13|ナンパしてくる!
2〜3話ほど日常回というか、溺愛回が続きます。
タウンハウスで眠った次の日、朝ラムズがアタシを起こしに来た。窓からの眩しい日差しに目を細め、アタシは布団を頭まで被った。
「……眩しい。やだ」
「じゃあ暗くするか?」
ラムズがぱちんと指を弾くと、窓ガラスが青黒く曇り、光が遮断された。薄暗い夜の部屋に戻ってしまった。
「寝坊したーい。向こうでは毎日同じ時間に起きなきゃいけないんだもん」
「別に起きなくていいよ。そう言っとく」
……そうなの? そんなガバガバでいいの?
ラムズはベッドの縁に腰掛け、アタシの髪を撫でた。
「じゃあゆっくり寝て」
アタシはパパの腕を引っ張った。
「おまえは寝ないの?」
「ん、ああ……。一緒に寝たいの?」
違うけど!? でもまあ……いっか。
一緒に寝るにはアタシの体は成長しすぎじゃ、と思わないこともないけど、アタシ自身は全然気にしない。
婚約解消もしてくれることだし、ご褒美をあげてやってもいいぞ♪
「別にアタシは寝たくないけど。おまえが寝たいならいいよ」
「なんだそれ」
ラムズは掛け布団を開き隣に入ってきた。ふぅん、つまり一緒に寝たいってことなんだ?
アタシの首の下に腕を通すと、もう一方の腕がアタシをそっと引き寄せた。胸元に顔を押し当てられる。
「……こんな格好じゃ寝れない」
「俺はこれだと寝れそう」
抱き枕みたいにして腕を回され、髪をゆっくり撫でている。
すんすんとラムズの服に顔を擦り寄せた。
「……なんかいい匂い」
香水とは違うな。なんだろ。……あ、あの浴場の匂いと同じなんだ。この匂い好き。甘くて安心する。
「いい匂いなの?」
「んー」
「……久しぶりに言われたな」
ラムズの冷たい指先が髪のあいだを通り、頭頂部に彼が口づけた。
「シェリンは本当は俺の魔力で育ってたから。俺の魔力をいい匂いと思うんだ」
「ふぅん……」
血を飲ませてたやつね。で、飲めなくなって、無理やり飲ませたせいでシェリンが死にかけたやつ。
ラムズは少し体を離すと、アタシの頬に手を当ててすりすりとなぞった。
「ほんとにかわいい。俺の娘」
「はいはい」
唇の端を触り、それから頬に軽く指を沈ませる。目元を冷たい指先が擦った。
「笑い方が同じなんだ」
「……ん? 昔と?」
「それもそうだが……俺と」
同じかあ? おまえ薄く引き伸ばしたみたいな笑い方しかしないじゃん。
「……ああ、それも忘れたのか。まあいいや」
笑い方の話に、これ以上深い話あります? コイツの愛の背景なんてどうでもいいから突っ込まないけど。
「ねえパパ、アタシのこと抱きしめて寝たかったの?」
「ああ」
即答かよ。
「なんなのおまえ。人肌がないと眠れないタイプ?」
「別にそれはねえけど。……シェリンは俺の娘だから。前は毎日一緒に寝てただろ」
そーなんだ。
「最近は寝てなかったでしょ」
「お前が変わったからな。一度寝ようとしたら断られたし」
「あー。そうだったっけ」
「『お父様と眠るほどもう子供じゃないもの』みたいな」
あー言いそう。アタシの知ってるシェリンはそういうやつだ。
実際、いつまでも父親と一緒に寝ようとする娘のほうがおかしい。おまえはちゃんと成長を喜べ。毒父が。
「アタシ大人になったからね。そういうどーでもいいことで意地張らなくても、大人ってわかるからよくなったの」
「はいはい。俺にとってはシェリンは大人も子供もねえけどな」
「どういうこと?」
「単にずっとかわいい娘ってだけ。年齢なんて気にしたことない」
まあコイツも、千年以上生きてるのにこの見た目だもんな。アタシも、ループのこともあって年齢観ぐっちゃぐちゃだ。
「いいよ。おまえが寝たいなら、仕方ないから毎日寝てあげるよ」
「……シェリンの部屋に毎晩行くのか? メイドがかなり驚きそうだな」
アタシは彼の胸に顔を埋めた。……いい匂い。アタシもこの匂いがあったほうがよく眠れそう。
パパのほうに手を軽く伸ばしてしがみついた。
「……アタシのこと大事にして、」
「するよ」
ほんとかよ。
「パパ大好き」
媚び売っとこ。
「俺も大好きだよ。 シェリンとまたこうできて嬉しい」
あ、なんかガチで捉えられたっぽい。そしてガチで喜んでるっぽい。……まあ、別方向の新しい嘘や演技を始めてるとしたら、気づけない可能性もあるんだけど。
「嘘っぽい。おまえ仮面つけるの得意だし」
「本当だって」
「手早そうなところが特に嘘っぽい」
「貴族社会で生きてると、手早いと怪しまれるんだ。だからやりづらくてさ」
普段は色仕掛けしてるってことですね?
「手握るだけでアウト?」
「まあ……ふたりきりで、相当親密にならねえとな。髪の毛払うとか、それとなく耳元に口を寄せるとか、できてそれくらい」
ああ、そういうの息をするようにやってそう。コイツ中性的な顔立ちだから、仕草のひとつひとつが色っぽいんだよね。ま、アタシもそうだと思うけど?♡
「じゃあアタシに対してだけ距離感バグってんじゃん」
「おまえはいいよ」
「はあ? アタシも貴族令嬢なんだけど」
「それやめたいって言ってたのお前だろ」
「礼節を持って接しろ。アタシ公爵令嬢だからな? しかも超美人でかわいくて有能なんだぞ?」
「たしかに。俺のおかげだな」
パパの腰元を脚で蹴った。
「気楽におまえが抱きしめていい存在じゃないの!」
「いいだろ。俺が作った子だし、俺のものなんだから」
「は、ちげーから。アタシはアタシのものだから」
「そこで騒いでても、組み立てた人形が抗議しててかわいいなくらいにしか思えねえ」
どういう目線で娘のこと見てんの? 組み立てた人形!? 物理的に作ったわけじゃねーだろうが。
「シェリンはかわいいからつい手が出ちゃう。ごめんね」
あ、絶対ごめんねって思ってないやつ来た。
「かわいいって言えば許されると思ってる」
「許されなくてもやるからどうでもいいや」
もうダメだ。コイツカスだった。
はーあ。さっきからなんの話してんだろ。中身なさすぎる。でも、初めてラムズとこういう話をしたし、コイツの中身がちょっとは知れたかも。
腹黒なのは自覚済みなんだなとか、距離感バグってんのもわざとなんだなとか、意外とテキトウで雑なんだなとか。
腹の底で嘲笑ってるタイプというよりは、腹黒ムーブがデフォルト搭載されてるタイプなんだろう。天然……とは違うんだけど。腹黒がバレても「ああ……たしかに酷いことしちゃってたかも。ごめんね」とかあざとく謝ってくるタイプ。カスだ。
それにあの冷血ぶりで、平然と愛を囁いたり抱き枕みたいにしてきたりするのも、けっこう意外だ。
「パパって人に甘えるの好きなの?」
「普段素っ気ない男が甘えると、喜ばれるだろ」
出たよ。なにコイツ。
「アタシに喜ばれるためにやってんの? アタシ喜んでねーから離れろ!」
アタシが煽ってんのに、意にも介さず飄々と答えはじめる。
「……シェリンは、んー。もともと俺、人に媚びて宝飾品もらうのが好きだからさ。親しくなるとこうなりがちなんだ。ずっと気張ってるの疲れるだろ」
へえ……クズですね。でも理解っちゃうのがなんか悔しい。
「媚びるのはアタシが専門なんだけど」
「いいよ媚びて。シェリンはかわいいから甘やかしてあげる」
もういいや。人を誑かすことしか考えてないただのクズだった。過保護だなーと思うことはなくもないけど、全然父親っぽくない。
今までの仮面ほんとに何? あの父親の見本やってますみたいな顔どこやった?
「おまえ父親っぽくない」
「そうだな。別に父親だと思われなくていいよ」
いいの? いいとかある?
「ラムズって呼んでるときも多かっただろ。俺もそんなに父親みたいに扱われるの好きじゃねえし」
好きか嫌いとかそういう問題?
……このふたりどういう関係性だったワケ? アタシの知るシェリンが、コイツのことラムズって呼んでたなんて信じらんない。
「パパ呼びには喜んでたくせに?」
「だから喜んでたんじゃなくて……昔のお前みたいで嬉しかったんだって」
ふーん。
「父親ぶりたくはないけど、俺の娘とか俺のものとかずっと言ってんじゃん」
「俺が作ったもの。だから俺のもの。でも父親ってガラじゃねえし……」
その「俺が作った」って何? どちらかというと母親が作ったっていうほうがまだ理解できるというか……どういう思考回路してんだコイツ。
ラムズは付け加えた。
「今みたいに接してくれればいいよ」
「……昔もこんな感じだったっけ」
彼の声色が少し落ちた。
「ほんとに覚えてねえんだな」
背中に腕が周り、ぎゅうと抱きしめられた。
「ごめんね」
悪いとは思ってないけど、形だけでも謝っておいた。ちゃんと申し訳なさそうに、控えめな声でね!
「いいよ。お前のせいじゃねえだろ。記憶があってもなくても、シェリンはシェリンだから。変わらないよ」
……なんか変なの。本当の娘であるはずのシェリンのことは見捨てたのに、アタシのことは……記憶がなくても娘みたいに見えるんだ。よっぽど相性がいいのかな。
アタシはふわぁっと欠伸をしてもう一度パパの胸に埋もれた。
「眠い。寝る」
「んー」
「起こすなよ? このままずっと動くな」
「……はいはい。このままな」
ラムズの冷たい腕が背中を強く抱いた。体がとろんと甘い微睡みに誘われて、目を瞑った。
✶
起きてもラムズはアタシのことを抱きしめていた。軽く揺すったら目を開いて「シェリン」と甘く微笑む。
「かわい。俺のシェリンだ」
また抱きしめられて、頭のてっぺんにキスされた。
……よくわかんないけど、本当に喜んでんのかな。娘の性格が変わったのがよっぽど堪えていたみたいだ。
アタシは七周目で、今ほどでないにしろ、パパ媚び媚びルートをやったことがある。そのときはこんなにアイツはアタシに構ってくれなかった。今までの父親見本と同じ、付かず離れずの親子といった様子で、……明らかに心理的に距離を置かれていた。
──つまり、今回のラムズが、そこにどんな思惑があろうと、今のアタシを繋ぎ止めておきたいのは確かだろう。
アタシはぼんやり声で言った。
「何か食べる……」
「あー。料理しないといけねえのか」
「パパできるの?」
「一応な。シェリンが味見して」
アタシがベッドから起き上がると、ラムズがふたりまとめて浄化魔法を使ってくれた。吸血鬼体質だから、そんなに口の乾きとか顔のパサつきとかないんだけどな。たぶんコイツはもっと高性能なはずだ。
「パパ、体洗わなくても綺麗でしょ?」
「あー。まあ」
「汗かかない?」
「ああ。そういうのは何もない」
……何も。老廃物何も出ない感じ? たしかに現実離れした肌質だもんね。
アタシがパパの白い手指を見下ろしていたら、少し指を曲げた。
「なに」
「アタシと……ちょっと違う」
彼の手を取り、指や肌をなぞった。キメとか毛穴とか、なんにもない。蝋や陶器をなめしたみたい。真っ白ですべすべだ。ラムズはなされるがまま手を差し出し、淡白に言った。
「魔力を飲めなくなったから、お前は人間に近い体になったんだ」
自分の肌を見ると、たしかに血管の筋や手相のような皺、細かなキメが見える。……やだな、ラムズみたいなののほうがいい。アタシ悪魔なのに、人間っぽいの嫌。
「アタシこっちがいい」
ラムズは冷たい指先で、アタシの頬をするするとなぞった。
「俺もそう思ってるよ。でも仕方ない。体温も……」
彼の冷気が首筋に当てられる。
「シェリンは元々俺みたいに冷たかったんだ」
「……そーなの。もしかしてお腹が空くのも? パパもお腹は空く?」
「空かねえな」
「……そうなんだ」
ラムズは髪を優しく撫で、目を細めて薄い微笑をのせた。
ランチはラムズが作った。でも、料理はそれほど得意じゃないらしい。魔法を使ってあちこち浮かせたり切ったり炒めたりしていたから、フツーに得意そうに見えるんだけどな。
「シェリン、味見てくれる?」
「なんでアタシ?」
アタシが食べるための食事だから?
そう言いながらスープを一口飲んだ。
「いんじゃない? 砂糖足したら?」
「やってくれる? 俺味わかんねえんだ」
「……え? 味覚ないの?」
「なんとなくはわかるんだけど。認識できるだけで、味の受容器を持ってない」
「昨日の人間も? 美味しくなかった?」
「ああ、人間は美味しいよ」
そーなんだ。よかった。
最後の味付けだけアタシがやって、食事を始める。でもパパの分はなかった。ワインだけ飲んでるらしい。
「だからパパはいつも屋敷で食事しないんだ」
「ああ。食べてほしいなら食べるけど」
「別にいー。どうでもいいし」
家族で団欒とかめんどくさい。アタシだけ食べててごめんね、みたいな罪悪感もまったくない。なんならパパはアタシに給仕すればいい。
「ワインは美味しいの?」
「いや? さすがにここで黙って座ってたら変だろ」
「……なるほど」
格好つけてるだけなわけね。
昨日と違うワンピースを着ようとして、後ろのチャックやリボンに手が回らないので、ラムズに手伝ってもらった。そのあと髪をアレンジしようとしたら、彼がアタシの髪に触った。
「俺やろうか?」
「…………やりたいんでしょ」
「あー。んー。そうかも」
くつくつ笑って髪を撫でている。
「染めたのかわいいな」
「昔も色入れてたっけ」
「入れてねえな。初めて見た。でもかわいい」
コイツ、アタシがやることならなんでも「かわいい」って言いそうじゃね?
パパは器用に髪の毛を梳かして、それからアタシ好みに髪をアレンジしていった。三つ編みにしたものを結び目に巻いて、毛先だけ遊びを出して巻いていく。前髪や横の髪も綺麗に整えてくれた。
「あははっ! かわいい! アタシかわい!」
横を向いてラムズに笑いかけた。彼は頭を軽く撫でる。
「そうだな。よかったな」
そのあとは、タウンハウスの屋敷の中でだらだらして過ごした。ラムズは宝飾品を手に取って眺めたり手入れしたりしていたし、アタシはたまにその膝に頭を乗せてごろごろしたり、お菓子を食べたりして過ごした。
「ねー。飽きた」
ラムズの膝に頭を乗せたまま、彼のほうに手を伸ばす。ラムズは軽く払って首を傾げた。
「出かけるか?」
「ひとりで出かけたい! ナンパしてくる。ここに連れてきて血飲む!」
ラムズはいろいろ突っ込みたそうに眉を顰めた。
「……まず、ひとりは危ないからだめ」
「別に大丈夫だってば〜」
「昨日も妙な場所に連れて行かれてただろ」
「パパがいなかったらあんなとこ行かないよ〜」
王都は人も多いから心配してるんだろうけど……めんどくせーヤツ。
「シェリン、俺は一度お前を失ったようなものなんだ。危険に晒したくない」
街に出かけることの何が危険なワケ?
「アタシ来年デビュタントだよ? パパ、十歳のときからずっと時止まってんじゃない?」
「シェリンはかわいいから。それでいて力はねえだろ。普通の人間の女と同じだ。魔法も使えない。絶対ひとりはダメ」
たしかにそーだけどさ〜。心配しすぎじゃん? いちばん危ないのコイツだからね?
これまでのループの家出生活でもモブに襲われそうになったことはあるけど、黒魔術で返り討ちにしてきたし。
「俺が後ろからついていく」
「は? キモ。絶対嫌」
ラムズは溜息を吐き、アタシの頭をどかした。「ちと待ってろ」と一言言って自室に入っていく。しばらくすると、手に黒いリボンを持って戻ってきた。
「なにそれ」
「チョーカー。今つけてるのと交換して」
今も黒レースのチョーカー風なネックレスを付けていた。パパは似たようなデザインの、リボンのチョーカーをアタシに付け直した。首の後ろで金具を取り付けている。
「魔法を付与してある。俺が外さないと外れない」
「は!? なに、やなんだけど!? 首輪!? やだやだ! そういうの嫌い! 外せ!」
アタシが暴れようとすると、両腕を掴まれた。コイツの腕も細いくせに、全然抵抗できない。魔法で身体強化してる? セコ〜。
「帰ってきたらちゃんと外すから。これは魔法の目印になるから、何かあったらそこを転移魔法の転移先に指定できるんだ」
「何かあったらって……」
「強い振動を感じたり、魔法で攻撃されたりすると俺に伝わる」
「盗聴とかはついてない?」
「ついてねえよ」
アタシはチョーカーのペンダントを指で転がした。デザインは今のスタイルに馴染んでてかわいいけど……。まーいっか。あとで外すって言ってるし。
「この家に連れてきていーの? ちょっと豪華すぎるっていうか……」
「あー。もうひとつ家があるから、そっちに移動しようか」
パパに案内されて魔法円に乗り、別の家に転移した。さっきのよりは仰々しくない。これなら、ちょっとした有名商家の娘くらいの家には見えそうだ。
「んじゃ行ってくるね〜」
「ああ」
作者コメント)
シェリンとラムズの話し方が似ていて、わかりづらくすみません。
シェリン→相手を「おまえ」と呼ぶ
ラムズ→相手を「お前」と呼ぶ
こんな違いがあります。シェリンはパパ呼びもするんですが、ラムズを「おまえ」呼びしてるのもとてもかわいい。
あと2話ほど、本筋にあまり関わってこない溺愛回的なものが続きます。すみません……。ふたりの絶妙な関係性が大好きで……普通の家族とも恋人とも違う関係性が……。
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