14話 新しいわたし
女の子との別れも程々に、捕まったわたしは馬車に揺られていた。あまりに早い展開だったので考える隙も与えられず、あれよあれよとこんな状況に。
後ろから必死で併走しているリアカーの音が聞こえてくるなか、隣でおとなしく座るニアは呆れ顔をしていて、正面に座る人物は視線を遠くにイケオジ感を醸し出している。スタイルもいいし疲れた表情がまた渋くて、これはそうとう女性を泣かせてきたタイプであろう。
「まさか生きている間に魔法使いと遭遇するなんてな。さて、これからどうしたもんか……」
短い橙髪に指を沈めたイケオジは覚悟を決めたように1つ咳払いをした。
「先程は無理を言ってすまなかった。あのままでは町が混乱する可能性があったので馬車に避難してもらった」
「そ、それはすみません。わたしも魔力で遊びすぎたというか」
王国でも貴重な魔力をあんなに振りまいていたから、周りの人たちの反応も大きくなっていた気がする。早めに馬車が来てくれてよかったよ。今後は気をつけなきゃ。
「改めて、私はここの町長を任されているベルトランだ。我が民を守ってくれたこと、最大限に感謝する。ありがとう」
「困っている人を助けるのは当然ですから、気にしないでください。それと、わたしの名前はレ――(本名はまずいのかな?)――」
伯爵令嬢の名前は町長も知っている可能性が高いし、万が一、顔を見たことがあったなら身バレの危険も出てきてしまう。わたしが生きていることを領都に報告されたら、せっかく手に入れた自由が崩れ去るだろう。
この生活を続けていくのだから、今後も考えて新しい名前を作っておくべきだ。
「レテ……、レタ……、どうしよっかな……」
名前を考えるのって意外に難しい。どうせなら愛着が持てるのにしたいなぁ。と悩んでいると、隣で座っていたニアが膝をつんつんしてきた。
「『ティア』、ニャー」
「おお、ティアか! いいわねぇ! そう、わたしの名前はティアで決まりよ!」
わたしは貴族レティシアではなく、一般人のティアになりました! いいね、いいねぇ~。なんだか見える景色まで変わったみたいだよ。
名付け親になってくれたニアと満足した笑みを交わしていると、話に付いてこれないベルトランは疑問を追及するでもなく、そんな些細なことはどうでもいいかと話を先に進めた。
「ティアでいいんだよな。確認しておきたいんだが、君はこれからも町に滞在する予定なのか? ……その、魔女っ子として」
「町にはこれからもお世話になる予定ですけど……、魔女っ子?」
「君は魔法使いか魔女になるために町へ修行に来たのだろう? なによりネコを連れているじゃないか」
いきなりの指名を受けて身構えたニアは、『普通のネコ』を演じているのを思い出して体を丸めた。ベルトランはネコを連れている点を上げて魔女っ子だと断定したらしいけど、そこにこだわりでもあるのかな。
「この町には野菜を売りに来ただけですよ。必要なら商人ギルドの登録もしておこうかなと思ってまして」
「君は商人として登録を済ませていないのか。それなら今後も町で融通できるようこちらで手配しておくから、買い取りもうちで済ませてはどうだ」
「ほんとですか!? ありがとうございます!」
それなりの量を売るには市場のバランスを安定させるために、商人ギルドに登録して商売の許可を得る必要がある。そんなことをしていたら観光の時間がなくなると心配していたのだけど、ここで都合よく同時にこなせるとはありがたい。
「秘書に言伝をしておいてやろう。さあ、話の続きは屋敷で行うか」
野菜の行く末が定まったタイミングで、なにやら表情の硬い町長を乗せた馬車は屋敷へと辿り着いた。
居心地の悪さを感じつつも案内された部屋に入ると、手際よくソファーを勧められてお茶の用意をテーブルに整えられる。言伝を受けた秘書が侍女たちと音もなく退室し、わたしとニアの正面に腰掛けるベルトランだけが残された。
「まずは先ほど捕らえた輩のことだが、あれはおそらく付近に蔓延っていた盗賊のしたっぱだと思われる。奴らの存在は数カ月前からわかっていたんだが、誰が指示を出してるのかなかなか尻尾を掴めなかったんだ」
「それを、わたしがやっつけたと」
「まだ地道な戦いが続くだろうが、確かな手掛かりにしてみせるさ」
盗賊を捕らえたとはいえ、したっぱから得られる情報は限られている。アジトまではわからないだろうけど、それでも今回の手口から予想を立てていきたいとベルトランは言った。
被害が大きくなれば領騎士団への要請も視野に入れているらしいので、きっと近い間に解決できると思われる。
騎士団か。エドワールはどうしてるのかな……。
「そこで、光の糸を見せてくれた君には礼をしたいんだが、なにか要望でも?」
「え、報酬というならもういろいろと……」
町長には商人ギルドの登録や野菜の買い取りまでしてもらっているけれど、まだ報酬をくれるだなんて。
「先程は私個人としての礼だと思ってくれ。これは町の代表としての正式な報酬なので、そこまで気負うことはない」
気負うなと言われても本人としては困るのだが、紅茶の香りを嗅ぎながら考えてみる。
「なにかほしいモノとかあったっけ」
この町には今後もお世話になる予定だし、あんまり無茶を言って心証を悪くしたくないから、功績に見合ったモノにしておきたい。む~ん。
「そうだ! 新しい種も仕入れようと思ってたので、いろいろありませんかね? たとえば、『サトウキビ』とか」
「サトウキビ!? あぁ~確か、収穫サンプルとして保管していたやつがあったはずだ。この辺りでは気候が厳しくて育たないが、それでも構わないなら分けてやろう」
わお! やったね! これでサトウキビを量産したら……、ぐへ、ぐへへへへ。
「栽培できるわけでもないのに報酬にまで植物を選択するとは、これも修行の一貫ということなのか」
あれ、まだその設定から離れてなかったのね。別にいいけど。
些細なこだわりよりも砂糖へのニヤニヤが止まらないわたしをよそに、野菜の買い取り手続きをしていた秘書が戻ってくる。にこやかに近づいてきた秘書は換金したお金をわたしに渡すと、その機敏な動きのままベルトランに耳打ちをした。かなり慌てているみたいだし、なにかあったのかな。
「スイカ!? それにトマトだと!?」
耳打ちの内容が漏れているけど、リアカーには不思議野菜も積んでいたので、町長が驚くのも無理はない。
「しかも完熟だと。どういうことだ……?」
それはわたしも驚いた。しかし、実際に説明を要求されると難しいし……、帰ろう。
「おじゃましましたー。失礼しまーす」
「もしかして、これも魔法だというのか――って、勝手に帰るんじゃない!」
「ベルトラン様! 速達通知、王都からです!」
「今度はなんだ……!?」
わたしと入れ替わるように王都からの速達便が届けられると、ベルトランは勘弁してくれと顔を歪ませた。
「『来週、王女殿下来る』だと…………。魔女っ子と王女殿下の接触を何が何でも阻止せねば。あの2人が出会うとは思えんが……、なぜだろう、また若皺が増えそうだぞ……」




