XX|アタシのパパ……悪人すぎ!
XX|閑話
本筋には関わってきません。
「ヒーローが最低であればあるほど、ヒロインだけを溺愛しているというギャップにやられる」という方向け。
シェリンとの絡みもありますが、ヒーローの悪事が見たい方以外が読むのはオススメ致しません。全体的に少しシリアストーンです。
アタシの身の回りの世話をしているバニーが、数日帰郷するという話が出た。ラムズも仕事があるから一緒についていくとか。せっかくなのでアタシも行きたいと駄々を捏ねたら、渋々ながら了承してもらえた。
目的地である隣国の街に着いて、アタシは馬車の外から見える景色に目を細めた。
荒廃した街だ。
石畳はひび割れ、吹きさらしの地面には家屋に使うような木板があちこちに転がっている。生ぬるい風は重たく、甘酸っぱい硫黄を焦がしたような臭いがする。死体の臭いだ。
ぴたりと閉じられた家の扉。『神はどこ』『二度と繰り返すな』『魔導師どもを許すな』血文字なのか、錆びた鉄粉なのか、掠れた赤い字であちこちに落書きが書いてある。
「寂れすぎじゃん、ここ」
「ああ。用が済めばすぐ帰るよ」
ところどころの瘴気溜まりには、今にも魔物が形を成してきそうな、どろりとした影の塊が揺らいでいる。
ラムズはアタシを連れて街に出没した魔物を倒しては、以前見たように瘴気を水晶に吸い込んでいた。
「瘴気が増えすぎた街?」
「そうだな、減らそうとして失敗したんだ。市民も大勢死んだ」
何か事故があったのかな。
そのあとは、街の中央にある観測塔に立ち寄った。出迎えてくれた職員たちは、みんな歪なマスクを付けていた。
この街に来る前、パパがアタシに「付けておけ」と渡してきたのと同じだ。鳥の嘴のように尖った、顔の下半分を覆うマスク。この街は空気も汚染されているらしい。
職員の魔導師たちとラムズが話をしている。現在の瘴気濃度がどうとか、魔物の頻出頻度がどうとか。
「土壌の瘴気残留濃度は、七年前に比べおよそ六割は減少しているようです」
「住民の健康状態は?」
「新生児の奇形率は下がってきています。……ですが、まだ〝正常〟と呼べる水準には遠いですね」
職員がいくつか書類を持ってきて、ラムズの前に積み上げていく。彼は一通り確認したあと、「また半年後に視察に来る」と答えた。
「どうして隣国のことで、お父様が視察に?」
アタシが首を傾げると、職員のひとりが優しく微笑んだ。
「魔物が多発した際、助けてくださったのは公爵様ですから。瘴気のことにもお詳しい」
ふーん。この街のことでも、パパは隣国からお金をももらってるのかな。
それから次の日になって、バニーの父親と会うことになった。内密な話だと言われたけど、「一緒がいい」とこれまた駄々を捏ねたら、「まあいいか」と呆気なく言われ、パパの隣に座らせてもらった。
メイドのバニーが自分の父親とハグをして、「また会いに来るね。頑張ってね」と話している。ラムズが防御膜を張ったおかげで、この部屋の中では鳥の嘴マスクを外しておいてもいいらしい。父親は愛おしそうに娘を見つめ、そして彼女が部屋から出ていくのを見送った。
バニーの父親は、魔導師らしい。昨日会った職員たちよりも立派な実験衣を付けている。娘に向けていたのとは一変、険しい表情で席に着いた。
「公爵閣下」
バニーがいなくなって、ラムズの纏う雰囲気も変わった。〝頼れる公爵様〟ではなく、これは──冷血で恐ろしい、これまでアタシを殺してきたのと同じ、どこか気怠げな仮面を被った怪物のほうだ。
ラムズはソファの背もたれに体重をかけて足を組み、素っ気なく尋ねた。
「調査内容は?」
男はアタシを一度視界に映し、それから厳かな様子で答える。
「問題ありません。我が国から派遣される使節にも、あの魔法円を正しく理解できる者はそうおりませんので」
ラムズは受け取った書類をぱらぱらと捲っている。男はアタシをまた視界に入れて、それから口を開いた。
「お隣にいらっしゃるのは……公爵閣下のご息女様でしょうか」
「……ああ、」
ラムズは気怠げに視線を持ち上げると、ふっと笑みを溶かした。
「仕事が見たいと言うから」
「お話を聞かれてもよろしいので?」
「防音魔法をかけてある。娘は何も聞こえてない」
聞こえないフリをしろということらしい。アタシは見つめてきたバニーの父親に対して、にこやかに微笑み返しておいた。
彼は頷くと、硬く拳を握って静かに机に置いた。
「もう七年になります。いい加減、この地を離れたいのです。娘と共に」
彼は最後の一言を、特に強調して言った。
たしかにこんな寂れた街にはいたくないよね。バニーは公爵屋敷で楽しくやってるけど、このお父さんは一緒に暮らしたいみたいだ。
ラムズは、どうということもないふうに、書類を見つめたまま淡白に言い落とした。
「無理だな。まだ調査は続いてる」
「……では、今日この場にご息女様を連れてきたのは私への皮肉ですか? どのようなつもりでこの場に?」
コイツ……さっきからやけに刺々しいな。ラムズが何かしたのか?
「ああ、悪かった。あまり気にしてなかった」
ラムズはまったく悪びれなく笑うと、彼と視線を合わせないまま、アタシの髪をいたずらに梳いた。
「バニーはよく働いてくれている。シェリンとも仲が良い。柔軟性もあり、娘の反抗期にもよく付き合ってくれている」
アタシの態度が最近変わったことを、周囲にはそう説明しているらしい。
男がさらに拳を握り込むと、ラムズはさらりと言った。
「……だがまあ、代わりがいないわけじゃない」
男の拳が緩み、目を伏せた。
──ああ、今のは脅しなのか。
パパとこの男はなんらかの悪事を働いていて……男の口封じをするために、人質としてバニーを屋敷で働かせていたのか。何かあったら殺すよって、改めて言われたみたいだ。
「貴方は本当に、冷酷なお方だ。同じ娘を持つ身として、気持ちを汲んではくださらないのですね」
「まあ、たしかにこいつは俺の娘だが、」
ラムズは、今までよりも少し柔らかな声で「シェリン、」と音を出した。アタシの顎を掬い、昏く青い視線を絡ませる。冷たい指先が頬を滑り撫でた。それから額に口づけて、ぱたんと胸の中に落とした。
ラムズの手つきのすべてが、今目の前にいるような〝父親〟とは違うものだ。肌の質感を確かめるような指先、妖しく細めた甘い眼差し、胸元に抱き寄せたあとも、頭頂部にリップ音を立ててキスをしている。
どう見ても「ただならぬ関係じゃない」って思われてるよ? ……ベツニ、いいけどさ。一緒に行きたいって言ったのはアタシのほうだし。
「パパ、」
上目遣いで見上げると、ラムズはくつくつと笑ってアタシの頬を軽く抓り、瞼にまた湿ったキスを落とした。
性格悪ぅ。人の娘は人質に取っておいて、目の前で自分の娘とイチャイチャするとか。「お前の思う娘への愛と、自分のものは違うだろうな」ってなんとなく見せつけてるのも、自分の異常性を示すためなのかも。常識の通じない、刃向かえない相手だぞ、みたいな?
ラムズはアタシの耳を擽りながら男に言った。
「まあ、お前が娘のために街を滅ぼした件については、俺も共感できそうだ。俺もシェリンのためなら、国ひとつ犠牲にしたって構わねえからな」
……は? え?
男の喉を押し潰したような声が聞こえる。
「私は今も、後悔しております。己の望みのためだけに……貴方に…………」
「バニーは俺の屋敷で生活している。ここの空気にも毒されていない。だからもし妊娠することがあれば、お前は健康な赤ん坊を見られるだろうな」
男は顔を上げた。憎悪や怒りを潜ませながらも、どこか縋るような目つきでラムズに言う。
「そのときは、もちろん私にも──」
「ああ。会わせてやるよ。幸せな家庭を築けるよう、相手の男の身元を俺が調べてやってもいい」
どこか安堵した様子の男に、ラムズは首を傾げ、銀の前髪を揺らして嗤った。
「だがその相手が、まさか俺なんてことにはなってほしくねえだろ?」
部屋の空気に冷たい罅が入り、一瞬にして張り詰めた。
「だからこれからも仕事に励め。悪いようにはしないからさ」
男はもう黙るしかなかった。
殺すどころか、自分を破滅させた男が娘を妊娠させるなんて、そんな絶望ったらない。
性格悪すぎ〜。ナニ喰って生きてるとこうなれるの? アタシにも分けてほしい。
ラムズが部屋を出ようとすると、男は慌てたように立ち上がった。
「……本当に、調査が終われば、娘を返していただけるのですよね?」
「ああ」
「今……貴方は、私の娘と、」
ラムズは煩わしそうに目を細める。
「そんな暇じゃない」
アタシの首筋に軽く指を添え、小さく嗤った。
「それに見てただろ? 俺が娘を愛してるって」
男は一瞬、アタシを憐れむような視線を向けた。崩れ落ちるように椅子に座り直し、ラムズとアタシは部屋を後にした。
帰りの馬車の中で、アタシはラムズの肩にこてんと頭を落とした。
「ねーねー、危ない関係だと思われたよ?」
「せっかくシェリンが来たいって言うから」
偶然居合わせたアタシのことまで脅しの材料にするとか。頭のてっぺんから足の爪先まで真っ黒だな……この男……。吸血鬼とか絶対ウソだ。こんなんじゃ悪魔のアタシのほうがザコみたい。
「あのときパパがアタシの唇にキスしたら、もっと驚いた顔が見れたのに」
アタシはくすくすと笑って、思わず言ってしまった。
ラムズが頭を傾げて微笑を漏らす。
「してよかったのかよ?」
「……え、ダメ。面白そうだなーって思っただけ」
「俺もしたら面白いのになって思ったのに」
喉を擽られる。
やっぱりカスで変態だ。アタシは軽く唇を尖らせてパパの手を払った。
「あの街が寂れてるのって、パパたちのせいなんだ?」
彼の間延びしたような、どうでもよさげな声が上から落ちてくる。
「もともと瘴気溜まりの多い地域だったからな。国は魔物を少しずつ弱体化させる薬を開発して、街に散布したんだ」
「それで?」
「小規模な範囲での実験では安全性も確保されていたが、広範囲に散布すると、連鎖反応的に毒性が増え、人体にも影響を及ぼす薬に変わった」
「……変えたのはパパ?」
アタシがラムズのほうを見上げると、彼が柔らかく首を傾げて微笑んだ。
「成功したら、誰も俺を必要としなくなるだろ?」
ラムズにとって、瘴気も、瘴気によって発生する魔物も、必要悪だ。あれのおかげで今の地位があり、他国から宝飾具を貢がせ、自国で好き放題やっても咎められずにいる。
そうなると、たしかに魔物を弱体化させる薬はパパの天敵と言える。
「パパ……カスだね」
アタシは上目遣いできゅるんと目を潤ませ、わざと残念そうな顔で唱えた。
……なんにせよ、街ひとつ巻き込んで民衆の恨みを買わせ、二度と開発ができなくなるようにするとは──とんでもないゲスクズ野郎だ! やっぱりこのラスボス、世界に君臨させておいたらまずいのでは? 悪魔と一緒に魔界の門の奥に封印すべきでは?
「パパ、地獄に落ちても知らないよ?」
「とっくに落ちてる」
歌うように言って、アタシの髪を撫でている。
「あの人はパパの企みを手伝ったんだね? だからバニーを使って脅してたんだ」
「ああ」
娘の命と街の運命を天秤にかけて、娘のほうを選ばせたんだろう。
「殺さないの?」
「調査が終わったら殺すよ」
呆気なく答えた彼に、アタシはやれやれと頭を振った。
今は国からの調査を誤魔化してもらうために、街に残してるだけか。用済みになったらバニーと一緒に殺処分かな。いや、バニーが何も知らないなら、娘は助けてもらえるのかも。
「この話、誰にも言っちゃダメだよ」
「はいはい♡」
いつかの切り札に取っておいてもいいかも♪
「シェリン、指貸して」
「え? んー」
何気なく手を渡すと、ラムズが爪でアタシの人差し指の腹を切った。あっと声を出す前に、魔法で作り出した契約書に血印を勝手に押された。
「パパ!?」
「ん?」
柔らかな銀髪が静かに流れる。青眼の上の銀の睫毛が、プラチナみたいに煌めいた。
「勝手に契約魔法結んだの!? そんなことできないでしょ!」
「物理的に言えなくなるようにしただけだから。その前にシェリンの許可も取ったし」
許可!? あ、「誰にも言っちゃダメだよ」のやつ!?
あんな優しげな声で、パパが娘に言い聞かせるみたいな声色で言ってたのに!?
油断も隙もないなこの男……。
さっと契約書に目を通すと、たしかに物理的にこの件について口外できないようにするだけの魔法みたいだ。ただ、それでも無理やり魔法を看破しようとすると死ぬと書いてある。
「……ねえ、死ぬって書いてある」
「そんなことにはならねえだろ? シェリン」
ラムズは甘やかな声で言うと、アタシの頬を柔らかくなぞった。
「…………ならないです」
はぁ。ラムズはバニーの父親を見習ってほしい。アイツなら絶対、勝手に娘に契約魔法で口封じなんてしないだろう。
「パパサイテー。問答無用で魔法で縛るとか。娘なのに信用してない!」
ほとんど興味なさげに答えられる。
「んー。シェリンたまに反抗期だから」
まあ? たしかにアタシ、ついさっき「何かあったら切り札にしよ♪」とか思ってたから、警戒されたのはむしろ大正解の対応なんだけどサ。常に一枚上手というか、先手を打たれてるというか。
「街をひとつ滅ぼしてるなんて知ったら、娘はパパのこと怖がるのも当たり前だよ?」
「怖かったのか?」
全然。まったく。
自分で滅ぼした街に自ら助けに行くマッチポンプ式ヒーローも含めて、プロの悪人として拍手を送りたいくらいだ。
「怖かった。パパ意地悪」
「はいはい。怖かったやつはそんな脚ゆらゆらさせながらロリポップキャンディなんて咥えてねえから」
アタシはさっとキャンディを隠した。
だってこれはさっき、パパがくれたから。甘くて美味しかったし。脚をぶらぶらさせてたのも、別に……ただの暇つぶしだ。
「怖いのを誤魔化してるの! パパにあげる!」
アタシは身を乗り出して無理やりラムズの口にロリポップを突っ込んだ。仕方ないというふうにラムズがロリポップを舐めはじめた。
「バニーのパパみたいに優しかったら、きっとアタシも反抗期にならなかったよ」
れ、と長い舌がキャンディの表面を舐めた。
「あいつが父親なほうがよかったのか?」
からかってみよ♡
「んー!」
アイツのほうが真っ当に愛してくれそう! 少なくともループで10回死ぬことはなさそう!
ラムズは目を細め、アタシの頬をなぞった。拗ねるような声色で言う。
「シェリンこそ意地悪じゃん。酷いこと言わないで」
私欲のために街ひとつ滅ぼしたラスボスがなんか言ってる。
「アタシのこと、連れてこなきゃよかったのに〜」
「……そうだな。やめとけばよかった」
くつくつと笑って目を細めたあと、ラムズはふいと顔を背け、馬車の外を向いて頬杖をついた。
もしかして……今の、まずかった?
ラムズは……アタシが本来のシェリンに戻ったと思ったから、信頼してアタシを連れて行ってくれたのかも。
──冗談でからかっただけなのに、アタシの演技が上手すぎて本気に取られたのか? それか、アタシがいい子なのか悪い子なのか、まだ敏感になってるのかも。
「パパ、」
アタシは腕を引っ張った。ラムズはこちらに向き直って、硝子玉みたいな青眼で見下ろす。今までと変わらない無表情の仮面が、淡白に尋ねる。
「どうかした?」
……全然気にしてないように見える。でも、もし「やっぱりアレはまだ公爵令嬢のシェリンのままなんだな。いらない気がしてきた」と思われているとしたらまずい。
「さっきバニーの父親のほうがいいって言ったの、冗談だからね?」
利用するならアイツだけど、いざとなったときに強力な味方にできるのはラムズのほうだ。
ラムズは喉を低く鳴らして笑い、アタシの髪を撫でた。
「知ってるよ。気にしてねえわ」
どっからどう見ても「気にしてない顔」だ。ただ、パパは嘘も演技も上手すぎる、悪魔たるアタクシ様が認めたパパだからな……。
「ならいーけど」
アタシは拗ねたようにラムズの腕を胸に抱いた。
「一緒にいてね。ずっとアタシのパパでいて。アタシのこと、世界一大事にして」
「……ああ」
髪を撫でられる。
「アタシに何かあったら、国滅ぼすんでしょ」
ラムズがまた、アタシの頭頂部にキスをした。
「ああ。滅ぼすよ。シェリンが大事だから」
……大丈夫そう。これで失言はカバーできたよね?
まったく、攻略難易度が高すぎだ。ひとつでも回答間違えたらゲームオーバー待ったなしじゃん?
「やっぱりアタシが舐める」
ラムズからロリポップを無理やり奪って、ぺろと舌を這わせた。滑らかな表面から、どこか柔らかで水みたいな唾液の味と、甘ったるい濃厚ないちご風味が舌先に溶け込んだ。




