20|呪われた家族ってこういうこと!?
シェリンは魔法力も凄まじかった。
教わった魔法は一も二もなく使いこなし、それを皆に披露して回った。それも嫌味にならない仕草で、お茶目でかわいいシェリン、あんなに才能があるのに鼻にかけない様子がいじらしい──使用人たちはそう彼女を評価した。
一方で、リリンは魔法がほとんど使えなかった。
「お父様、私……この魔法がうまく使えなくて」
「大丈夫だよ。まずは魔力が通る感覚を覚えて。少しずつ練習すればできるようになるから」
父親のラムズは、娘ふたりを差別なく扱っているように見えた。……でも、でも。どうしてもイザベラには、シェリンだけが輝いて見えた。シェリンだけがよく見えた。
「あなたがいるからだわ。あなたのせいでリリンは勉強ができないの。そうやってあちこち走り回って、人の迷惑を考えたことはある?」
「そうなの……。ごめんなさい。向こうに行ってるね」
何度嫌味を言ってもシェリンは怯まない。イザベラは、シェリンの態度に腸が煮えくり返った。
「やっ。やだ! 痛いの嫌っ!」
腕を強く掴み、シェリンの頬を叩こうとしたときだ。彼女が怯え身を守ろうとする姿に、イザベラは唇を釣り上げた。だがそれが振り下ろされる前に別の腕で捕えられる。ラムズがイザベラを止め、シェリンを抱き寄せた。
「なにしてる? なんでシェリンを叩く?」
「反省していないからですわ。謝っても口先だけで……。これは教育ですの」
「シェリンは何も悪くないだろ。俺がそう説明しているし、シェリンはそれをよくわかっている。イザベラ、娘たちに手をあげるのは許さない」
「彼女が……この娘が悪いのです!」
イザベラは高い声でぴしゃりと言い返すと、ふたりに背を向けた。
それから、自室で勉強を続けていたリリンに優しく声をかける。
「どう? リリン。あれから進んだ?」
だが、ノートには何も書かれていない。目を離して三十分は経っていたはずだ。
「お母様……私、この問題がわからなくて、ずっと考えていたのです」
イザベラは歯ぎしりをしそうになったが、にこやかな笑顔を繕った。
「気にしなくていいのよ。シェリンはおかしな子だから。こんな問題をすぐに解けるからって、なんの足しにもならない。シェリンよりあなたのほうがずっとずっとかわいくていい子」
何か言いたげに俯くリリンを、イザベラは気づいていない。
「ありがとう、ございます。お母様」
──シェリンが憎い。自分の子なのかどうかもわからない。あれがいなければリリンはもっと愛されたはずなのに。
それから、イザベラのシェリンへの嫌味が過激になればなるほど、ラムズはシェリンをイザベラから遠ざけた。
シェリンとリリン自体は仲が良いように見えた。
「お姉様、いいな〜」
「んー?」
「あんなにキラキラした魔法が使えて。私はいつまで経っても初歩魔法ばっかり……」
「お父様に教えてもらいに行けば?」
リリンは首を振る。
「……今日はいいの。私……恥ずかしくて」
シェリンが父親に懐いている様子を、リリンはどこか沈んだ様子で眺めていた。
「パパ! 魔法できた。褒めてー!」
「頑張ったな。大変だっただろ」
抱きついたシェリンをラムズが持ち上げ、頭を撫でている。リリンが父親のほうに駆けようとすると、イザベラが引き止めた。不安げに見上げる彼女に、イザベラは顔を顰める。
「何が不満なの? リリン。あんな父親いらないわ。代わりに私がうんと褒めてあげますからね」
リリンはシェリンのことをよく見ていた。一緒に遊んでいるときは姉を慕うように同じ行動をする。姉のお下がりをもらっていつも喜んでいた。
でもイザベラは、そんなリリンの言動が面白くなかった。
「ねぇお母様。どうして私はお姉様みたいにできないんだろう」
「シェリンのことなんて気にしちゃダメ。あなたはあなたのままでいいの。それに比べてシェリンは……いくら顔が整っていたってあんなに性格が悪いんだから! ずるい子なのよ!」
「そうだったかなぁ……」
同意しないリリンをきっと睨みつけると、慌ててリリンは微笑んだ。
「ええ、そうよね、お母様。シェリンは性格が悪いと思うわ」
「そうでしょう? 何もかも自分のものにして……ずるい娘」
「でもお父様とはお話したいわ。お父様は私に優しくしてくれる!」
公爵がふたりを差別していないことを、イザベラはわかっていた。だが、リリンまでもが父親を慕うのは許さない。リリンは自分だけの娘、自分が育てた娘だ。
「お父様はだめ。お母様と仲良くしましょうね。ほら、シェリンの話をして?」
「えっと……。お姉様が勉強してる姿、ほとんど見たことないわ」
「でしょう? 怠け者なのよ」
「……怠けていてもあんなふうにできるなんて……ずるい」
イザベラの言葉をただ反復しただけだ。それでも、彼女は満足して頷く。
「そうよ。欲張りでずる賢くて、最低の娘」
イザベラは、もうリリンの顔を見ていなかった。
そのあとは、四人はなんとか平和の形を取ろうとしていた。リリンの劣等感を慰める形でラムズが積極的に関わろうとし、イザベラの悪口を何度も止めた。
リリンも父親であるラムズに懐き、笑顔が増えてきていた。
「お父様! 魔法を教えて。お勉強も!」
「ああ。リリンは最近頑張ってて偉いな」
「早く早く。お母様も一緒にお菓子を食べてくれるって!」
ラムズが声をかける。
「シェリンも来るか?」
「大丈夫ー」
シェリンは庭でひとり遊びをしたまま、顔も上げずに答えた。
イザベラは密かにほくそ笑む。自分の娘であるリリンが父親に奪われるのは癪だが、シェリンが孤立しているのは見ていて清々する。
まだラムズはシェリンを気にかけてはいるが、リリンがラムズにしょっちゅう話しかけに行くので、家族の中でシェリンが父親と過ごす時間は減っていた。
「あの子は優秀だもの。手をかける必要なんてない。リリンだけが愛されればいいのよ」
「イザベラ!」
ラムズの鋭い声に、彼女はさっと目を伏せた。
「リリンやシェリンのいる前でそういう発言はするな。何度も言ってるだろ」
「……小声で言いましたわ。ただの独り言です」
ラムズは少し離れたところにいたリリンに声をかけに行った。肩を撫で、優しく尋ねる。
「リリン、シェリンと三人で遊ばないか?」
「お姉様、遊んでくれるかな? いつもお花をいじってるもの」
「シェリンも魔法を使うのが好きだから。みんなで魔法の練習をしようか。俺がシェリンを連れてくるから」
「ダメ! 行かないでよ、お父様。一緒にいて」
イザベラはラムズのほうへにこりと微笑みかけた。
「私が見ていますわ。大丈夫です」
ラムズは一瞬目を細め、それから首を傾げて笑みを浮かべた。
「ああ。頼んだ」
イザベラがリリンの頭を撫でると、リリンは拗ねた様子で顔を上げた。
「お姉様は、ひとりが好きなのよね?」
「そうよ。あの子は魔法ができるだけで、少し人付き合いに癖があるようだから。それに比べて、リリンは本当に賢くて優しい子」
「それなら、私がお姉様の分も魔法を使えるようになったら、お母様もお父様も喜びますか?」
「ええ! もちろんそうよ。お父様にたくさん教わりなさいね」
「はい!」
それから数年。ついに事故の日が来る。
イザベラが目を離した隙に、ボートに乗っていた二人が湖に落ちた。大人たちが慌てて引き上げる。
──だが、間に合わなかった。
リリンが溺れ死んだと知ったとき、イザベラは湖畔で絶叫した。最愛の娘が死んだ。シェリンの代わりに、リリンが死んでしまった。
唯一の娘、いちばん大切な娘。あんなにかわいがっていたのに……リリンが。私のリリンが。
最近は勉強も魔法も頑張っていて、きっと美しくて賢い公爵令嬢として生きられるはずだったのに!
知らせを受けて、ラムズが急いで戻ってくる。だが、既に後の祭りだった。絶望して項垂れ泣き続ける母親と、それを見つめるシェリン。
「……よかった。お前だけでも生きてて」
イザベラはラムズの言葉を聞き逃さなかった。そして、自分の都合のいい形に曲解してしまった。「よかった。シェリンが生き残って」。
──ここから、家族の歯車がまたおかしくなっていく。
シェリンが変わりはじめたのは、事故から一年半が過ぎたころだった。
「ママ、ごめんなさい。アタシが生き残って……ごめんなさい」
「出ていって! シェリンの顔なんて見たくもない! 消えなさい!」
「話がしたいの……ママと仲良くなりたい」
あの日ボートに乗りたいと言い出したのはシェリンだった。嘆き悲しむ自分を見て、シェリンの中に何かが生まれつつあるらしい。
「ママ……聞いてよ。アタシ……」
「そのみっともない呼び方をやめなさいよ! 気持ち悪い! 貴族令嬢の自覚はあるの!?」
許されたいのか、慰めたいのか、ただ放っておけないだけなのか。
今更そんなことどうでもいい。リリンが死んだのはすべてシェリンのせいだ。シェリンだけが生き残って、大事なリリンは死んでしまった。それなのに、当てつけのように仲良くしようとして、声をかけに来て、……顔を見るだけでも憎らしいというのに!
そしてさらに。
シェリンは事故のあと、しばらくは普通に魔法が使え、勉強も順調だったはずだった。
「シェリン? どうしてこれ……合ってるのに答えを変えたんだ?」
「あ、違うの。アタシ迷っちゃって!」
シェリンは、ラムズから勉強や魔法を習っているとき、だんだん本来の能力を隠すようになってしまっていた。
「……あのな。シェリン、お前があの事故のことで負担に思う必要はないんだ。シェリンは何も悪くない」
「だけど、アタシ、ちゃんとしたいの! アタシはずっと好きに生きてきたから、今までと同じじゃだめだと思ったの」
シェリンは上目遣いでねだるように微笑みかけた。
「パパ、だめ?」
「シェリン……」
イザベラは二人の会話を影で聞いていたが、それでもやはり、シェリンに対する憎しみは募るばかりだった。
「シェリン。前は飲んでいただろ? お前は俺の魔力を飲まないと成長できないんだ。体の調子が違うのも、罪悪感で苦しみ続けているのも、母親のほうの血の影響を受けているのかもしれない。……少しづつでも飲んで慣らしていけば、楽になるはずだから」
二年半が過ぎたころには、ラムズの血が飲めなくなっていた。それでもシェリンは期待に応えようとしたのか、ボトル一本の血を無理やりすべて飲み干した。
……だがそのせいで意識を失い、数日間生死を彷徨うことになる。
ラムズがイザベラに毒を盛ったのはそのあとだった。
アタシはイザベラの頭から手を外した。彼女の腹を蹴って意識を覚醒させる。
「妬みと恨みがすご〜い! 娘に対するカスみたいな扱いがやば〜い!」
魔術を強化し、降ろしている霊の魂にダメージを与えていく。彼女の腕や足があらぬ方向に捻じ曲がり、苦悶の絶叫をする。
「こんなカスなママと、永遠に殺してくるパパに育てられるシェリン……カワイソすぎ!」
ぱちん、と指を弾くと、イザベラの体は見えない壁にぶつかった。またひとつ死体が崩れ、腕がぴくぴくと動いている。
アタシはやれやれと首を振って魔術を終わらせた。ほとんど原型を留めていない死体を、ぽいぽい棺桶の中に放り投げていく。
そのあと、隣のリリンの棺桶を開いた。
「わお」
白骨化した骨が逆さまに入れられ、首と胴体が外されている。衣服はほとんど形を失っていて、棺桶の中に刺繍やリボンの切れ端が落ちている。……そしてやはり、胸や腕に付けられていた宝飾品がことごとく外されていた。
「誰かさんがこっちも荒らしたな〜。まったく〜」
子供だと霊体が弱っていて使えないかなあ? 骨も壊されてるからなー。一応同じように死霊術を試してみたけど、やっぱり無理だった。
まーいいや。子供から聞けることなんて限られてるしね。
「ほんと、呪われた家族だな」
アタシは棺を戻すと、軽い口ぶりで呟いた。
シェリンの特殊すぎる出生のせいで、イザベラはリリンにばかり固執してしまった。そのくせ、シェリンと比べるのをやめず、リリンにも歪んだ感情を流し込み続けていた。
途中、リリンがシェリンの真似をしたり、手のかかる娘として両親が付きっきりだったりするような光景をちらほら見かけた。
だからシェリンは、事故のあと少しずつ壊れてしまったのかもしれない。ラムズには〝罪悪感〟と説明していたようだけど……最後は自分で自分を押し殺すみたいに、能力まで隠していった。もしかしたら、完璧じゃないほうが愛されると思ったのかもね。
母親が苦しむ様子に同情すれば、リリンのように不出来になれば、ふたりに愛されると思ったのかもしれない。やっと邪魔者のリリンが消えたと、性格を変えてしまったのかも。
そうして別人のようになったシェリンを、むしろラムズは身限り──婚約破棄の道具にして殺した。
墓荒らしをしたのは、おそらくラムズだろう。イザベラに恨みがあるから、霊界で出会えないようにリリンの骨を逆さに置いた。
「あははっ。じゃあアタシ、やっぱりパパの救世主だ♡」
コイツらの家族がどれだけ不幸で酷くても、アタシには関係ない。
変わってしまった娘を愛せないと、そう言ったラムズの話の裏は取れた。
ラムズと似て、有能で、美しくて、悪戯好きなシェリン。そんな自らが心血を注いで育てた娘を、イザベラは何度も蔑み、そのたびにラムズは守ろうとした。でも、その娘が、他ならぬ娘を虐げていた母親のせいで変わってしまったのだ。
吸血鬼の能力を持っていたはずの娘が、母親が愛していたリリンのように人間らしく変わってしまった。
イザベラの記憶は継ぎ接ぎだらけだったし、シェリンよりもリリンとの思い出のほうが多かった。……でもそれでも、シェリンへの悪口を止めるラムズは何度も見かけた。
リリンがラムズを慕うようになってからも、ラムズだけは、ひとり庭で過ごすシェリンに話しかけようとする姿が見えた。
ラムズの言葉は本物だ。アイツはたしかに、娘を〝愛〟していた。
──なら、アタシが代わりに愛されてあげる。
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