。起きて」
彼女の胸や首に手を当て、毛布越しに少しづつ熱を伝えていく。
「シェリン。シェリン。シェリン」
ただ低く静かな声が、そっと彼女の顔に落ちる。
「起きて。シェリン。……シェリン、起きて」
「せっかく戻ってきたと思ったのに」
「シェリン。死なないで」
「また一緒に人間食べるんだろ」
「シェリン。シェリン。死なないで」
「お前しか娘はいないんだ。シェリン、」
「お前が魔力を飲めたら……こんなことにならなかったのに」
「シェリン。……今からでも飲め、シェリン」
「そんな体だったら死んじゃうだろ」
「お前も嫌だろ。シェリン。……起きて。シェリン」
「死ぬのも痛いのも嫌いだろ。シェリン」
「俺のシェリン」
「なあ、頼む。……もう一度お前を失いたくない」
ラムズは呼びかけつづけた。固まっていた皮膚が少しゆるみ、凍って張り付いていたドレスが剥がれる。ラムズはそっとドレスの布片を床に落とし、毛布で丸めたシェリンをまた抱きしめた。
「起きて。……大好きだから」
ぱちぱちと火の弾ける音がする。
「うぅ、さ……い」
囁きに近い声が落ちる。瞼が薄く持ち上がり、焦点が定まらないうちにすぐに閉じた。
「シェリン」
彼はもう一度首筋に手を当て、熱を与えた。湯たんぽのように温かくした体でしっかりと包み込む。
「よかった。生きてて。シェリン……遅くなってごめんな」
「らまえ。よいすぃ…………うぅ、さい」
彼はシェリンの凍った髪を払った。
「意識が戻らないと、そのまま死ぬこともあるから」
「しら。れー、し」
「だよな」
くつりと笑い、額に優しく口づけた。長く息を吐く。
「……よかった。俺のシェリン」
✶
山荘に連れて来られてから二時間が経った。アタシはようやく呂律が回るようになり、視界が確保できた。顔色はまだ悪いらしく、手足も温度が低い気がする。特に指に至っては白く固まっているままだ。
ラムズは寝台に座って、アタシを子供みたいに抱きかかえて布団を被っている。
「来んの、おっそ……」
「ごめんな」
なにしてたんだよ。聖女に捕まってたのか? アタシを人生の最優先事項にして生きてほしいんだけど。
「なにして、たの」
「初めは庭を探してたんだ。落ちたと誰も思わなかった」
ああ……。聖女が「庭を探しましょう! みんなで!」とか祈りのポーズをしながら言って回ってたに違いない。
それにコイツは……アタシが聖女に落とされたこと、知ってんのか?
「しぬかとおもった」
「……俺も生きた心地がしなかった」
はあん? ナニ言ってんだこいつ?
一切取り乱さずに「シェリン」って呼びかけ続けてただけの男のくせに……。
フツーの人間はなあ、自分の娘が死んだらもっと慌てんだよ。「神よ娘を救ってくれ」って縋ったり、「よかった!」って叫んでぎゅうぎゅう抱きしめたり。涙ひとつでも零したのかよ? あん?
「死ね」
シェリンちゃん、機嫌が悪くてストレートに悪口が出てしまった。あはっ。
まあ、アタシもコイツが死んだら手叩いて笑う自信があるけど、アタシは悪魔だし? 実の娘でもないし?
「口悪すぎ」
呆れた声で笑っている。
アタシは毛布に包まったまま、まだ自由の効かない声をできるかぎりかわいくした。
「だってぇ〜。パパ、全然泣いてなかったしぃ? 死んでも『あ。死んだ』みたいな顔で見下ろす雰囲気出てたよ?」
「お前が意識ないとき泣いてたよ」
「絶対嘘だろ。アタシ、返事しなかっただけでまあまあ起きてたから」
例えばほら、この期に及んでまた腹黒発言したら面白いなとか、思わず秘密を喋っちゃったりしないかなとか思ってサ、強かなシェリンちゃんは眠ったフリをして聞いていたんですね?
でもろくに意味のある言葉は喋んなかった。ただシェリンシェリン騒いでただけ。
「ひねくれすぎててかわいい」
「死ね」
この二枚舌野郎が……。
まー助けてくれたのは褒めてやらんでもない。聖女と仲良くするためにはアタシは邪魔だと思うけど、まだ見捨てる気はなかったらしいな。
「俺に冷たすぎだろ」
「おまえがゴミなのが悪い」
そもそもアタシが今回殺されたのは巡り巡っておまえのせいだろ、絶対! 嫉妬に狂った聖女が行動に出たんだ。
まったく娘に嫉妬すんなよ……アタシはこんな男ひとっかけらもタイプじゃないからさ。
アタシのタイプはそう……前にナンパしてきたあのワンコ属性野郎とか! アイツも結局腹黒だったけど、そういう男を跪かせて脚とか舐めさせたらサイコーだよね☆ イイ顔見せてくれそ♡
えぇ、ラムズ? コイツは一も二もなくやりそーじゃん。跪くとか朝飯前ってカンジ。無表情なのもつまらん。
「ほんとに間に合ってよかった」
ラムズはアタシを抱きしめた。
コイツ、いつも体温低いけど、今は魔法で温めてるらしいな。
「おまえにそういうの言われると吐き気するからやめて」
彼は胡乱な声で呆れたように言う。
「前にパパと仲良くなりたいって甘えてたのはなんなんだったんだよ?」
「どっかの誰かさんが、手を離れた娘だって言ってたしぃ? 成長しよっかなって」
「あー、拗ねてんのか?」
ラムズはからかうように言って、両頬に指を軽く沈めた。
アタシは毛布で包んだままの腕で彼の手を払った。拗ねてないって言ったら拗ねてるっぽいもんな……。それはダサいな。
「おまえは誰にでもいい顔する……だから信用できない」
「そりゃ王妃の前で、お転婆娘の擁護はできねえだろ」
すっごい見下されてる気がする。
おまえが千年以上生きてるとしたってなあ、こちとら悪魔様だからな? アタシの年齢は──えっとぉ……実は覚えてないんだけどサ。たぶん千年くらいある、きっと。コイツより年上かもしんないし。
どう? どっちが年下っぽい? え、満場一致でアタシ!? くたばれ!
「聖女にもニコニコしてたでしょ」
「んー? シェリンは俺のことが大好きなんだな」
髪を軽く乱される。
頭空っぽか……? アタシに何も知られてないと思ってサァ……。ゴミカスが。まあ、そのほうが都合がいいか……。
ここは変に罵倒せず、かわいくてパパ大好きっ子なシェリンちゃんを演じることにしよう。たいへん不服だが仕方あるまい。アタシは大人だからな。
アタシはあえて視線を合わせずに口を尖らせた。
「パパも世界でいちばんにしてくれないとヤ」
「シェリンはそうなの?」
「ベツニ……」
わざと拗ねたように言葉を濁した。
「もしアタシの悪事が王族にバレて、捕まっちゃったら?」
「捕まんないようにして?」
「捕まったら?」
「えー。二度と屋敷から出さないようにするので処刑はやめてくださいってお願いしようかな」
あらゆる方向性で問題発言すぎますけど?
「そういうときはねパパ、俺が代わりに罰を受けるよって言えばいいんだよ?」
「罰受けるの俺も嫌だから無理」
死ね。父親エアプが。
「証拠を固められる前に、俺が助けてあげるから。な? 機嫌直して」
アタシは毛布越しにラムズを蹴った。
「うっさい。いつも人にいい顔してるだけのくせに。もー話しかけんな! どっかいけ!」
毛布で顔を覆った。
ラムズは離れてアタシを寝かせてくれたので、ひとりそっぽを向いて考えはじめた。
……コイツが助けに来なければ、実際アタシは死んでいた。意識は落ちかけていたし、衛兵たちでは時間がかかって間に合わなかった可能性が高い。聖女の一声で、また全然関係ない場所を探されていたかもしれない。
たしかに、アタシは死んだってもう一度やり直せる。
でも、痛いのは嫌いだ。死ぬのも嫌い。毎度細心の注意を払ってループ魔法を刻んでいるけど、あれだって、万が一にも発動しない可能性がないとは言いきれない。
それに、黒魔術でループ魔法を組み立てている関係で、人に見つからないようにするため、そして何があっても外れないようにするために、体への焼印で魔術を繋げている。
焼印──この体がヤワなせいで、アタシは毎度、絶叫しながら魔法を刻むことになる。それも、鳩尾から臍の下まで、掌大もある魔法円だ。
……魔術だから傷として残ることはないけど、焼印を入れる瞬間は魂ごと爛れて焼け死ぬかってくらい痛い。
だから無駄に死にたくはない。同じところを何度もループするのもいい加減飽きてる。
定期的にやってくる、この「うんざり」って感情。五回目のループのときも、だから自殺なんてしたのかもね。ああ、アタシ、悪魔のわりに意外とキてんのかも。
そのうえ、なにより! 自分の不手際や暴走、快楽欲求のせいならいざ知らず! あのクソ聖女のせいで死ぬなんてもってのほかだ!
案外ヴォルガルのほうが、今は目立った動きをしていない。というかあの男に関しては、聖女と違ってパパへの忠誠心だけで動いているはずだから、パパさえ懐柔できればそう難しい対処は必要ないかもとも思いはじめた。
逆に、パパを心酔していそうな聖女が、パパの意図に反してこんな思い切った行動に出るとは思わなかった。
もし今後もあの女が本気でアタシを殺しにくるとしたら──。
いつかのループを思い出した。アタシが聖女を殺したときのやつだ。
……あのループだけだ、ラムズにあんなに手酷く殺されたのは。
罵倒もない、煽り言葉もない。ただ淡々と、腹を蹴られ、頭を床に叩きつけ、髪を剥がされて、腕、足、腹……順番に体を炙られて死んだ。
本当に、酷い死に方だった。
今アタシが、「聖女に殺されたんだ」と訴えても無意味だ。アイツにとって必要な駒は聖女だ。天秤にかけて選ばれるのは聖女。
むしろアタシを「聖女に恨みを持っている異分子」と捉えて殺しかねない。
今のアタシはただ……残りカスみたいな昔のシェリンへの〝愛〟なんかで、ただしがみついているだけの悪魔なのだ。
作者コメント)
ラムズに助けてもらっても一度もありがとうを言わず「死ね」って言うシェリンちゃん……。安定のかわいさ……。
ラムズはクズなので言わなくてもいいんですけどね。あまりある罪がね……。そしてお礼を言われずとも全然気にしていないラムズ……。
それでいて後半の会話……あんなにイチャイチャするならもっと愛してあげてよ……。ほんと最低……クズ……
と思いながら読んで書いてました。
読者さんもよかったらぜひ私とお喋りしてください。なろうフォームでも、以下でも、感想お待ちしております! 自分の癖がかなり尖っている自覚はあるので、楽しんでくださる方がいると、仲間がいたと思えてとても幸せな気持ちになれます……ToT
ブクマや評価も、執筆のやる気に繋がり大変有難いです。
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