21|目指せ、悠々自適な令嬢生活!
アタシが階段から上がって霊廟を出たころには、もう日が落ちていた。背を壁に預けもたれかかっていたラムズが顔を上げる。
「思い出したのか?」
「んー……」
アタシは顔を上げ、目を瞬かせた。
「過去に何が起こったかは思い出せた気がする。私、リリンのこと──」
「……シェリン?」
ラムズに腕を引っ張られる。別の場所で話したいということらしい。
アタシはとぼとぼと歩くふりをしながら、ひとり頭の中を整理していた。
──ラムズの愛に、付け入る隙はある。
たしかにコイツは、無条件に愛を与えるタイプじゃない。ただ、幼い頃のシェリンのことは大事にしていた。シェリンのほうも父親を慕っていて、悪人だと知っていながら「大好き」と抱きつくほど信頼があった。
アタシは悪魔。
悪魔とは、生存本能を満たそうとする生き物だ。
そりゃあ、たまに快楽欲求や嗜虐欲求がそれを上回るときもあれど、基本は、まず〝生きていなきゃ始まらない〟。
だからアタシが転生してきて初めに叶えようとしたのは、「生きること」だった。でも今回のループにかぎって、生存闘争に飽き飽きしたアタシは「好きにやる」という快楽欲求のほうを優先してみたワケだ。
ラムズという男は、上から下まで真っ黒で、食人や殺人、教唆に洗脳、なんでもござれな悪人だった。だが一方で、アタシを愛せる足がかりがあると判明した。
つまりここに来て、楽に自由に愉しく、この世界を生き抜く活路が見出されたのだ!
ラムズはトップクラスに魔法力が高い。正面切って戦ったらアタシは勝てない。でも、そんなアイツがアタシを愛してくれるなら、どんな悪事でも手伝ってくれるし、揉み消してくれるし、誰に狙われてもアタシを助けられる、優秀な用心棒になるというワケ。
だからアタシは、アイツを利用することにした。性格が変わっただけで愛せなくなるというほど歪んだ、娘への執着心とその愛を、全部アタシが引き受けてあげる。そうしたらアタシは未来永劫、誰にも殺されずにすむ。
悪魔は欲望の塊だ。アレが叶えばこれがほしい、コレができたならアレもしたい、際限のない欲望に取り憑かれている。アタシも同じだ。
生存ルート確保? 好きに生きる? それが叶ったのなら、もっと安全で愉しく優雅な道を掴んでやる。
最強パパの威を借りて、悠々自適な令嬢生活を目指すのだ!☆
……じゃあアタシからラムズに対しては、どんな思いがあるのかって?
もちろん十回も殺してきた男のことを諸手で歓迎するほど、アタシは聖人じゃない。ただ、殺されたのは〝アタシ〟じゃない。〝シェリン〟だ。──正確には、あの男は、アタシをシェリンだと思って殺してきた。
一方で今は、たしかに昔のシェリンに重ねてはいれど、アタシはただ自分の思うがままに振る舞っているだけ。
たまたまアイツの理想の娘像とアタシの生き方が合致しているんだから──アタシが自分らしく生きても受け入れてもらえるというのなら、それを利用しない手はない。
ま、逆に今のアタシを跳ね除けたり雑に扱われたりしたら、少々思うところは出てくるけどね。
✶
屋敷の中、パパの部屋の応接間に来ていた。使用人はいない。ふたりきりで話したいらしい。
アタシをソファに座らせると、淡白に話しかけた。
「シェリンは、やっぱり母親やリリンのことが気にかかるのか?」
「それは……。ママがすごく苦しんでたから──あ。でも、もちろん、大丈夫だよ? 何も思ってない! 私、変わってないよ!」
ラムズの表情は動かない。青い眼が真っ直ぐにこちらに降りている。 アタシの前髪を払った。
「……だから思い出さなくていいって言ったのに」
小さく落ちた言葉に、アタシは両掌を顔の横に広げ、「ばあ!」と言って勢いよく顔を上げた。
「ウッソ〜」
「は?」
「あははっ。引っかかった〜! 本気にしてたよね? アタシが前みたいにいい子になっちゃったと思ったの? ばーかばーか」
彼は瞼を半分伏せ、アタシの頬を指でふにふに引っ張った。
「なんでそんな悪戯っ子なんだよ? 怒られたいのか? シェリンは俺に虐められたいの?」
「虐められたくないで〜す! からかっただけだも〜ん。面白そうだったから!」
「お前な……。ほんとに……」
ラムズは疲れたように溜息を吐いて、脚を組み直してこちらを覗き込んだ。
「……それで? 何をどこまで思い出したんだよ?」
「ん〜? こんなことがあった気がするなあっていう記憶は見つかったかな〜。けど、そのときアタシが何を考えたのかは覚えてないや。ママに虐められてたのとか、ママに頑張って話しかけてたのもなんとなく……」
「大事な話が出てこねえが?」
大事な話? おまえがママを殺したって話?
……ウソウソ。さすがにそれはシェリンに言ってないはずだ。
「なんのこと?」
「事故よりももっと前のことだ」
卵のことは……昔のアタシが知っていたのかどうかがわからないから伏せておこう。
「アタシが……パパに愛されてた話?」
「それだけ?」
「それだけってナニ! あとは何!」
彼はアタシの髪をくしゃくしゃと回し、溜息を吐いた。
「事故のことなんてどうでもいい。なんで俺と話したことは全部忘れてるんだよ?」
そりゃ……だって見たのはママの記憶ですしおすし……。ふたりで秘密のお喋りをしてたとか?
「……アタシがパパを慕ってたのはわかったよ?」
「あーそ」
拗ねてない? 拗ねてんの?
ていうか思い出してほしいなんて素振りをするってことは、事故以前は間違いなくラムズとシェリンの仲は良かったんだな。イザベラが見ていなかっただけで、シェリンはイザベラから逃げる代わりに、かなり長い時間をラムズと過ごしていたのかもしれない。
「教えてー。教えてっ!」
アタシがかわいい甘え声を出してラムズの腕を揺さぶるも、彼は煩わしそうな視線を向けるだけだ。
「シェリンは10歳以前の記憶もほとんど抜けてるのか。だから前と少し違うんだな。もういいよ、しょうがねえし」
「えーやだ。どーして教えてくれないの〜」
「事実を教えても、本当に思い出さなきゃ意味ねえだろ」
え〜? アタシはその事実に則って態度を変えてあげる有能な悪魔なのにな〜?
「パパと仲良くなりたい〜」
「そうたいした違いはねえし、気にしなくていいって。じゃあ話はお終いな」
なんか釈然としなくない? あんまり変わってなくない? 親密度上がってる? ちゃんと!?
立ち上がろうとするラムズの腰に抱きつき、ソファにもう一度座らせた。
拗ねたような声色を出し、あえて目を伏せて俯いた。
「アタシ……事故のことを知っても別にママに同情しなかったもん。罪悪感ないよ?」
「そうだな」
「だからずっとこのままだよ? 嬉しくないの?」
「嬉しいよ」
ふっと笑って髪を撫でられた。
「あとは……ん〜。完璧な自分は愛されないなんて思ってないよ?」
「なんの話?」
ラムズは、手のかかるリリンばかり家族で構っていたこと、気にしてないのか。シェリンの性格が変わったのって、事故や母親だけじゃなく、そういう家族のあり方のせいもあると思うんだけど。
「事故の前はリリンがパパからもママからも愛されてたでしょ? だからって病んだりしない」
「わかってるよ」
ん? なんか話が噛み合わないな?
「アタシ、事故のあと、わざと魔法や勉強で手を抜いてたでしょ? そんなこともうしないよ」
ラムズは少し考えたあと、アタシに返事をした。
「……手を抜くと愛されると思って、ああしたって言いたいのか?」
「覚えてないけど。そうだったかも?」
「それはありえない。シェリンは俺に愛されてたのは知ってるはずだ」
確信を持った言い方だった。ラムズは人の感情の機微に聡いやつだ。シェリンの後暗い本音に気づかなくて、自分を正当化してる──とか、そういうふうにはあまり思えない。
「……アタシがまだ思い出してないことが関わってる?」
「まあ……そうだな。俺とシェリンはいつも夜に一緒にいたんだ。そう話しただろ」
……コイツが吸血鬼だから?
「何を話してたの? 思い出さないともうパパと仲良くなれない?」
「そんなこと言ってねえだろ? 別にこれでいいんだよ。下手につついて元に戻ったら困る」
「パパはアタシのこと好き……?」
彼は背中に腕を回してそっと引き寄せた。緩いハグをして、しっとりとした声を流す。
「シェリン。お前はさ、俺が『お前は俺のことが大好きだったから、なんでも言うことを聞いて、俺の言うとおりに人を殺したり食べたりしてたんだ』って言ったら、信じるのかよ?」
「え……」
マジ?
「信じねえだろ? というか、信じたとしても同じように行動するわけじゃねえだろ」
彼は腕を離し、青い視線を交じ合わせた。
「本当かどうかもわからない話を聞いてなんになる?」
「パパは悪いやつだから、嘘言って自分のいいようにするかもってこと?」
「そうそう。俺はそうするよ?」
唇の端を歪めて、意地悪く瞼を被せる。アタシはしらーっと目を細くした。
「記憶のない娘をいいようにするなんて、パパサイテー」
「まだしてねえし」
「じゃあ最低すぎない自分を演出する作戦だ」
「そうそう。わかってんじゃん」
彼はくつくつと笑って首を傾げ、頭を撫でた。
とゆーか待って。こんな茶番がしたいわけじゃないんだけど!?
「ねぇ。どうしてパパはアタシのこと作ったの?」
「ただ娘がほしかっただけ」
絶対嘘だ。
「育てるの面倒でしょ?」
「俺の分身みたいでかわいかった」
「それは結果論であって、理由にはなってないよ?」
「あ〜?」
彼は「生意気だな」と言いながら頬を引っ張った。
「たまたま魔力相性のいい女を見つけたんだ。それで試してみたくなった。俺は自分の容姿が好きだし、似た子ができたら嬉しいだろうと思ったんだよ」
たまたまだって。イザベラには〝やっと〟って言ってたのに。
「ふぅん……」
アタシはパパの肩にこてんと首を落とした。
やっぱりコイツは侮れない。イザベラの脳を覗かなければ、この嘘には気づかなかった。声色も、表情も、今まで話していたトーンと何も変わらない。〝素のラムズ〟として喋っていたように見えた。
──過去のシェリンとの秘密のお喋り。そして娘を作った本当の目的。「特別な吸血鬼」って話も気になる。
ただ、ここまで赤裸々に語ってくれたんだ。今はきっと、アタシのことをある程度信用していて、アタシを大事にするつもりなはずだ。
待っててね。パパ。いつか全部明かしてあげるから。




