17話 砂糖を作らせて!
普通のリスと変わりない容姿の彼らは一糸乱れぬ動きで調理、配膳をしており、それに対して厳しい叱咤をしているのは小指の先ほどのコック帽を被った、ぐよ料理長だ。
鋭い目つきがまた絶妙に可愛い彼の指示により瞬く間に屋敷へ運ばれる料理が完成していく様は見事の一言で、まるでサーカスか演劇でも見ているような感慨に耽ってしまう。
そこで思い出す、わたしがここを訪れた理由。決して華麗なリス達にメロメロにされるために来たわけではなく、新たな調味料と料理の開発を依頼するために来ているのだ。しかし、この研ぎ澄まされた空気に触れておいて、気安く頼み込める度胸などわたしは持ち合わせていない。
「とりあえず、落ち着くのを待とうかしら」
「それがいいと思うニャ」
一通りの作業が終えられたのか、ワゴンをウサギに託したリス達は料理長の下へ集合して号令を掛けられている。
「最後にプレート班、言わずともわかっているな」
「はい! 昼夜問わずに基礎からの鍛練をします!」
作業中に連携が甘いと注意されていたプレート班の反省に何も答えず、料理長がただ黙って背を向けたのを合図としてその場は解散となった。
わたしって、キッチンに来ているはずよね……。こんなに殺伐としたキッチンなんて初めてなんだけど……。
まるで騎士団の訓練所にでも来ているのだろうかと錯覚してしまいそうな現場に困惑していると、すみっこの花になりきっていたわたしの存在に料理長が気づいてしまう。
「お前、ニンゲンか……!? 誰の許可を得て、部外者が聖域に立ち入っておるんだ!!」
「す、すすすみません! わたしは、その、みなさんにお願いしたいことがありまして」
「獣が我が聖域を侵そうなどと……! さっさと立ち去らんか! このニンゲンめが!」
「いた、いたい!」
地面に降り立った料理長がわたしの踝を蹴ってくる。いくら靴を履いているとはいえ、狙い澄ましたように骨を蹴られるものだから、地味に痛くてかなわない。
「少しだけでもお話しを!」
「獣の話なんぞ聞いてられるか!」
「お願いします! どうしても料理のプロにしか頼めなくて!」
「料理の……、プロ、だと……」
あれ、なんか攻撃が止んだ。
「そうです。お料理のプロフェッショナルにしか……」
「……、もう一度、言ってくれ」
「お料理の、プロフェッショナル……」
「………………、むふっ」
もしかして、押しに弱い?
「プロフェッショナル。料理の最高峰」
「むふふ、なにをそんな……」
「よ、王国1の料理長。あなたのような存在はまさに国宝だ」
「むはへはへ、そんなに正直に言われても何も出んぞ。……頼みとやらはなんだ。聞くだけなら聞いてやろうではないか」
…………このリス、チョロいな。
「すんすん、それにお前、なにやら良いモノを持っておるな。出してみよ」
そこは鋭いのか、わたしの手元を見上げている料理長は砂糖の原液に気づいたようだ。貫禄ある口調とは異なり、円らに輝かせた眼から好奇心を溢れさせている。かわいい。
卑怯なまでのリスの可愛さに中てられたわたしがデレデレとビンを差しだそうとすると、間に割って入るようにニアが自分のビンを見せつけた。
「これニャ」
「おお、なんとも甘く幸せな香りか。……すんすん。……だが、これはまだ洗練されておらぬ」
「さすが料理長、話が早いニャ。これは『砂糖』と呼ばれる甘い調味料の原液で、料理長にはこれを洗練するために、煮詰めて不純物を取り除いてもらいたいのニャよ」
「砂糖、なるほどこれが……。で、ニアがわざわざ余所者を連れてきたということは、それだけではあるまいなニンゲン」
砂糖を知っているらしい料理長はその価値を理解しているのだろうけど、自らの利点を曝さないようにこちらの事情を問うてきた。さすが年の功なのか、まるで底を測られているみたいだ。
「わたしはティア、よろしくね。できれば料理長には、これからも砂糖を量産できるように手を貸してほしいの」
「継続的に量産か、確かにかの畑を用いれば容易となろう。しかし、聖域の戦力を貸し出すとなっては相応の対価を用意してもらわんとな」
さてはこの料理長、わたしの手札を知っているな。
「畑では麦の栽培が始まっているらしいが、その提供だけと言うなら頷けぬぞ」
「さすが料理長、畑のことは詳しいわね。……砂糖の量産への対価としてなら、こちらは調味料の調達をあげられるわ。もしも話を引き受けてくれるなら、いつでも好きな調味料を町から調達してきてあげる」
「調味料、か……」
「砂糖、お酢……」
料理長が唾を飲む。あと一息というところで、わたしは最後の切り札を優しく囁いた。
「……しお」
「乗ったあ!」
料理長が両手を上げて地面を飛び跳ねる。この交渉を快く受け入れてくれたのだ。
広大な森に囲まれた屋敷では、どうしても塩を得ることができない。それを手に入れるにはどうしても町へ出るしかないため、基本的に屋敷からの外出を許されない役職である料理長は塩を噂にはしても手にした経験がなかったのである。
そうであろうとあたりを着けていたわたしは、料理の基本である塩の存在を最後に提示した。
「塩があれば屋敷のメニューは各段に幅広くなるし、なにより、我らの探究心が存分に満たされる! ニンゲン、いや、ティアよ。偽りは無いだろうな」
「もちろんよ。なんなら今すぐに持ってきましょうか?」
「わっふぅー! むはへはへ、何を作ってみようかのぉ」
「その前に、砂糖の量産を忘れないでよね」
「わかっておるわ、調味料を目にして忘れる料理人などおらぬ。砂糖のことなら我が聖域の戦力に任せておけ」
そうして完成した砂糖の山。
「むふふ、これで夢が叶うわねぇ」
「むはへはへ、いったい何を作ろうかのぉ」
「2人とも、笑い方が黒いニャ……」




