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14/18

14|嘘でいいからこのままでいたいなー.

  アタシは、ナンパしてきた男と酒亭でワインを飲んでいた。


 これまでのループでもお酒は飲んだことがある。だけど……あと二年くらい待つべきだったか? 人間の体ってほんと不便……。足元がふらつくし、体が熱くなっちゃうし。

 一緒に話しているレイモンドという男は、王都で商人として働いているらしく、そこそこ見目がよかった。少し野性味のある顔つきがハンサムだ。


「なあ。もっと休めるところに行こうぜ?」

「んー……どうしよっかな」


 頬杖をついて、流し目のようにレイモンドを見上げる。彼は一度視線を逸らしたあと、あくまで軽いノリだとでもいうふうに頷いた。


「せっかく頼んだんだし、もう少し飲むか」

「んー」



 どうしよ、まーまー飲んじゃった。

 レイモンドはお家に来たいと言うし、アタシも血を飲みたかったので連れていくことにした。


 足元が覚束無いせいで、アタシはレイモンドに支えられながら家に帰った。さすがに空気を読んでくれているのか、ラムズは出迎えたりしない。よしよし、できる男だ。

 そのままアタシに宛てがわれた部屋へ案内する。


「綺麗なところに住んでるんだな」

「まーね〜」


 ふらふらしながらソファに座る。

 ……血飲むつもりだったのに。眠くなってきちゃった。なんなの人間の体……ザコめ。


 隣にレイモンドが来て、アタシの上着を脱がせてくれた。


「シェリンって本当にかわいいな」


 でしょ? 知ってる。

 レイモンドはアタシの頬を摩り、そのまま上半身を倒そうとした。アタシは彼の肩を抑え、首筋に顔を埋める。そのままがちりと牙を差し込んた。


「おいっ。いきなり飲むなよ」

「……えへへ。だめ?」


 耳元で返事をする。お酒に酔ってるせいで、自分の声に覇気がない。

 既に吸血鬼だというのは伝えてある。亜人の中でも吸血鬼は特に有名らしく、すぐに話が通じた。


 彼の手が背中に伸びて、「まあいいけどよ」と曖昧な返事が返ってくる。レイモンドはしばらく「痛っ」とか言いながら、一応飲ませてくれた。


「シェリン、いい加減もういいだろ」

「もーちょっと……」


 無理やり剥がされ、アタシは溜息を吐いた。ぼんやりした視界で彼を捉える。

 ……なんか、最初はイイと思ってた気がするけど……お酒に酔ってたせいでよく見えてたのかな? 血飲んだらちょっと冷静になってきた。もーウザいから帰ってもらおーかな。


「こんなかわいい子とヤれるとか、最高」

「えぇ?」


 レイモンドは顔を近づけようとした。アタシは彼の口元に手を当てる。


「しないよ、しないって言ったじゃん?」

「ただそう言っただけだろ? 家に連れてきたんだから……」

「家に連れてきたのは血飲むためだよ? キスはダメ」

「そりゃねえだろ」


 ずるりと体が傾き、腕を取られ、ソファに手首を縫い付けられた。


「やだっ。……しない」

「血飲ませただろ。酒飲ませればやらせてくれると思ったのに」


 レイモンドはアタシの太腿に手を伸ばし、スカートを捲り上げようとした。そのまま覆いかぶさって無理やりキスされそうになる。

 もう! タイプの見た目じゃなかったからやっぱしたくないんだってば!


「どっか行けカス! 死ね!」


 がたん、と大きな音がして、薄暗い部屋に光が差し込んだ。アタシを組み敷いていたレイモンドが剥がされ、床に振り落とされる。


 ソファで仰向けになっているアタシの元へ、ラムズが近寄った。腰を曲げてはだけた服を直していく。


「シェリン。なにしてんだ、」

「やだ……。襲われそーになったぁ……」


 レイモンドは急に現れたラムズに目を見開いた。


「誰だよこいつ!? 他に男がいたのか?」


 彼は臀を擦りながら立ち上がった。


「俺のほうが誘われたんだ! そいつが誘惑してきて……血だってあげた! 一発くらいいいだろ!」


 ラムズはアタシの体を起こし、そばのブランケットを体にかけた。


「シェリン、お前が誘ったのか?」

「んー……そうかなぁ……。もうそいついらない……」

「わかった」


 レイモンドが叫ぶ。


「男がいる家に男を連れ込んだのかよ!」


 それからラムズを視界に入れて、慄いたように目をぱちくりさせた。


「……兄妹か? 吸血鬼ってそんなにいい見た目してるんだな……」ただそこで我に返って吐き捨てた。「もう帰る! クソがっ!」


 ラムズが中指を軽く曲げると、扉から出ようとしていたレイモンドがすっ転んだ。ラムズは彼の頭に手を翳し、しばらく魔法をかけ続けた。そのあいだレイモンドはがくがくと白目を剥いて膝をつき、終いに気を失って倒れる。


「記憶を消した。ふたりでいるところを誰かに見られてるだろうし、シェリンは目立つだろ」


 たしかに商人だというし、殺すと騒ぎになっちゃうのかも。……めんどくさ。


「今日の記憶を消してるの?」

「いや。そういうのは面倒だから。全部消した」

「わあ。笑える」


 ラムズはレイモンドを抱きあげると、家の外に出た。数分後、部屋へ戻ってくる。……どこかに置き去りにしてきたっぽい。


 ソファの隣にラムズが腰をかけた。

 やば……怒られる?


「大丈夫だったか?」

「んー」


 優しい声だ。よかった、親バカで。


「怪我はない? 手首は?」


 ラムズはアタシの腕を取って確かめている。まだ少し赤くなってるみたい。


「……怪我しないで。大事な体だから」

「すぐ治るよ」

「一生の傷になったらどうすんだ? 人間の体はなんでも治るわけじゃねえからな」


 ……まあ。たしかにアタシも傷が残るのは嫌だ。


「治癒魔法はあんまり得意じゃねえが……」


 ラムズは魔法を使ってくれた。……それでも、凄まじい精度だ。本来治癒魔法は聖女みたいな聖魔力を持つ者しか使えないはずなのに。


「えへっ、綺麗になった!」

「えへ、じゃねえから」


 頬を抓られる。


「体は? 触られたり変なことされてない?」

「……太腿触られたかな? あと肩とか? パパ消毒してくれる?♡」


 冗談で言ったのに、ラムズは「どこ?」と真面目な顔で返してきた。仕方なく左脚の太腿を見せる。


「このへん?」


 ラムズの冷たい指先が優しく撫でて、皮膚が粟立った。


「冷たぁ……」

「もう大丈夫?」

「んー」


 彼はひとつ息を吐いて言った。


「シェリン……。お前は男を見る目がねえのか?」


 あ、やっぱりお説教タイムに入るんですね。


「違うしぃ。もともとちょい悪系が好きなんだしぃ」

「俺がいなかったらどうするんだよ、ほんとに……。もうひとりにはさせねえからな」


 体を引き寄せられ、ぽすんと彼の冷たい胸元に抱き寄せられた。


「なんであんなことになったんだ」

「んー……。そのつもりがまったくなかったワケじゃないけど……アイツやっぱり好みじゃなかったなって。考えてみればお酒いっぱい薦められたかも?」

「シェリン……。お酒は酔うから。飲んじゃだめ。立てなくなるほど飲まないで」

「え〜。いーじゃーん。そういうのするときって、お酒あるとテンション上がる気がするしぃ?」


 ラムズは体を離し、言葉を選びながらそっと問いかけた。


「……シェリン、お前経験は?」


 あ。やば。そりゃ悪魔だもん、ループ中に経験くらいしたさ。けどないってことにしておかなきゃ。


「ないけど……」


 彼は何か言いたげに目を伏せ、それから静かに言った。


「行きずりの男に体を許したりしないで。さっきみたいに無理やりされたら抵抗できねえだろ」


 黒魔術があればできるしぃ。今回はおまえがいるからいいやって。お酒もなんとかなるかなって。


「パパ」


 アタシは腕を伸ばしてラムズに抱きついた。


「シェリンがそういうのに奔放なのはなんとなくわかるけど、初めては大事にしたほうがいい」

「……うっさい。父親面すんな。キモイ」


 別にどーだっていいよ。さっきだって気分じゃないから「嫌だ」って言っただけで、最悪あのまま最後まで進んだとしてもアタシはノーダメージだ。


「シェリンのことが大好きな人として。な? お前の体は俺も大事だから」

「…………じゃあパパがしてよ」

「……え?」


 胸に顔を埋めたまま、背中に回した腕をぎゅっと結んだ。


「キスされそーになった。なにか当たったような気もする……。酔ってたからよくわかんないの。パパが消毒して」

「シェリン、だからさ……。とりあえず酔いは覚まそうな」


 ラムズに魔法をかけられ、体がふわっと軽くなった。ぼやけていた脳がクリアになり、少し眠気が消えた。彼のいい匂いを感じて、また胸に抱きついた。


「アタシをいちばん大好きなの、パパでしょ?」

「まあ、そうだな」

「じゃーいいじゃん」


 アタシは考えた。行きずりの男がダメなら、ラムズとファーストキスをしておけばいい。

 コイツは顔もいいし、たぶんキスも上手いし、アタシのことが大好きだ(推定)。


「パパは作ったお人形とキスするのや?」


 アタシはどうでもいい。そもそもコイツが作ったのは(うつわ)のシェリンのほうだし……。まあ仮にアタシ自身が本当にコイツの娘だったところで、悪魔がそんなこと気にするワケない。貞操観念なんて持ってないっつーの。

 むしろラムズがそういうの気にするほうが意外かも?


「……俺はいいけど。シェリンが嫌がると思って。今もちょっと反抗期だし、あとで後悔しねえのか?」

「しなーい」

「シェリン、こっち見て」


 ラムズは体を離すと、アタシの頬を包んだ。青く透きとおった眼差しがこちらに刺さる。


「ほんとにいいの?」


 長い睫毛、涼やかな目元、少し気怠げに細められた視線。薄い唇に細い輪郭、線の綺麗な鼻筋。ラムズのほうこそ人形みたいだ。人外じみた冷たい貴公子っていうか……王族よりもずっとかっこいいよね。

 こんなやつの血を引いてるんだから、たぶんアタシとラムズがふたりで並んでると超絵になるんだろうな〜へへ〜。(ん、中身が残念? しばくぞ)


 彼の銀髪が揺れて、瞳にまばらな影を落とした。


「シェリン。見蕩れてないで」

「……パパかっこいーじゃん。かっこよくて……アタシのこと大事にしてる」


 顔がいいし、今のところアタシの味方だ。同じ悪いやつとして気が合うしぃ……。

 まーこれまで十回殺してきたっていうトンデモ過去はあるけど、むしろ今回キスできるなんてめちゃくちゃレアすぎて面白くない?

 それに愛されてるとか愛されてないとか、正直どうでもいい。たかがファーストキスごとき、アタシにはなんの意味もないものだ。


「……お前がそう言うなら、」


 そう言ってアタシの頬を包んだ。彼の狭めた目線が視界の下に降りていく。唇が触れるというところで、あたしはパパの肩を抑えた。


「やっぱやめる」


 いやいや、なんで娘にキスしようとしてんだよ。おまえが拒否しろよ? 倫理観おかしーだろ!

 アタシはたぶん酔っていたのだ。まだ信用もできないし、腹黒ドクズだし、こんなやつとキスするのはやめやめ。


 ラムズは特段気にしたふうもなく体を離した。


「もう変な遊び方はするなよ」

「……わかってるよぅ」


 おまえがいなきゃ、黒魔術で認識阻害はかけたし、何かあったらいつでも殺せるようにしてました〜! パパが守ってくれるからいいと思ったの。利用できるもんは利用しなきゃね。


「もー眠い。寝るぅ……」


 ベッドに連れて行けと、アタシはラムズの服の袖を引っ張った。


「体は魔法で洗ってやるけど、服は着替えねえと」

「眠い……。やって……」


 ぼんやり声のまま返した。


「はあ……?」


 ラムズは呆れたような声を出す。


「服脱がしていいのか?」

「脱がさないと着替えらんねーだろーがボケ」

「…………聞いて損した」


 溜息混じりにそう答えると、彼は一度部屋を出ていき、夜着になるような緩いナイトドレスを持ってきた。ソファでぐでんと手足を垂らしているアタシを支えながら、装飾品や服を少しずつ脱がせていく。

 浄化魔法の大きな水雫が全身を包むと、蕩けるように下に流れて消えた。


「服も一緒に洗えてるから。下着はそのままでいいな?」

「んー……」


 もう半分寝ぼけてる。早く寝たい、とゆーか寒い。早く着せろ。

 アタシの肩を掴み、上から被せるように黒絹のナイトドレスを着せた。それから胸元に並ぶ黒真珠のボタンをいくつか留めていく。


 かの公爵サマが娘の言うこと聞いて服着替えさせてんだから、聖女が知ったら激怒するんだろうな〜。あ、ヴォルガルやバニーあたりも卒倒しそう。


「シェリン、ちょっと痩せすぎだからもう少し食べて」

「おかしたべてる……」

「お菓子だけじゃだめ。栄養取って」

「おにくもたべてる……」

「人間の肉がいいならまた一緒に喰いにいってやるから」

「えへ、んー!」


 アタシがバンザイして抱きつくと、そのまま抱き上げられた。もう着替え終わったらしい。ラムズはアタシを抱えたままベッドの布団を捲り、そっと寝かせる。


「寒い?」

「んーん……。パパも、」

「俺も? んー、着替えてくるから待ってて」



 ラムズが戻ってきたころには夢の中にいて、扉が開く音でぼんやり目が覚めた。


「パパ……?」

「起こしたか。ひとりで寝れる?」


 ベッドに近づくと、額の髪を優しく払った。


「ガキじゃねーから……。寝れるし」

「さっき着替えさせてって甘えてたくせに。ほんと我儘だな……。こんな我儘に育てたっけ」


 なんか言ってる。おもしろ。

 アタシはガウンの裾を引っ張った。


「寝るぅ。おまえいい匂い」

「わかったよ」


 ラムズは布団に入ってきて、アタシの体を抱き寄せた。……やっぱりいい匂い。これ好き。安眠できる。




 はっとして目を覚ました。気づいたら寝ちゃってた。もう朝?

 部屋は明るくなっている。よく覚えてないけど、またパパに抱きしめられて寝ていたらしい。だからよく眠れたんだ〜♪


「起きろ、邪魔っ!」


 アタシは腰を蹴ってラムズをベッドから突き落とそうとした。


「…………朝からなんだよ……」


 低い声が耳元に落ちた。


「邪魔っ! もう起きんの! いつまで抱きしめてんだどっか行け。消えろ!」

「……おまえほんと…………」


 軽く息を吐くと、出ていくどころかさらに強く抱き締められた。また蹴ろうとしたのに、脚まで動けないように固定されている。


「なにっ! 邪魔っつってんの。死ね!」

「俺まだ眠いの」

「あっそ。どけ」

「シェリンって寝起きの機嫌悪かったっけ」


 んーん。今日はよく眠れたしいい匂いだったから機嫌いい。


「いいよめちゃくちゃ。早くどけってばカス」

「……あっそ。おやすみ」


 この状態で寝るの!? アタシがもぞもぞ抵抗しようとしてるまま!? とにかく絶対抱き枕にして寝たいみたいなそういう感じ?


「公爵サマ、今日屋敷に帰るんでしょ。仕事は? 寝坊してる場合じゃないじゃん」

「……いいんだよ。まだ眠いから」


 緩すぎでしょ。


「やだやだ〜。アタシ眠くなーい」

「じゃあ眠くなろうなー」


 ラムズは猫撫で声で言うと、アタシの頭に手を当て、抵抗する間もなく何か魔法を使った。元気いっぱい溌剌状態だったシェリンちゃんのはずが、急に体がとろんとしてきた。


「……おまえなにした?」

「眠気を与えた」

「眠らせるってこと!?」

「そこまでしてない」


 ぼんやり眠い。……起きようと思ったのに。コイツ自己中すぎじゃない? 自分が眠りたいからって人に眠気与えてくるとか。

 でも眠くなってしまったので、仕方なく腕の中に収まった。


「いい子」


 ラムズがアタシを抱き寄せ、頭頂部にキスをした。


「おまえがこうなるようにしたんじゃん……」

「あんまり我儘だからさ。教育した」

「教育じゃないよ、調教って言うんだよ。支配とか隷属だ!」

「難しい言葉知ってんね。偉い偉い」


 クソが。ラムズはアタシを撫でたあと、続けて言った。


「いいよ、じゃあ俺の奴隷になる? かわいいから大事にしてあげるよ。餌もあげる」

「なるわけねーだろカス。娘を奴隷とか言ってるの終わってるよ、大丈夫?」

「その娘が生意気すぎて手がつけられなくて。首輪付けるべきかなって考えてたんだ」

「それがおまえの教育方針? 娘の性格がネジ曲がるのもしょーがないね」

「ああ、ねじ曲がってんのはわかってたんだ?」

「おまえがねじ曲がってるからね。似たんだね」

「たしかに。嬉しい」


 は? キモ。頭おかしいわ。


「アタシは我儘じゃないし。おまえクズだからこれくらいの扱いのほうがよくない?」

「ああ、そういうことね」


 それは納得するんだ?


「強がり言ってないで、寝よ。シェリン」

「寝ないもん」

「寝かせてあげようなー」

「また魔法使うの? それズルだよ」

「ずっと意地張っててかわいいな」


 煽ってきてウザ。でもパパに頭を撫でられてると本当に眠くなってきて、仕方なく目を閉じた。


「かわいい俺のシェリン」

「…………」


 おまえのじゃない。でもそう言うとまた強がりとか言われそうだ。さっきから、なんかアタシがバカみたいじゃない?


「おやすみパパ」

「おやすみ」




 しばらくのあいだうとうと眠ったり起きたりしていた。それから、ふと考え事をしてしまった。沈んだ目を隠すようにラムズの胸に顔を埋める。


「ねえパパ。もう戻りたくない。ここにいたい」


 だって……なんだか、ここにいる限りは殺されない気がする。

 ずっとこうやって、くだらない話しながら、どうでもいいやり取りして……ずっと生きてたい。


 死にたくない。もう死にたくないよ。


「楽しかった、ずっとここにいたいよ」

「……シェリン」


 抱き締められて、髪に何度もキスを落とされた。


 きっとずっとここにふたりで一緒にいたら、アタシは殺されない。聖女とか、婚約破棄とか、ヴォルガルとか……考えることたくさんでもう疲れた。何もしたくない。


「パパ、」

「……そうだな。ごめんな」


 彼の服を小さく掴む。沈んでいた息がほどけた。


「アタシのこと……殺さないでよ」


 もしアタシが本物のシェリンじゃないってわかっても。計画が上手くいかなくなっても。聖女に何か言われても。

 アタシのことずっと大好きだって……そんなふうだったじゃん。


 ……でも、コイツはそんな甘いやつじゃない。本当に〝愛〟があったとしても、愛と実利で天秤にかけたら後者を選ぶようなやつだ。


「……もう魔力は飲ませねえから。ごめんな」


 そうだね。

 今のコイツに言っても何も伝わらない。……ううん、伝わらないほうがいい。


 アタシはラムズに抱きついたまま、甘えるように言った。


「ずっとここにいられないの?」

「……俺もそうしたいよ」


 深いところの話はしないで、表面をなぞるだけみたいな会話ばかりで。腹を割って話すことはできないし、記憶の抜けで何か齟齬が生じたらまずいから、詳しく話を聞くこともできない。


 ラムズの言う「大好きだよ」はアタシじゃない昔のシェリンに向けられたものだし、アタシの言う「大好き」も、打算から始まるただの甘言だ。


 ……でも、別にそれでよかった。


 本物なんて求めてない。別に嘘でいい。楽で、愉しくて、甘くて、こういう生ぬるい幸せに浸ってるのでいい。


 嘘でいい、アタシは悪魔だから。嘘しか吐けないし、相手の気持ちのいい嘘も悦んじゃえるから。


「……パパ」


 ラムズは少し体を離すと、アタシの額にキスを落とした。それから目元や頬、耳朶、顎や唇の端、何度もキスの雨を降らせた。


「かわいい俺のシェリン。俺も一緒にいたい。ずっとこうしてたいよ」

「んー……」


 アタシかわいさに、計画なんて忘れてくれたらいいのに。全部放り出してくれたらいいのにね。


 まー、いくら言っても仕方ない。儚い夏の夜の夢だったって、そう思うことにするよ。






お知らせ)

ムーンライト版(R18G)を投稿しました。


ムーンライト版では8話以降、展開や設定、ふたりの関係性などがかなり変わっていきます。ムーンライト版が気になる方は、8話以降を以下リンク先でお楽しみください。

ムーンライト版は、大筋はだいたい同じですが、歪み度やラムズの悪役度が上がり、倫理観が下がり、二人の会話シーン(溺愛度?)が増えています。


『毎ループ殺してくる腹黒公爵を煽ったら、執着スイッチが入りました』

https://novel18.syosetu.com/n6279mc/




【気になる方用・詳細な違い】

8話:

序盤のシェリンの悪魔説明と、終盤の展開・会話


9話:

全く新しいエピソードが追加


10〜13話:

会話微調整、ほぼ同じ

(なろうでは9〜12話にあたる)


14話:

シーンの追加

(なろうでは13話にあたる)


15話:

会話やシーンの追加修正、かなり違う

(なろうでは今回の14話にあたる)

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悪役人外との歪愛を執筆しています




【書籍版】


『愛した人を殺しますか?――はい/いいえ』

海外児童書風ファンタジー。
boothにて販売中。

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