12話 町にて早々……
ニアに急かされながらリアカーを引いていると、円テーブルが並んだスペースに辿り着く。手前側にはカウンターがあるので、ここは食堂として接客されていた場所なのだとわかった。
正面には埃が貼りついた曇りガラスに挟まれる形で両開きの扉があり、わたし達はその取っ手を押し開く。
暖かい春の陽気が吹き抜け、明るい日差しに照らされる視界には、通りを行き交う人々の姿が、命の音が溢れている。
町に出てきたのだ。
「町だ……、町だよニアちゃん!」
「だから、町へは扉1つだと言ったニャ」
言われてはいたけれど、あの森に囲まれた屋敷から本当に町へ行けるだなんて信じられなかった。しかも扉1つで簡単に来れてしまうだなんて、こんなにも町が近くにあっただなんて。
「ずっと屋敷の中で暮らしていくつもりだったから、ちょっとビックリしちゃったよ……」
もうヒトとは関われないと思っていたから、この風景が懐かしくて、とても嬉しい。
「言っておくけど町でのボクは『ただのネコ』になるから、話し掛けられてもあからさまな返事はできないニャよ」
「そっか、町の人にはニアちゃんの声が聞こえないもんね」
一般的に魔物というのは危険な存在であると認識されている。一生を町の中で暮らしている人ならば魔物を見たことすらないかもしれないし、【テイム】を知らない人たちにとって魔物とは恐怖の対象でしかない。
町の人に警戒されないためにも、猫魔獣であるニアには普通のネコとして振る舞ってもらう必要があるのだ。わたし達が当たり前のように会話をしていても周りからは不審な目を向けられるだろうし、なにより決して二足歩行なんて披露してはならない。
「迷子にならないようにね、ニアちゃん」
「……、ニャン」
人の行き交う通りに出てきたわたし達は、野菜を扱っているであろう商業通りを探す。町の構造は基本的に統一されているので、中央広場に向かえばおのずと見つけられるはずだ。
「そういえば、こうして自由に町を歩くだなんて初めてかも」
貴族として生活していたころは、領主館の内外問わずどこへ行くのにも護衛という名の監視に囲まれていて、自分の意思で出歩くことを許されていなかった。それを思えば、随分と異なる環境に来れたのだと実感する。
今のわたしはどこにでも行けるし、どんなことでもできるし、あの屋台で食べ歩きだってできるんだ。……ああ、自由って素晴らしい。
「……寄り道してる暇ばないニャよ」
「わかってるわよ。観光は野菜を売ってからよね」
そうは言いつつ好奇心の向くままに辺りを見回していると、狭い路地から飛び出してくる複数の影が視界を横切った。ここで貴族社会に研ぎ澄まされたわたしの危機察知能力が鋭く反応する。
暗殺者……、違う……、誰かが追われてる……っ!!
「ニアちゃん、ごめん……!」
「ど、どこへ行くニャか!?」
リアカーを手放したわたしは無我夢中でそれらの影へと走り出す。怒鳴り声を上げながら人混みを掻き分ける男2人の先には、年端も行かない女の子が。必死で逃げている彼女の様子を見ていて何もしないわたしではない。
この領地に住む人たちを護るのが、わたしの役目なんだ!
「そこの2人、止まりなさい!!」
女の子を背後に隠す形で2人の男に向かい合うと、その男たちや周囲のギャラリーはもちろん、なぜか女の子までもが『ポカン』とした視線を送ってくる。
トラブルの臭いをいち早く察知して駆けつけたのは町の兵士でもない一般の女性で、しかもオーバーオールに麦わら帽子という、ザ・農民だったのである。
役人や商人ならばいざ知らず、身分の低い農民が町の人間に刃向かうだなんて考えられない。もしも相手が相応の権力を持っていれば、反意を持つ者の見せしめとして、吊し上げられてもおかしくないのだから。
それが身分階級という現実。それをわかっているからか、わたしの身形を見る2人の男は苛立たしげに眉を顰めた。
「農民が……、なんか言ったか……?」




