18|敵多すぎじゃない?
聖女たちが帰ってから、早々パパに尋ねられた。
「シェリン、あの剣舞はどこで習ったんだ?」
あー。やば〜。調子に乗りすぎたかなあ?
「ん〜。最近筋トレしたり剣術したりしてたのは知ってるでしょ? 前に街で舞いを見かけたこともあるし……。だから見よう見まねで、それっぽくやったらできちゃった☆」
我ながら雑すぎる。いけるかな? 無理かな?
事実、舞いなんてほとんど練習しなくても再現できたのだ。だからあながち嘘じゃない。
ラムズは首を傾げながらも、軽く頷いた。
「お前は幼い頃も踊るのが好きだったもんな。俺の血が入ってるならそういうこともあるか」
どういう血だよ。吸血鬼の血、なんでもアリかよ。
「そういうこと♪」
コイツ、まあまあ親バカで、アタシが有能だと喜んでるから騙されてるっぽいな。ん〜演技の可能性もあるけど。
……でもその後ろに控えている側近のヴォルガルの視線が冷たい。怪しまれてる?
「それとシェリン。王族から、避暑地の北の別荘に行かないかと誘われたんだ。聖女も同行するが──お前も来てくれるな?」
ああ……あのイベントか。王子との婚約がなくなっても、イベント自体は消えないんだ。
「んー……やだって言ってもダメなんでしょ?」
「まあ。王子も楽しみにしているようだったからな」
ただあれって、前のループではラムズのほうから聖女や王子を誘ったような言い回しだったのにな。この微妙な違いはなんだ? パパがアタシに懐柔されつつあるから、聖女のほうから誘ったのか?
アタシはヴォルガルの刺々しい視線をびしびし感じながら部屋に戻った。
なーんか最近キナ臭いよな……。
せっかくパパと仲直りしたってのに、ヴォルガルはあの湖以降ずっと警戒している素振りだ。聖女も聖女で、アタシを蹴落とす必要はなくなったはずなのに、これまでのループとは違う〝明確な悪意〟を感じるというか。
聖女はともかく、ヴォルガルのほうは危険だ。パパに何か告げ口して、アタシの中身が、〝本物のシェリン〟ではなく悪魔だとバレたらとんでもないことになる。
──悪魔。悪魔、ねぇ。
以前〈魔の森〉に入ったり、魔界の門に近づいたことはあるけど、特別懐かしい感じはしなかった。瘴気の悪影響は受けそうになかったけど──どうも、アタシは魔界に封じられた悪魔とは種類が違うらしい。
アタシが悪魔なこと自体は、ラムズにとってはたいした問題にはならないように思える。問題は「本物のシェリン」じゃないとバレることのほうだ。
それに聖女が仮になにか企んでいるとして、それがもしまたラムズとの共同正犯だとしたら──やっぱり、とっととラムズの言葉の裏を固める必要があるな。
最近パパと毎日一緒に寝て、イチャイチャしてんのにな〜。まあ、アイツがそんなんで誤魔化されるワケないよね……。むしろラムズこそ、そうやってこっちを懐柔してくるタイプだもん……。
アタシはどうにか隙を見つけ、また〈魔の森〉にある霊廟に出かけることにした。
✶
〖家令 ヴォルガル視点〗
「旦那様、お話がございます」
ヴォルガルは控えの間でラムズと相対し、厳かな様子ではっきりと言った。
「なに」
「シェリン様のことです」
「湖のことなら、一応注意はしておいた」
「……そちらも、ですが」
あの日埋め立てた湖に近づいてしまったシェリンを見て、心配したヴォルガルは思わず彼女を尾けてしまった。
もちろん、水のない湖で彼女が溺れるはずがない。だが、自分も当主であるラムズも、あの湖には嫌な思い出しかない。近づかないほうがいいのだ。
「彼女の最近の振る舞いには、違和感があるのです」
宝飾品を手で弄んでいたラムズが、訝しげに顔を上げた。
「ヴォルガルも、昔のあいつに戻ったと喜んでいただろ」
たしかに初め、彼女がヘアスタイルを変えたときにはそう思った。
あの日数日間寝込む前までは、令嬢として生きるのに苦労していたように思えるし、使用人からの苦情も多かった。
それが今や、令嬢らしからぬ振る舞いをしても、当主を初め使用人から甘やかされ、ほとんどの者は受け入れてしまっている。ヴォルガルも初めはそうだった。
「そう思っておりました。ですが……あの日彼女とふたりで話した日に──」
湖の近くで、シェリンは突然態度を豹変させた。湖の事故で苦しんでいたときとは違う。幼いころから見てきたどのシェリンとも、それは重ならなかった。
「シェリン様は狼の亜人である私に、まったく物怖じせず言い返しました。そしてそれは、デビュタント間近の令嬢とは思えない気迫でした」
そんな生易しい言葉で示せるようなものではない。
彼女には〝何かが宿っていた〟。
『パパの命令じゃないなら消えて? ここで偉いのはアタシとおまえ、どっち?』
ラムズと揃いのプラチナの髪を緩やかに流し、白無垢の肌に張り付いた歪な嗤笑。鮮明な青眼が奇妙に曲がって、濁った音を喉で転がしながら喋る。
人形のように整った顔と、その奇妙な表情や仕草。どこかチグハグでありながら不自然に繋がった姿に、ヴォルガルは〝得体の知れない何か〟を感じ取った。
「シェリンは俺と似て強い子なんだ。それだけだ」
ラムズは興味を失ったように、手元のブラックダイヤモンドのチェスの駒を見つめ転がしている。
「それよりヴォルガル。シェリンが屋敷でウロウロしているのは止めるな。監視されて嫌だと言っていたから」
まったく危機意識のない主の姿に、聞き入れてくれそうにないとぐっと息を詰める。ヴォルガルは声をさらに鋭くした。
「……違うのです! 彼女は普通じゃありません、今までと違います」
「昔に戻ったんだ」
ヴォルガルは一歩進み、強く首を振った。
「いえ、違います。そうではありません」
チェスの駒が盤に置かれ、とん、と静謐な音が鳴る。
「何が言いたい?」
「旦那様がシェリン様を愛していたのはわかっています。だから今の彼女に昔の彼女を見てしまっていることも。……でも、彼女は本物じゃない。違うものに思えました」
いくら危険を伝えるためとはいえ、主の愛娘をこんなふうに言うべきではないとわかっていた。……だが、彼女を放っておくべきではない。
「違うもの?」
「たしかに昔からシェリン様は悪戯好きで無邪気な方でした。ですが、今の彼女は…………」
父親に向かって「おまえに言う必要ある?」と啖呵をきったときも。この前の剣舞で聖女に剣を突きつけたときも。
口の利き方や当主への呼び方、振る舞いだけが問題だったのではない。
明らかに人間ではない。
第六感がヴォルガルにそう告げていた。
主であるラムズも、吸血鬼という亜人だ。だがあくまで祖先は人間であり、いくらその見目が人間離れした美しさだとは言っても、シェリンと同じ狂気を宿していたわけではない。
……彼女はおかしい。
「……何かが、憑いているように見えます。人間でも、亜人でもない何かが」
ラムズはまたひとつ、チェスの駒を盤に置いた。
「何かって」
ヴォルガルは、ラムズの脳に浮かぶであろうものの正体について、肯定するようにゆっくりと頷いた。
「……彼女は、もうシェリン様ではございません。……シェリン様は、……もういらっしゃらないのです。ラムズ様」
彼は何も言わず、ただ視線をチェス盤に縫い付けている。
「旦那様……お願いします。こんなことは言いたくないのですが、やっぱり彼女はあの日から……」
彼は顔を上げた。何も映さない青眼がただ真っ直ぐとこちらを捉える。
「もしそれが本当なら……」
色のない声が流れ、すぃと視線が外れた。また宝飾品のほうに意識を戻してしまっている。
「もう話は終わりだ、出ていってくれ」
ヴォルガルは口を結ぶと、一礼をして部屋を出ていった。
──表情の読めないお方ではある。だが、自分の話で何か引っかかってくれたのは確かだ。あの説明の仕方なら、自分がなんと言いたかったのかは伝わっただろう。
ヴォルガルは封印された〝彼ら〟の生態をよく知っているわけではなかった。取り憑く能力があるとか、封印から免れた者がいるとか、そんな話を知るわけではない。
だが、それでも確信をもってこう言える。
──彼女の中には、悪魔がいる。
よければ↓の☆評価やブクマなどいただけますと幸いです。絵文字反応や感想とっても嬉しいです…!
この前明らかになった過去の件など、皆さんが何を考えて読んでいるのかな〜と、とても気になっております…! よければコメントなどいただけると、更新のやる気に繋がります(;_;)
https://herrealmyth.studio.site/thoughts
└匿名感想フォーム




