15話 魔物たちの畑
町長宅を抜け出したわたしはその足で観光に向かった。夕陽に赤くなりつつある町は人の賑わいも鮮やかで、どの通りでも活気よい音が耳を打ってくる。
特に表通りなんてもう。疲れを背負っている人には暴力的なスメルが漂っていて……
「ニアちゃん……」
「す、少しだけニャよ……(ゴクリ)」
色を着けられた売上金を持ったわたし達は、ふらふらと吸い込まれるように屋台へ消えていった。
串焼きって罪よね。手軽に食べられる上に種類も豊富で、次から次へと手が止まらなくなっちゃうの。……ああ、背徳感。もぐもぐ。
夢いっぱいのお腹いっぱい。それだけ寂しくなったサイフを隠しながらワープ扉を潜ると、廃れた岩部屋で仁王立ちのイケメンが出迎えてくれた。あの研究室から出てくるなんてビックリ。
表情こそ『無』だけど、内から煮えたぎっている魔力がヒシヒシと張り詰めているのがわかる。けぷっ、お腹くるしい。
「フェリクスさん、お土産とかいかがで――」
「どこに行っていたんだい?」
おっつ、食い気味だね。これは逃がしてくれそうにないぞ。
「少し町の方へ……、行ったり、行かなかったり……?」
「町へ……、出てしまったのかい?」
「そ、そうです……、外に。でも、フェリクスさんにはきちんと――」
「『外』か。…………結界を越える気配がしたと扉を見にくれば2人が外に出たと言うし、少しすれば戻ってくるのかと待ち構えていれば5時間27分18秒も姿を現さず、外で魔女狩りにでも遭っているのかと最終決戦を覚悟していたらようやく現れた君たちときたらなんだ香ばしい匂いを纏って満足げに頬に食べカスを貼りつけているじゃないか、その間私がどんな心配をしてどんな覚悟を決めてどんな戦略を立てていたかも知らないで――」
「きょ……、許可は、もらってます……っ! そうよねニアちゃん!」
「ニャ……!? 確かにティアは許可をもらっていたニャン。……フェリクス様が無意識のうちに(ボソッ)」
そうだ。そうだとも。わたし達はきちんと外出の許可を得ているのだ。それなのに後になって、なんやかやとお説教を受ける謂われはない。たとえフェリクスが研究に夢中なのをいいことに、さりげなく許可をもぎ取ったからといって、許可を得たことに変わりないのだ。
どうどうと胸を張っていよう。そうよね。わたしは悪くない。……と、思いたい。
「許可を、得ていた……? あと、ティアって……??」
おお、フェリクスが動揺を見せている。案外、押せば切り抜けられるんじゃないかな。胸を張って、堂々と。
「そうですとも! わたし達はきちんと外出の許可を得ています。なんなら、そのときの議事録でも提出しましょうか?」
「議事録……」
「ええ。仮にも『元貴族』であるわたしを侮らないでくださいまし。交わした言葉は一語一句漏らさずに記録しておりますのよ。……それではニアちゃん、ここで失礼させてもらいましょうか。おほほ」
さてと、フェリクスがおどおどしているうちにリアカーを返してこなくちゃ。今日は疲れたから早く眠りたいし。
「……ほんとに記録してるのかニャン?」
「嘘に決まってるでしょ。ハッタリで切り抜けるのは乙女の常套手段なんだから」
「ニャウン……、フェリクス様、ごめんなさいニャ……」
お腹はいっぱいなので夕食を抜いてベッドに潜り込むと、不思議なくらいぐっすりと眠りに落ちた。久し振りの快眠に身体が幸せを噛み締めていると、あっという間に朝の日差しが目蓋を打ちつけてくる。あと、頬をペチペチされているような……
「ティア……、ペチペチ。早く起きるニャ……、ペチペチ」
「ねむいよぉ……、あたまがいたいよぉ……、もうすこしねかせてぇ……」
「バカみたいに魔力を使いすぎるからだニャ」
「今日は……、畑に行くの止めておこうかな……」
「昨日は種をたくさん買ったんニャから、早く畑へ行くニャよ」
「ニアちゃん、スパルタなのね……」
愚痴を言っても種を増やしてきたのはわたしなので、貧血にも似た頭痛をガマンして支度を済ませていく。腹痛がするのも魔力を使いすぎた影響だろうか、いや、ただの食べ過ぎでしょうか。……(姿見)……。
「さあ、今日も畑仕事に行くわよ! たくさん働いちゃうぞ~、あはははは」
手を前に組みながら向かった畑ではニアとリーフェア、昨日のサトウキビ他が並んでおり、わたしの運動意欲を掻き立ててくれる。
「今週はいつもの野菜とは別に、麦とサトウキビ専用の畑をそれぞれ耕していくわよ!」
「なぜかティアのやるきを感じるニャ」
「あまり乙女の恥をつつかないであげなさい」
「みんなも耕してね~。わたしのお腹なんて見ちゃダメよ~?」
「なぜかティアの殺気を感じるニャ……、ガクガク」
「あたし知らない。なにも見てない……、ブルブル」
麦畑を作ればサラダばかりだった屋敷にようやく主食となるパンを出せるようになり、町で買い込んできた塩なんかの調味料を合わせれば一気にレパートリーを増やせるはず。となればいつもぐうたらしている屋敷の魔物たちも元気になるだろうから、さらに畑要員を採用してくるなんてこともできるのではなかろうか。
そんな夢を膨らませながら来週の収穫まで掃除を手伝っていく。
「そうじをてつだったとおもったら」
「ひとりごとばかりでにやにやと」
「したばらがだらしないからね」
次に町へ出るまでになんとしても痩せなければ。口の悪いウサギに意志を折られている場合ではない。
畑の様子を見つつ、屋敷の掃除をしたり、お花を飾ってみたりしていると、ついに収穫のときを迎えることができた。
「おお、黄金色の麦畑……、は季節どおりなんだよね。この畑を見てると季節感があやふやになってくる」
トマトの隣にトウモロコシがあったり、もはやどの植物がどの季節に旬を迎えるのかもわからない。このままではいろんな感覚が狂っていきそうで、なんだか危険な気がしてしまう。
「おいしければいいか」
「むつかしいことは気にしないニャ」
「あんた達、ほんとにそれでいいのかしら……」
珍しくリーフェアが心配してくれているのを背中に受けながら、麦畑、サトウキビ畑など、一面に広がる畑を全て収穫していこう。……3人で。
すでに弊害が現れていることに戦慄しつつサトウキビ畑へ歩いていくと、なにやら辺りに蠢く音を耳にした。枝をへし折るようなそれは複数聞こえていて、現場に緊張が走る。
もしかして野生の魔物が畑を荒らしにきたのかと及び腰で覗いてみると、確かな気配がサトウキビ畑を揺らしているのがわかった。
それはとても賑やかに……、大きな深緑の体躯を据えて……
「お……、に……?」
「グアァ?」
「いぃぃやああぁぁぁ!!! おに! おにおにおに! 鬼いぃぃ!!」
背の高い畑に鎮座していたのは、座高だけでわたしを上回る大鬼だった。振り向いた顔には般若の面相が睨みを利かし、2本の鋭い顎牙にはサトウキビの筋が挟まっていて「おめぇも擦り潰してやろうか」と語っているよう。
合わせた瞳を逸らすこともできず尻餅を突いてあわあわと呻いていると、恰好の獲物を狙い定めた強食の眼が迫ってきた。
「……おめぇも、くうか?」
「…………へ?」
食ってやろうか、ではなく「食うか」と言われたような。あまりの恐怖に聞き間違えたのかな。
「ていうか、人の言葉で聞き取れる? すると、もしかして……、あなたもフェリクスさんの?」
「ふぇりくす……、ふぇり…………、ああ、フェリクス。おれの友だち」
やっぱり、この大鬼もフェリクスにテイムされていたのね。かなり頭を捻らないと思い出せなかったみたいだけど、それは大鬼の本質なのか、それともフェリクスがあまりにも姿を見せないからなのか。
ともあれ、テイムされた魔物ならば危険はないよね。体格と表情は怖いけど、きっといい子のはず。ほら、いまもサトウキビをムシャムシャしてるし。
「あらぁ~、ピーガじゃなぁ~い。こんなところでなにをしてるのかしらぁ?」
大鬼の食事姿を小動物っぽいなと見つめていると、背後からリーフェアが飛び出してきた。ピーガと呼ばれた大鬼は、彼女に触れようと手を伸ばしている。
「リーフェア、おめぇも食うか?」
「ふふ、そうね。少しいただこうかしら」
あんなに小さな妖精が大鬼に臆することなく接しているなんて、魔物の世界は見掛けだけで判断しないのだろうか。親しげにじゃれあう様はとても微笑ましい。
「でも、収穫物を勝手に食べちゃダメでしょう?」
なんだかリーフェアの空気が黒くなってきたような。……いつもどおりか。
相手の失態を認めた彼女は、ピーガの背後から現れた2体の大鬼を見て、その笑みを深くする。
「あらぁ、キューガにアルガまで。ちょうどいいわ、3人とも収穫を手伝ってちょうだい」
「え、おれたちの仕事じゃ……」
「手伝って、くれるわよねぇ?」
背を向けていて表情はわからないが、彼女のお願いを聞かされた大鬼たちは背筋を伸ばして頷くしかなかった。
「「「コクコクコク」」」
「おりこうさん」




