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22|王妃までハブってくるんですけど〜

 それから数ヶ月経ち、アタシたちは王子に招待され、避暑地の別荘に来ていた。


 前日まで雪が降っていたらしく、庭も遠くの山も白い。今日はよく晴れていて、溶けかけた雪が外壁に細く光っていた。夜には小さなパーティが開かれ、王子やパパとダンスを踊らされた。


 もちろん聖女も来ている。

 前にアタシが剣舞を見せてから、なんの音沙汰もない。何度かお茶会で顔を合わせたことはあるけど、刺々しい口調が消え、誰に対しても優しく生温かい笑顔で話していた。王子と聖女の婚約の準備も順調らしく、恋人らしい初々しさまで芽生えていた。


 ん〜? ちょっと嵐の前の静けさすぎない?


 前に盗み聞きした話によれば、パパと聖女が幸せになるために、聖女は王子と結婚するはずだ。にしては、聖女と王子は仲つむまじい。まさか聖女が心変わりしたとは考えられないし。

 パパが聖女を王族と結婚させたい何らかの計画だって、依然進行中だよね?




 その日の午後は、王子の母親──つまりこの国の王妃に「よければ一緒にお茶を」と誘われてしまった。聖女、パパも呼ばれているらしい。


 別荘の北東側にある、小サロンに案内される。淡い青ガラスが嵌め込まれた高窓からは、遠くの山の白銀の斜面が見える。窓際の暖炉では温かい火が燃えて、その前に白塗りの円卓があった。


 王妃は中心の肘掛椅子に優雅に腰掛け、左隣には王子が座っている。パパは既に部屋に入っていて、窓際寄りの長椅子の端に座っていた。王妃の右隣で、ほんの少し後ろに下がった位置。

 王族のサロンであんなとこに座ってるとか、やっぱアイツおかしいんだな……。


 挨拶を済ませ、王妃に促されて席に着く。パパの屋敷にあるのと変わらないくらい、繊細で豪華なティーセットが整えられていく。アタシの好物のスモアも置いてある。


 王妃は聖女と当たり障りのない会話を始め、アタシに話が振られたのはしばらくしてからだった。


「愛らしい飾りを持つだけではいずれは信頼を失ってしまいますからね。シェリンはどう思う?」


 今まで中身のない綺麗な言葉を、聖女とせっせと積み上げていたというのに……急になんの話だ。


「ええ、その通りでございますわね。立場ある者にはその責務がございますもの」


 とりあえず同意しとこ。


「あら……シェリン嬢にもこのお話がおわかりになるのね」


 王妃に皮肉言われた? アタシは笑みを崩さずに答えた。


「もちろんですわ。ただ、飾りに見えて案外働いている方も、この部屋にはいらっしゃいますけれど」


 パパのほうに話をすげ替えておいた。聖女の横顔が引き攣っている。

 王妃は和やかに笑みを浮かべつつ、ティーカップを手に取った。


「噂に違わず、利発なこと」

「もったいなきお言葉にございます」

「今はまだ、お父様の背中を学んでいる時期かしら。ゆくゆくはどこにあっても困らぬよう、耳を育てておくのですよ」

「ご忠告ありがとうございます、王妃陛下」


 穏やかな笑顔で繰り広げられるアタシへの皮肉に、パパは一向に聞いてないような素振りでただ薄く目を細めて座っている。お菓子も紅茶も、一口も手をつけてない。この席でいちばん失礼なのはどう考えてもアイツだ。


 王妃がラムズのほうに顔を向けた。

 部屋の空気が一瞬固まった気がした。多分その理由は、終始優雅だった王妃の微笑みが、どことなく緊張したものだったからだ。


「公爵は、シェリン嬢のことをどう考えていらっしゃるの?」


 ……ああ、そっか。アタシと王子との婚約解消が成立した背景には、最近のアタシの態度の悪さも挙げられていたに違いない。だから王妃は冷たいんだな?

 で。婚約解消はパパから持ちかけた提案とはいえ、王家はこのあと第一王子と聖女の婚約を目指すはずだ。「娘との婚約解消直後に、新しい女と婚約を結ぼうとするなんて!」とかって機嫌を悪くしていないか、一応公爵家にお伺いを立てたいんだろう。


「……俺ですか?」


 王妃とは打って変わって彼は気楽な調子で答え、首を傾げて銀髪を揺らした。


「もう手を離れる年頃ですからね。俺の関心事は専ら〈魔の森〉の隣人たちのことばかりで」


 王妃は安心したように頷いた。まさに、「これなら聖女との婚約を進めても大丈夫そうだ」なんて調子だ。


 ふぅん……。ラムズはまた八方美人仕草か。へえ……。

 胸の奥で静かに温度が冷えていく。


 聖女がすかさず突っ込んできた。


「シェリン様はこの雪のようで……ひとときの美しさにならないといいのですけれど」

「エンジェリーナ様、お心遣いありがとうございます」

 

 全部ありがとうありがとうで回しとこ。

 欠伸を噛み殺しながら紅茶を飲む。


 そのあとのお茶会も、何を話していたのか正直覚えてない。王妃は聖女とばかり話していて、アタシとの会話はほぼブツ切れで終わった。もちろん、パパがそれを咎めることもない。


 ……まあいいや。王族からの評判が悪くても、死ぬことはないんだから。



 ✶



 次の日は少し天気が悪かった。肌寒い風を避けて、客間で優雅にお茶会をする。この三日間永遠にお茶だけ飲み続けるつもりか? 退屈すぎて死にそう。


 アタシは王子とふたりでお茶をしていた。聖女とラムズは、少し離れた席で「魔界の門についての話がある」と言って盗聴防止の魔法を使っている。

 王族の別荘なので少し手間取ったけど、しっかり盗み聞きの準備もできた。


『最近、ラムズ様とお話できなくって、(わたくし)寂しいですわ』


 あ、やっぱりちゃんと関係は続いてたんだ。


『俺のほうこそ、王子と仲の良いお前を見ていると……いろいろ考えてしまうな』


 出た、〝意味深に誤魔化す〟。


『ラムズ様は、シェリン様と少し関係がお変わりになったの? 王子との婚約の件も……』

『ああ……。シェリンはまだあの事故のことを引きずっているのか、落ちつきがないようだ』

『そうでしたの。たしかに随分と賑やかですから……ラムズ様への呼び方も、公爵令嬢にしてはずいぶん砕けていて……』

『気にしたことなかったな。まずかったか?』


 聖女は緩やかに首を振る。


『ラムズ様は寛大なお方なのですね。私は……シェリン様に嫌われているようで。お近づきになりたいのですけれど。上手くいかないのです』


 どいつもこいつも嘘ばっか。


『俺の娘のことで苦労をかけるな。悪い』


 聖女は不安げな声色を作り、ラムズを測るような目つきで顔を上げた。


『私、なんだか怖いのです。……もし何かあっても、ラムズ様は……私のいちばんの味方ですわよね?』


 ラムズは優しい微笑を浮かべた。


『もちろんだ。何があってもお前のことは守る。誓った言葉は嘘じゃない』


「…………」

「シェリン嬢? 今回のスモアはあまりお気に召さなかったか?」


 一瞬手が止まってしまい、王子に話しかけられた。


「クッキーの歯応えがとても好みですわ。アタシの好物を知ってくださっているのが嬉しい」

「よかった」


 スモアが好きなことを伝えたのは、たぶんラムズだ。手回しがよくて腹立つ。


『ラムズ様……。そのお言葉だけで私、生きていけます。シェリン様とお話しているラムズ様を見ると、心が騒がしくなってしまって』

『というと?』

『少し今までと違うように思えたのです』


 ラムズとは、聖女の前ではそれほど親しくしてないはずだ。でもま……パパは生意気なアタシの態度を受け入れているし、聖女は過敏だからな。


『安心してくれ。彼女はただの娘だ』

『本当ですの?』

『これは内々な話だが、シェリンの新しい嫁ぎ先も考えようと思っている。エンジェリーナは何も心配しなくていい。俺たちの未来は誰にも侵されないよ』


 ふぅん……。アタシのことはどっかに放り出すつもりだから、ずっとふたりでイチャイチャしようね、って?


『私の気持ちを、わかってくださったのですね……!』

『ああ。できる限りお前の願いは叶えたいと思ってる。ただいろんなしがらみがあるんだ、信じて待っていてくれるか?』

『もちろんです。わかりましたわ。私たちの絆は変わりませんのね』


 そこでラムズは、天鵞絨の小包を広げて聖女に見せた。


『何かあったときのために、身につけておいてくれないか? 王族には話を通してある。お守り代わりに使ってほしい』


 それは長い金の鎖で編まれたネックレスだった。ペンダントトップには、淡い雫型の月光を集めたような美しい魔石が嵌め込まれており、金細工で囲ってある。


『まあ……! こんな素敵なものを……!』

『何か強い攻撃を受けたときに俺に合図が来るんだ。淑女にお願いすることではないが……攻撃されずとも、血を付けてくれれば俺が居場所を把握できる』


 ──ちょっと。今までのループで、あんなんなかったんだけど。


 この雪山の別荘で、こうしてふたりが密談をすること自体はこれまで通りだ。でも、プレゼントを渡したのは見ていない。実は別の場所で渡していたというのも考えにくい。以前アタシが聖女を殺したとき、あんなお守りは発動しなかったから。


 聖女は目を輝かせて頷いた。


『ありがとうございますわ。私、絶対に肌身離さず身に付けておきます。これをラムズ様と思って……!』


 近くの侍女に気づかれないよう、聖女は必死に興奮を抑えている。


『そんなに喜んでくれるなんて。お前に触れられないのがこんなにもどかしいと思ったことはないよ』


 はいはい。お前パーソナルスペースずけずけ入り込んでくるタイプだもんな。


『私もです』


 きらきらした涙が今にも零れそうだ。お淑やかに胸に手を当てている。


 アタシはやれやれと首を振った。お茶会が終わり、宛てがわれた部屋へ戻る。



 ラムズの二枚舌は今も絶賛活躍中だ。アタシへの言葉も、どこからどこまで本当なのやら……。

 聖女を愛していないのは間違いないはずだ。でも、何がなんでもそばに置きたいらしい。王子と仲良くなりすぎていることは彼も気になってるみたいだ。


 アイツらがイチャイチャやってんのは一向に構わないんだけどサ。前に見た聖女の敵意が……気になるんだよな。

 それに、アタシを蔑ろにして、やっぱり聖女を優先するつもりなんだしたら──。


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