17|アタシの剣舞は世界一☆
ラムズから何か聞いたのか、お茶会のあいだ聖女の様子がおかしかった。アタシと王子の婚約は取り消されている。だからアタシにちょっかいを出す必要はないはずなのに、妙に刺々しい。
「最近シェリン様はとっても元気でいらっしゃるのね」
行儀悪いぞと言いたいらしい。それは間違ってない。
「アタシ、好きに生きることにしたんです」
「んまあ! なんてこと! 王子、聞きました……?」
元婚約者の第一王子、ルナデーレ王子もお茶会に来ていた。聖女はアタシの二つ年上、王子は一つ年下だ。
「僕もそんなふうに言ってみたいものだよ」
まだ少年らしい顔で微笑まれる。アタシは首を傾げた。
「聖女様も十分愉しく生きておられるのでは? パパとも随分懇意にしているようだし」
「パパですって!?」
彼女は普段より高い声で繰り返した。
「そんな呼び方をなさって……仮にも公爵様に!」
「シェリンは、父上のことをパパと呼んでいるのか? 僕も昔はそうだったが……今は控えておるのだ」
「ルナデーレ王子に呼ばれたら、きっとお父様も喜ばれますわ」
アタシがにこっと微笑むと、王子は表情を柔らかくした。コイツ、純粋なせいでループごとに聖女に誑し込まれたり、アタシに誑し込まれたりしてんだよな。この国、他にもっとマシな女はいないのか?
王子はティーカップを丁寧に戻した。
「……試してみたい気もするが……」
「アタシがパパに頼んで、それとなく聞いてもらいますわ。パパと殿下のお父様は仲良しでしょう?」
聖女はにっこり笑顔をさらに深くして、顳かみに皺ができるほど目を歪ませた。
「シェリン様? 公爵様や王族を、そのような些事で煩わせてはなりませんわ?」
「些事? 王子もアタシも、幸せに生きたいだけよ。ほんのちょっとの幸せを追い求めることの何が悪いのかしら?」
「あらぁ……ほんの少しだなんて。貴方と私、きっと見ているものがまるで違いますのね」
王子は自分のせいでアタシたちがバチバチやっていると勘違いしている。おろおろと視線を泳がせ、メイドに頼んで新しい菓子を頼んでいる。
こんな調子でお茶会が進むものだから、王子が可哀想で可哀想で。歳を取るに従って聖女の性悪加減にうっすら影響されていたんだけど、今回はどうなるんだろ。王子、こんな女と結婚させられるなんて本当に哀れ。
聖女は試すような口ぶりで切り出した。
「そういえばシェリン様。最近は武芸まで嗜まれているとか? 女性がそのようなこと、控えるべきでしてよ?」
たしかにこの国で女が剣を持つのは一般的ではない。王子は目を瞬いた。
「シェリン、そのようなことをしておるのか? 危ないぞ?」
「大丈夫ですよ。よかったら披露しましょうか?」
「まあ! いけないわ、女性がそんな……しかも王子の前でだなんて!」
だが王子は明らかに興味がある素振りを見せている。アタシはメイドに合図をする。
「ただのお戯れですわ。ここだけの話にして、ぜひ見ていただきたく」
「そう……だな! ここだけのお話だ」
王子は朗らかに頷いて、期待に胸を膨らませている。
それからアタシは服を着替えパンツスタイルになった。
最近はアタシの趣味が反映された服しか用意されなくなって、来客があっても、普通の令嬢とは少し趣向の違う服を着ている。パフスリーブの代わりに肩出しだったり、プリンセスラインではなくマーメイドライン、フィッシュテール型だったり……などなど。
初めは聖女が「こんなもの、貴族の女性にふさわしくありませんわ!」とわあわあ叫んでいたが、公爵の服も大概変わっている。つまりお洒落さんなのだ。その娘ということで、聖女以外には多少外れた格好をしても受け入れられているみたい。
王子の前で剣術をそのまま披露するわけにもいかない。アタシは剣舞を見せるつもりだった。
庭に戻ると、着替えを済ませたアタシにふたりが目を見開いた。
黒いショートパンツにタイツ、燕尾服のようなジャケットを羽織り、飾緒やベルトなどで飾って、カジュアルな騎士スタイルでキメてきた。
貴族女性が騎士のような格好をするのに見慣れていないのか、王子には好印象だ。
一方聖女は……どういう表情なんだアレ? アイツは普段からにこにこ目を細めているばかりなので、皺の本数で表情を見極めている。今回は……皺の数はないけど、唇がぴくぴくしてる。
聖女はいつも体の骨格を隠すくらいの大ぶりのフリフリドレスを着ているし、趣味の違いに卒倒しそうなのだろう。ま、いいや。どうでも。
「殿下。アタシ、剣舞を披露いたしますわね。剣舞ならば女性でも美しく見えるでしょうし」
剣術を習っていたのはもちろんのこと、逃亡生活中、日銭を稼ぐために踊り子の真似事をしていたことがある。そのときに他国のダンスや剣舞を踊ったことがあるので、自信はあった。
アタシは庭の噴水の周囲、石畳の上で踊りはじめた。細身の剣身をゆっくりと持ち上げ、無音の音楽をなぞるように宙に滑らせる。刃が空中に銀の弧を描き、回転するたびに燕尾のような裾がひらりと舞った。
数分間軽やかに飛び踊り、最後はボウ・アンド・スクレープをして剣舞を終えた。
王子が感激して手を叩き、周囲のメイドたちも合わせて拍手を寄せた。
「シェリン、其方の踊りはたいへん美しかった。ぜひ王の前でも一度披露してもらいたいくらいだ」
「本当ですの? 嬉しい……」
ダンスでも舞いでも剣舞でも、体のしなやかさやステップの踏み方、表情の作り方を活かして行うものだ。お洒落好きなアタシ、そして外見を極めるのが好きなアタシからすると、ダンスを褒められるのは〝悪魔の欲求〟のひとつであったりする。
聖女は一歩前に出ると、にこやかに髪を揺らした。
「……シェリン様? いくら剣舞の腕がよろしくても……女性が踊っていると私には違う意味に思えてしまって。王子にそんなに気に入られたかったのね」
はしたないと言いたいらしい。
アタシは思いついて、腰にかけてあった飾りの短剣を宙へ放り、音も立てずに新しいステップを踏んだ。踊りながら聖女の前に近づき、空気を裂いていた短剣をすっと彼女の首筋に突き立てる。同時に冷然とした視線で見下ろし、そのまま息を止めるように一瞬威圧を込めた。
すぐに視線を流し、ふっと目を和らげて唇を歪ませる。
「……なんちゃって」
あはは、さすがに不敬すぎてやばいかも。ま、聖女はパパの恋人だし、どうにかしてくれるでしょ。
怒りだすかと思ったエンジェリーナは、しばらくアタシの顔に釘付けになってその目を見開いていた。それから、剣先の触れていた首筋を押さえることすら忘れ、そっと顔を背けて唇を噛む。
「もう。いいですわ。認めます、貴方のこと」
殺伐とした空気に冷や冷やしていた王子だったが、ただの舞いだったのだと胸を撫で下ろしている。
「エンジェリーナもシェリンの良さが伝わったのだな! これからも三人で仲良くしよう」
「ええ。もちろんですわ」
聖女は微笑んだ。
いやに素直だ。何か企んでる? 水面下で動くことにしたのか?
アタシは短剣を仕舞いながら、人知れず目を細めて彼女を窺っていた。
✶
〖聖女視点〗
あぁ、ああ! ああ!
許せない、許せない……許せない!
誰が? 自分が? シェリンが? ……どちらもだ、どちらも許せない。
聖女は公爵家から帰る馬車の中で、脳裏に焼き付いた光景に歯ぎしりをする。脚を開き、貧乏ゆすりのように爪先を何度も床に落とした。
剣舞がいくら素晴らしいかろうと関係ない。女は剣など持つべきではない。服装だってそうだ。あのように騎士の真似事のような服を着て……それも黒色で、拝絹をあしらった──女にはもったいない! それもあの公爵の娘には!
あのシェリンとかいう女は、つい半年前までは鈍臭くて知恵の回らない、不出来な令嬢だった。あのラヴァイエ公爵の娘とは思えない、酷い無能だった。
だが最近の彼女は……礼儀を欠いておりながらも機転を回し、アホな振りをしながら周囲を虎視眈々と窺い、嫌われていたはずのメイドたちからは信頼を勝ち取ってしまっている。
あんな女狐は貴族に相応しくない。公爵の娘として相応しくない。
「そのうえあの女は……!」
低い声でぼやき、馬車の中でベンチの上に硬い拳を落とす。聖女は胸元のブラウスの第一、第二ボタンを外し、結んでいたリボンを引っ掴んで外した。
いちばんの問題は、最後のあの剣舞だ。
シェリンが聖女の首筋に剣を突き立てた瞬間、そして公爵と揃いの青眼で冷たく見下ろされた瞬間、不覚にも重なってしまった。まさに自分が惚れた、公爵が見せる冷ややかな魅力に。
そのうえ「なんちゃって」と零しながら、流し目のようにするりと薄笑いを乗せるあの表情すら! 公爵が見せたことのある、悪戯じみた色っぽい笑みにそっくりだった。
「……あの女、あの女」
──思わずあのとき、聖女はシェリンに見惚れてしまった。
最も見下していた女が、最も敬愛している男と似ている。そしてそれを、他ならぬ自分自身がそう感じてしまった。
「許さない…………」
あんなに恵まれた環境にいて、あんなに美しい容姿を持っていながら、公爵の娘としてなにひとつ義務を果たしていない!
あれほど有能で立派な父親を持っていれば、普通は誇りに思うはずだ。畏れ敬い、家の柱として、生涯の指針として崇めるべきだ。父親の意志を汲み取り、恥をかかせぬよう振る舞う──それが娘の務めだ!
だが彼女はあろうことか、その公爵を「パパ」などとふざけた名前で呼び、時に父親と対等かのような笑い方をして──!
「許さない!」
聖女は乱暴にベールを脱いだ。
前に立つのは男だ。だから聖女は、最もその〝男に相応しい〟ラヴァイエ公爵に付き従ってきた。それが聖女にとって最上の悦びであり、本望だった。彼のためならばどんなことでもやれる、それが女としての自分の生きる糧だ。
それをあのシェリンとかいう娘は、聖女のひたむきな愛を嘲笑うかのようにその恵まれた地位を捨てた。いちばんにラヴァイエ公爵を立てることのできる、甘美な地位を。それも、いちばん最悪な形で。
「……あの女は、ラムズ様の隣にいてはいけない」
ラヴァイエ公爵が、その素晴らしき名声がゆえに娘に手を下せないというのなら──
「俺が代わりに殺してやる。二度と舐めた口を効けないように」




