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16/19

16|あはっ、ゾンビなママだ♡

 使用人に聞いても、屋敷を調べても過去が出てこないというのなら。


 ──ママに聞けばいい。

 1年前に死んだ、ラヴァイエ公爵の妻に。


 事件の概要もそうだし、「昔のシェリン」についても知る必要がある。今後アタシが決定的な矛盾のある行動をしたら、今まで以上に悲惨な死に方をするかもしれない。痛いのは嫌だ。


 それに念のため……「愛している」と言ったラムズの話の裏付けを取るためにも、ママ、久しぶりのご起床といこうか♪




 死者のことならアイツに聞くのが早い。アタシのかつてのお師匠、ヘヴィーサに。


 再び彼女の住処に舞い戻り、あれこれ黒魔術談義を交わしたあとに話を切り出した。


「ねえヘヴィーサ。この土地の公爵の墓ってどこにあんの?」

「あんた、公爵の墓荒らしをする気!?」

「まあまあ、いいじゃないの」


 アタシが公爵の娘だということは隠してある。


「たしか、妻が死んでるんでしょ?」

「あぁ。まったく不幸な家よね」

「妻はなんで死んだの?」

「さぁ……病死だって聞いたわね」


 病死か。無難な死因だな。


「娘が死んじゃ、病気にもなるだろうよ」

「……娘?」


 アタシ死んでないけど。


「それも知らないの? あんたループでやり直してるんでしょう?」

「だって死んだやつの話なんかどうでもよくって」


 ママが死んでんのは知ってたけど、アタシの生存ルート確保に関係があるとは思わないじゃん? パパの身辺調査なんてしたら一発で怪しまれると思ってたし、一般人が知っているような情報に価値があるとも思っていなかった。

 黒魔術の鍛錬ばかりに精を出してたんだよね〜。令嬢をやりつつパパの目を欺いて黒魔術を習得するの、ほんっと大変だったんだから。


「聞かせてよ。公爵の話」

「あたしもそんなに詳しくは知らないわよ? ただ娘が事故で死んで、それで心労のたたった母親も死んだってことくらいね」

「……それって、公爵の娘はふたりいたってこと?」


 ……アタシの隣の部屋は、もうひとりの娘の部屋か! あの物置きにあった食器も娘の食器だ。


 娘と妻、ふたりも死んでるって怖すぎじゃない? 絶対片方はラムズが殺してるっしょ。しかも屋敷から存在ごと消し去ってるのも気持ち悪い。


 ヘヴィーサは煙草をふかしながら答える。


「そうよ。名前は……なんだったかしら。覚えてないわね」


 時系列的に、母親の死がシェリンの〝罪悪感〟に関係がないのはもうわかってる。つまりもうひとりの娘の死に、シェリンが何か関わってるんだ。

 『()()()のためにも』って、まさにそれじゃないか。


「娘はいつ死んだの?」

「四年前くらいだったかしらね」


 ビンゴ! これじゃん!


「事故の内容までは知らないよね?」

「湖に落ちたとか、溺れたとか聞いたわ」


 もしかしてヴォルガルの尾行に気づいたあの湖? 埋め立ててあったやつ? パパにも近づくなと言われていた。


「あんた、そんなことを知るために墓を荒らしに行く気なの?」

「いーじゃん。ちょっと用事があんのよ」

「……知らないわよ。公爵に睨まれても」

「んー。たぶん大丈夫!」


 自然に知ってしまうのは仕方ないと言っていた。墓荒らしがバレたとしても、記憶取り戻したさにママに会いに行ったとかいくらでも言い訳はつく。




 ヘヴィーサ曰く、公爵家の霊廟は〈魔の森〉に少し入ったところの窪地にあるという。妻と娘が〈魔の森〉から町を守ってくれている──なんて思いで建てられたとか。

 こっそり調べてみたところ、夕方でも霊廟の周りに管理人や見張りはいなかった。魔法円の防御で十分だと思ってるんだろう。


 銀色の葉を持つ木が円を描いて植えられ、中央に黒く塗られた大理石の霊廟が建っている。湿気を帯びた表面が鈍く光り、入口の扉の周りには深い真紅の装飾が施されている。


 扉に触れると魔法円が発動する仕組みになっているみたいだ。まずはこれを、術者に気づかれないように穴を開け、そして閉じなきゃいけない。


 アタシは術式を調べ、それを黒魔術で構造化していく。これも今までのループなら解けなかっただろーな。ラムズが魔法の本を貸してくれているおかげだ。


 いくつかまだ解けない箇所はあったけど、綻びを作り穴を開けることには成功した。網のように張り巡らされた防御魔法を指で摘んで横に寄せるようにして──通れた! アタシは扉のノブに手をかける。


 深く彫られた公爵家の紋章。影が濃く沈みこんでいるせいでどこか不気味に見える。

 アタシはもう一度周囲の気配を確認したあと、重たい扉を開いた。


 アーチ型の天井がしばらく続いている。青白いランプが独りでに灯り、閉塞感のある壁がただ真っ直ぐと続いている。歩みを進めるたび、こつん、こつん、と石の音が冷たく響いた。肌にまとわりつく湿気に身震いして、地下に降りる階段を進んだ。


 突然開けた空間に出た。祭壇のような構造物が正面に、その前に金属装飾の施された棺がふたつ置いてある。どちらも金箔で繊細な彫刻の施された棺だったけど──宝石が埋め込まれていたらしい場所はどれも空洞になっている。


「……アタシの前に、誰か墓荒らししたな?」


 大きいほうの棺が妻で、小さいほうが娘だろう。ふたつの棺のあいだには不自然に空間がある。

 指でなぞって名前を確かめた。


『イザベラ・ギヴァルツ』

『リリン・ギヴァルツ』


 ふーん。ほんとにふたりも死んでる。

 入口に魔法円の仕掛けがあっただけで、この棺にも霊廟の中にも、なんの魔法もかけられていない。たぶん、ラムズにとってそれほど価値がないんだろう。

 


 イザベラ──妻のほうの大きな棺を開いた。途端、アタシの唇が吊り上がる。


「誰だァ? こんなことやったの」


 遺体はめちゃくちゃだ。服は乱れ、装飾品は剥がされ、体や顔が不自然な形に歪んでいる。それがさらに腐敗しているのだから、とんでもないグロ死体だ。


「……明らか、アイツだよな」


 貴族はふつう、身分の高さを示すためにもある程度宝飾品を付けて埋葬されるはずだ。葬儀も執り行われただろうし、埋葬当時は付けられていたはずだ。

 ──でもそれを、わざわざ危険な〈魔の森〉に出かけ、防御魔法円を解き、公爵家の墓という恐れ多い霊廟を荒らした者がいる。そしてこの死体の荒らされようは────。



 アタシは黒魔術の準備を始めた。

 魔法円をふたつ書き、必要な薬草、薬品、蝋燭を並べて儀式の準備をしていく。そして荒らされた母親の死体を棺桶から引っ張り出し、片方の魔法円の上に乗せた。


「さ、何があったか話してもらうよ?」


 アタシが低い声で呪文を唱えるたび、魔法円に寝かせていたイザベラの死体が鼓動を刻むように膨らんでは沈んだ。

 指が床を引っ掻き、崩れていた死体が少しずつ繋がっていく。閉じて乾燥した唇が小さく動いて、内側から押し出されるようにゆっくりと上体が起きた。首がかくりかくりと曲がり、膿んだ眼が徐々に焦点を捉えていく。

 呪文が終わると共に、彼女はアタシを視界に映した。


「久しぶり。ママ。寝てるとこ悪いね〜」

「あなっ、た。アナ、タ」


 骨を擦るような掠れ声が漏れる。


「家族のことをいろいろ聞きたくて。呼び出しちゃった♪」


 彼女は周囲を見渡し、それからまたアタシに視線をやった。憎々しげに睨みつける。


「アナタ。に、話すこと。なんてありませんっ! 気味の、わるいムスメ。……きえロ!」


 キィキィ声で怒られ、アタシは眉をひそめた。

 一応、おまえの娘の見た目してんだけどな。呼び出した死霊が精神体を見破るなんて話は聞いたことがないし。


「なんなのよ。ナニ怒ってるワケ? おまえの娘でしょ?」

「あなた、なんテ。娘じゃないっ! なにいって、ルの! わたし。の娘は、ひとりだけっ!」

「リリン?」

「そぅ……そうよ。そう……」


 女はおいおいと泣き始める。ただ、死体なので涙は出ない。ザンネン。


「リリンに何があったの?」

「どぅ。して! 覚えてなイのよ! あなたが、殺した。んでしょっ! あなタが!」

「だからそこを詳しく教えてって。記憶喪失になっちゃったみたいでさ」


 女は立ち上がり、腐った腕を振り下ろしアタシに掴みかかろうとした。でも、魔法円の中から外に出ることはできない。見えない壁をがんがん叩きながら呻いた。


「ころス。こロす……!」


 恨みが多い人間に死霊術をかけると、完全に悪霊化しちゃうことがあるんだよね〜。ちゃんと正しい話が聞けるかな。

 胡座をかいて座っていたアタシは、下から彼女に視線を送った。青眼を細く光らせる。声をワントーン下げ、唇を歪に傾けて嗤う。


「おまえはそこから出られない。これ以上苦しみたくないなら言うとおりしろ。過去について話せ」


 威圧感たっぷりの声が霊廟内を木霊した。女は急に腰を抜かし、こく、こく、と首を落とす。

 ふぅ、よかった。脅したらなんとかなった♪


「リリンは……湖で溺れて死んだノよ。公爵家の庭デ……遊んでいるとキにね。わたしが目を離した隙に……ボートから落ちテ……。リリンも貴方も、湖の中ニ落ちてしまっタ」


 ふたりとも落ちたのか。


「それで?」

「引き上げタときには、リリンは手遅れだッた。貴方だけが生き残った。リリンを差し置いて……お前だけガっ……!」


 ああ、そういうこと。それでみんなして罪悪感とか言って、トラウマになっちゃってんだ。


「シェリンは事故のあと、どうなったの?」

「あなタのことでしょうガ!」

「記憶喪失なんだってば〜。教えて。事故があったのが10歳でしょ。それ以降、アタシの様子が変わったの?」


 イザベラの死体は歯ぎしりしながら答えた。


「11歳頃……。……急に、私に馴れ馴れしクしてきた。ずっと父親にべったリだった子が……気持ち悪ィッ!」

「性格が変わったの?」


 彼女が嗤い、口から黄色い粘液がぽたぽたと落ちた。


「公爵はそう言っテたわね。優秀だった子が……勉強も魔法もできなくなッて、いい気味! わたしのリリンを殺したせイよ!」

「一緒に湖に落ちただけでしょ? なんでアタシのせいなのよ」


 イザベラは魔法円で作られた見えない壁をがんがんと叩いた。


「あなタがっ! リリンを唆しテ、ボートに乗ろうト誘ったンでしょう!」


 そういうこと? 責任転嫁すっご。


「アタシは罪悪感で性格が変わったの?」

「あァ……そんなようナことを言っテたわね。お母様ニ申し訳ナい、リリンの分まで生きたイ……などト!」

「勉強ができなくなって、魔法が使えなくなって……他に変化は?」

「魔力が飲めなクなっタわ。父親のネ」

「それ、ナニ? なんで魔力を飲むの? 血でしょ?」


 イザベラは金切り声で喚き体を振った。いやいや暴れんなって、腕外れそうになってるから!


「知らないワよ! 特別ナ吸血鬼だトか言って……シェリンは公爵の血を飲まなけれバ育たなかっタの!」

「つまり、幼い頃はそれを飲んで育てられていたけど、事故以降は飲めなくなったと?」

「体は成長していタんだかラ、放っておけバいいのよ。あんナ気味の悪い子」


 この母親、死んでからこうなったわけじゃないよな? もともとシェリンを嫌っていて、リリンのほうばかり愛してたのか? まるで父親と逆じゃねーか。


「パパは? リリンのことも愛してたの?」

「リリンはわたしノ子よ! あいつには渡さないッ!」


 返事になってないって。

 コイツと会話するの疲れてきたな。いちいちぎゃんぎゃん泣き喚いてうるさい。そりゃ、死霊なんだから仕方ないんだけど。

 黒魔術で死霊の脳を覗く方法もあるにはある。けど、今回はそっちの儀式の準備はしてないな。


「おまえ、リリンばっか贔屓してたの? シェリンのことは愛してないワケ?」

「うるさイうるサい! あなたが悪いんでしょう! リリンは頑張っていたのに、あなタがいるからっ……!」


 話にならないな。


「リリン! リリンは私の娘……私の! 不出来な、ところはあったけド、すぐに……シェリンに追いつくはズだった! リリンは! リリンは!」


 死霊術は長引くとどんどん悪霊化してしまう。事件の概要は知れたし、次で脳を覗いてカタをつけよう。


 アタシは魔術を切った。

 糸の切れた操り人形のように、イザベラの死体が床に崩れ落ちる。棺桶に戻し、きっちりと蓋をした。




 アタシはスキップをするように霊廟から外に出た。


 ……ほんとコイツら、おもしろ!

 最悪な家族だな! 


 いくら死霊とはいえ、あの有様だ。母親は生前から相当ヒステリーで傍若無人だったに違いない。あの感じだと、母親はシェリンを虐待していたのかもしれないな。優秀なシェリンに対するヘイトが凄い。恨み妬み、嫉妬や執着をすべて夫や娘たちにぶつけていそうだ。


 血のボトルの記憶を見たときは、魔力を与えようとするラムズの姿は案外まともそうに見えた。リリンやシェリンのことは、少なくとも初めはフツーに愛してたのか?


 けどそこから不幸に不幸が重なって……もうめちゃくちゃ。


 イザベラが死んだ原因もまだわかってない。十中八九ろくなことじゃなさそう。




 明日は聖女たちがやって来るんだっけ〜。ま、パパからの溺愛ルートを進むアタシにとっては、もうこんなやつらどーでもいんだけど。


 続きはまた後日。せっかくだし、リリンのほうも起こしてみよ〜っと。

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