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15/19

15|夢の続きを勝ち取りたいのが悪魔っ娘です!.

 今朝は「これは儚い夢」だとかって格好つけてたのに、昼過ぎになって、アタシは未練がましく転移円に乗ろうとするラムズに後ろから抱きついていた。


「やだー。帰りたくないー。帰んないー」

「あ〜? 急に甘えてきたのかよ」


 アタシの髪を軽く乱したあと、そっと言い落とす。


「向こうにいてもだいたい好きにさせてるだろ。シェリン、帰るよ」

「やだ……やだ!」


 前から抱きついてぎゅっと後ろで手を結んだ。


「大好き……行っちゃダメ。ずっとアタシとここで暮らそーよ」

「んー……ごめんね。また来ような」

「やだぁ……。向こう行ったらあんなふうに話すのも無理じゃん」

「別に無理じゃねえよ。使用人の前だと妙に思われるから、俺の部屋に来て。な?」


 現実がぁぁぁぁ……。

 ラムズはやっとのことでアタシを引き剥がして、帰ろうとしないアタシの手を引いた。


「帰るよ」

「…………」

「駄々こねてんの? ほんと甘えたがりだなー」


 違うし……。もうそういうことにしてくれてもいいけどさ。アタシの額にキスをして、優しげな声で言った。


「何が不満なの? どうしてほしい?」

「……ヴォルガルが……。何か言うかも……」

「何か?」

「何言われてもアタシのこと好きでいてよ……」

「好きでいるよ。大丈夫だよ」


 ほんとかなぁ……。別人入ってますよとか言われて、コイツに殺されないかなあ……。


「ヴォルガルが尾け回すののもやー」

「わかった。シェリンのことは放っておいてって伝えておく」

「んー……」


 今できるのはこれくらいか。あとは万が一何かあっても〝アタシ〟のことを好きでいてもらえるように、媚びを売っておくしかない。


「シェリン、帰るよ」

「んー」


 さすがに抱きしめたまま転移円に乗るわけにはいかないのか、手だけ繋がれた。タウンハウスから辺境にある屋敷に戻ってくる。

 ラムズが転移円のある部屋の扉を開け鍵をかけていると、ヴォルガルがやってきた。


「公爵様。お帰りなさいませ」

「ああ」


 アタシとラムズが手を繋いでいるのに一瞬視線を落とした。すぐに表情を取り繕う。


「旦那様がいなかったあいだの仕事については、応接間のほうに記録を残しております」

「助かる」


 パパは手を繋いだまま廊下を歩きはじめた。アタシだけ、ふたりより一歩後ろをずるずる歩いている。

 バニーがやってきてパパに挨拶をして、アタシに声をかけた。


「シェリン様。お部屋に戻りますよ」

「んー……」


 ラムズの声が上から落ちてくる。


「シェリンのことはいい。まだ甘えてたいらしいから」


 彼は軽く笑って答えると、アタシを引き寄せ、髪に小さくキスをした。アタシの顔を青い眼が覗き込む。


「それとも部屋に戻る?」

「……パパといる」

「わかった」


 ヴォルガルが何か言いたげに見つめている。……ふん、アタシのほうがパパに愛されてるもんね〜。おまえよりアタシの言うことのほうを信じてくれるはずだもん。……たぶん。



 パパの部屋の応接間に入った。ヴォルガルはまだ後ろに控えているままだったけど、アタシを隣に座らせてくれた。


「やだー」

「何が嫌?」

「ぎゅーして」

「……まあいっか」


 アタシの腰を持ちあげ、自分の前に横向きに座らせる。アタシはパパの左腕に背中を預けつつ、胸元に体重を落とした。


「そんなにくっついてたいの」


 媚び売ってるの! できる限りあの時間のままでいたいから。ヴォルガルにアタシたちが仲良しなこと見せつけておかなきゃ。


 それに、人前でも溺愛仕草をしてくれるってことは、何かのきっかけで裏切られる可能性が低いという証左だ。(公爵家ではまともな父親で通っている以上、ここから突然冷たくすれば周囲に不審に思われる)

 誰にも気づかれないように殺すってくらい、この男にとっちゃ朝飯前だろうけど、今までのループではこんな溺愛なかったんだから、アタシに何か利を見出してるのはたしかだ☆


「パパ大好き」

「はいはい」

「パパは?」

「俺も好きだよ」

「好きなだけ?」


 ラムズは呆れたように笑ってアタシと目を合わせた。頬をすりすりと撫でられる。


「大好きだよ。なんだよ?」


 よしよし。ひとまず家令の前で言わせたぞ?


 それから彼は机にあった書類を手に取ると、ぱらぱらぱらと一枚ずつ紙をめくった。一瞬目を通しただけなのに、ヴォルガルにすぐに手渡した。


「いいよ。これで進めて」

「王都からの返書はどう致しますか」

「お前が書いて。あとで確認するから。どうせいつもと同じ内容だろ」

「かしこまりました。それと隣国からの献上品がございます」

「ああ……そっか」


 ヴォルガルは一度部屋から出ていき、保管室から長方形の白い箱を持ってきた。角には金の補強が打ってあり、中央に透明な水晶の飾りが埋め込まれている。

 ラムズは鍵を開けて中身を取り出した。天鵞絨に包まれていたのはガラス瓶に閉じ込められている宝石の結晶だ。雪や氷柱を再現するように、宝石が美しくカットされている。そしてシリーズとして作られたらしいガラス瓶が、全部で五つ入っていた。


 アタシはラムズに顔を向けた。


「もらったの?」

「ああ。綺麗だろ」


 しばらくのあいだ、ラムズはそれに見とれていた。さっきの書類は五秒くらいしか目を通してなかったのに、かれこれ三十分以上宝飾品を見つめている。……もしかしてやっぱり、パパの仕事って宝飾品見るだけ?


 ヴォルガルが咳払いをした。


「献上品に、問題はございませんでしょうか?」

「ん、あー……。エメラルドがほしいと言うことにしよう。去年討伐した魔物の数をまとめてあっただろ。それを出して揺すればいい」

「かしこまりました」


 ……コイツ、やっぱり宝飾品ほしさに領地経営してるな? しかもヴォルガルもそれを了承済み。


「パパ、別の国からもお金もらってんの?」

「ああ。俺がいなきゃ、他国にも悪魔や魔物が侵入するだろ。単にこの国がいちばん被害が大きいからここに属してるだけだ。他の雑務も受けてるしな」


 もはや脅しじゃん。魔法力に物言わせてて笑える。


「そんなにみんな素直にくれるの?」

「たまに瘴気が濃くなることがあるんだ。そうすると〈魔の森〉だけじゃなく、各地で飛び地のように存在する瘴気溜まりでも魔物が発生しやすくなる。だから俺は事前に情報を流すようにしているんだが……そういう連絡が遅れるよって脅してる」

「やば。カワイソ」


 世界中で、宝飾品が自動的にパパに巡ってくるシステムになってていいね。


「今日は討伐行かないの?」

「行かなきゃ。シェリンも一緒に行く?」

「んー。じゃあそうする」




 パパは鼠に魔法をかけて黒いペガサスに変身させると、それを漆黒の馬車に繋げた。アタシとパパが馬車に乗り、御者はヴォルガルだ。ヴォルガルってなんでもできるのな……。


 魔界の門の前に着くと、パパは両掌くらいの大きな水晶を地面に置いた。紙に書いていた魔法円がそのまま地面に移り、ぼうっと青白く発光していく。魔法詠唱ののち、水晶がどす黒く曇りはじめていく。


「なにしてんのー?」

「瘴気を吸い込んでる。溜まりすぎると魔物が増えるから」

「にゃる〜」


 アタシ、本来は悪魔だから瘴気の充満する〈魔の森〉にいると調子がいいはずなんだけど……シェリンの体に入ってるせいで無反応だ。でもあれを体に取り込んだら美味しかったりする!? 魔界はもっと瘴気が濃いしね〜。悪魔の魔力って瘴気由来のものだから、魔界じゃ魔法も使いやすかったような。

 ま、どーせ今はシェリンの(うつわ)に転生して本物の悪魔じゃなくなっちゃってるし、考えるだけ無駄だ。


 ラムズは水晶を戻すと、ヴォルガルに預けた。


「いつもの場所へ。これから狩りをするから。お前は戻っていい」

「お嬢様は……」

「まあ、ひとりくらいなら守れるから。こいつのことはいいよ」

「かしこまりました」


 ヴォルガルは一頭のペガサスに乗って屋敷に戻ってしまった。

 罠をはった場所に魔物が集結しているという話なので、ラムズに連れていってもらった。数十頭の魔物の有象無象がひしめき合っている。さすが、魔界の門に近い場所だからか、仰々しい見た目のものや普通の人間なら吐き気を催すほどの気色の悪い化け物が多い。

 この魔物の軍勢を、いつもコイツひとりで倒してるのか……?


「今日は少ねえな」


 これでも少ないんだ。

 ラムズは王城を覆うほどの巨大魔法を展開し、一瞬で森の一帯を氷漬けにした。みしみしと罅が入り、氷が水となって溶けるたびにシューシューと音を立てて魔物の体を蝕んでいく。叫び声をあげる間もなく、次々と息絶えていく。


「氷だけど……毒なの?」

「ああ。腐蝕させてる。それでも死なねえやつは、最後に炎を放てばいい」


 楽チンすぎない? 魔物ってこんな弱いの? ……いやいや。アタシでも、このレベルの魔物なら黒魔術で同時に倒せるのは二匹か三匹が限界だよ。人間だったら……一匹に対して三人でかからないと無理だよね。


 こんだけ強かったら、ラムズの横暴がだいたいなんでも通るのも頷けちゃうね〜。パパが別の国についたらそれだけで脅威だ、もはや破壊兵器みたいなもん。


「シェリン、他のやつには言っちゃだめだよ。ヴォルガルも知らねえから」

「そーなの?」

「時間かけて、罠や魔道具を存分に使って殺してると思ってるから。それでも強すぎるくらいだし……あんまり実力が知られると、過剰に恐れられるからさ」

「そっか。ふーん」


 ……アタシは毎ループこんな破壊兵器に殺されてんのか……。はてさて、死亡フラグ回避が無謀に思えてきたぞ。

 アタシはラムズの後ろから抱きついた。


「アタシのこと殺さないでね」

「殺さねえってば」

「パパがアタシのこと大事にしてたら、みんなアタシのことも大事にしそ♪」

「まあ。王族との縁談を断ったら、お前を嫁入りさせたい貴族は減るかもしれねえな」

「曰く付きだもんね。アタシを泣かせたらパパが殺しにくるって噂も流そ!」


 アタシに嫌なことするやつは全部パパが殺せばいい。というかアタシの虎の威になってほしいんだよね? そうなると超生きやすそうじゃない?


「それはダメ。怖がって宝飾品を渡されるのは嫌なんだ」


 ちぇ、使えねーやつ。



 屋敷に帰ったあともパパにずっとべったりくっついていた。でもさすがにバニーがアタシを回収してきて、湯浴みしますよとか、服を着替えますよとか言ってくる。うーん、ラムズにさせればいいとは言えない空気……。


「パパはぁ?」

「旦那様はお忙しい人ですから。シェリン様は湯浴みを終えたら、お休みなさいませんと」


 今朝いっぱい寝たからあんまり眠くない。


「パパ呼んでよ」

「当主様をそう簡単には呼べませんよ」

「大丈夫。アタシが呼んでるって言ったら来てくれるもん」

「シェリン様。この二日間旦那様と過ごしてらしたんでしょう? きっと今はお仕事でお忙しいですから」


 バニーはアタシの髪を洗いながら答えた。

 でも、毎日屋敷でも一緒に寝てくれるって言わなかったっけ? 約束はしてないんだっけ。んー。アタシの安眠剤……。




 バニーがおやすみを言って下がってから、数時間経ったころ。アタシは椅子に置いてあったナイトガウンを羽織りこっそり部屋を抜け出した。


 パパに会いに行こ〜っと。親密度を高めなくちゃ。

 親密度ゲージが上がれば上がるほど、死亡確率は減ると思わない?


 周囲を警戒しながら廊下を歩いていく。使用人らしき人影が見えたら空いている部屋に入りやり過ごす。

 そうしてラムズの部屋の前に来ると、トントンとノックをした。


 しばらく待っても返事がない。ドアノブを捻るも、鍵が閉まってて開かない。


 アタシはもう一度ノックをした。


「パパ! パパ! 開けてよ! パパ!」


 寝てるの? 聞こえてないのかな。他の部屋にいるの?

 アタシはそのまま扉に背中を預けた。なんだか眠くなってきちゃった……。なんで開けないワケ? ちょっと寒いし。


「パパ……」


 ふわぁっと欠伸をして、ずるずる体重を落として扉の前に座り込んだ。ねむ……。出てこないなら部屋に戻ろうかな……。

 そのとき部屋が開き、アタシの背中が倒れそうになった。誰かがアタシを抱き上げる。


「なにしてんの。風邪ひくだろ」

「パパだー」


 首に抱きつくと、ラムズは肩を竦めて扉を閉めた。

 パパの部屋の応接間にあるソファに座らされる。


「こんな夜中にどうしたの」

「一緒に寝るって言ってたじゃん」

「ああ……。あれ本気だったのか」

「そーだよ。なんで来ないの? バカ」


 ラムズがアタシの頬を軽く引っ張る。


「どうして屋敷に戻ったら、そんな甘えんぼになってんの」

「…………パパがアタシへの愛を忘れそうだから」

「忘れねえから」


 彼はショールを持ってきてアタシの肩にかけた。


「俺の部屋はちょっとな……。かといってシェリンの部屋に俺が行くのも、バレたときに面倒だ」

「んー?」


 まあ、いつもバニーが起こしにくるからね。隣で公爵が寝てたら腰抜かしそう。

 ラムズは左側にあった扉を開いた。あ、そっちは物置じゃなかったんだ?


「この部屋にベッドを用意するから。ちょっと待ってて」


 灯りをつけて、何やら魔法を使って部屋を模様替えしている。数分もすると戻ってきた。アタシを抱きあげ、ベッドに寝かせる。

 黒い樫材で組まれた巨大なベッド。アタシのよりさらに一回り大きい。金糸で縁取られた濃紺の天蓋布が下がっていて、厚い敷布団の沈みこみが上質だ。押し返してくる羽毛の柔らかさと層の厚みが心地いい。掛け布団もパパの魔力の匂いがする。


「一緒に寝よ?」

「んー。いいけど、俺朝は早いからな」

「そーなの……」

「出ていったあとは起こしに来てあげるから。それでもい?」

「わかった」


 しばらくすると夜着に着替えたラムズが布団に入ってきた。アタシを引き寄せ、そっと抱き寄せて言った。


「……本当に毎日一緒に寝たいの?」

「んー。仲良くするの」

「……なんだそれ」

「だって……昔は一緒に寝てたのに、寝なくなったんでしょ? 寂しいよ。嫌だ」


 ラムズはアタシを見つめて、頬を軽く引っ張った。


「それは俺の台詞だったんだけど」

「……ごめんなさい」


 アタシ関係ねーけど。謝っておこ。


「もう言わない? 寝るのやめますとか」

「んー。言わない」

「お前気分屋だろ。明日になったら邪魔って言いそうだけど」


 邪魔とは言うかも。でも一緒には寝る。

 だって昔のシェリンもそうしてたなら、今もそうしたほうが本当っぽい。パパと仲良くなってアタシを大好きにさせて、絶対殺されないようにしなきゃ。……まあ、同時にいろいろ調べることもまだあるんだけどサ。


「パパ大好き」


 アタシはラムズの頬に手を当てて、ほっぺにキスをした。へら、と笑うと、彼は仕方なさそうに笑って抱き寄せる。


「どうせ嘘だろ。でもかわいいから騙されてやる」

「そんなことないし。大好きだもん。一緒に寝よーね」


 背中を優しく撫でられる。


「ダメだよ。もう変わったら。今のままのシェリンでいて」

「んー。ずっとアタシだよ」


 ……よかった。これで少し……夢の続きが現実にも残せるかもしれない。


 ラムズは明日、普段の起床時間の少し前に起こしにくると約束してくれた。ラムズなら、屋敷のどこでも転移で移動できるようにしてあるらしい。メイドに見つからないように、アタシの部屋のベッドに戻してくれることになった。


「パパおやすみ」

「おやすみ」


 明日こそ、例の過去探しの計画を進めてみなくちゃ。






ラムズとシェリンの「んー」には二種類あります。


①「うん」という、純粋なYESの意味の「んー」

②「ん〜」みたいな、悩んでる雰囲気、どうしようかな〜の雰囲気の「んー」


①を「うん」にしたほうがわかりやすいのですが、シェリンもラムズもあまり「うん」とは発音しないので、「んー」にしています。

セリフごとに注釈をつけたい気分です……。

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