第二十五話 「黒炎」
「──成程な。腹は決まったらしい」
ゆっくりと椅子から立ち上がる男。その顔は、何処か笑っているように見えた。
否定してほしかった、のかもしれないと思った。本当に誰にも邪魔をされずに目的だけを淡々とこなすのなら、娘をむざむざ見逃すわけはないと。本当は優しいこの男は、間違っている自分を誰かに正してほしかったのだと、思った。
「だが止められるか。私を。私の執念を断ち切れるか。私の二年を。私の一切を諦めさせることが出来るか!」
「……諦めさせる必要なんてない。救うさ。全て、救って見せる」
「ふ、ふはははは!! 貴様にそれが──できるのならなァァァァァァ!!!」
「ああ。来い──【煉獄を穿つ暁の剣】」
僕の両手に一本の大剣が握られる。
赤い刀身から漏れる熱気。刀身に踊るように纏われた黒炎は、触れた石床が音もなく液体化し気化するほど。燃えることすら許さぬほどの煉獄の炎。
同時に、男の背後の石壁が吹き飛ぶ。
部屋に侵入する黒く、僕の体躯よりも遥かに太い腕。
その奥には多種多様な書物や魔法陣が床に描かれた、この部屋とは比べ物にならないほど広い立方体状の空間があった。天井は学校の体育館のそれをイメージすると、大体同じくらいの高さだろう。
そして、腕だけで壁を吹き飛ばした四つん這いのソレはその空間すら狭しと、立ち上がったなら二~三十メートルは優にあろうかという漆黒の体を窮屈そうに動かす。
それは、巨人だった。全身が漆黒で目だけが赤く光り、頭部が半ばで横に裂け口のようなものが形成されている。サリアさんはいつか、『悪魔は人の体に近いほど高位』と言っていたから大分強いだろう。
こんなものが入っているのなら、道理でこの部屋に下りる階段が異様に長かったわけだ。
「さて、有象無象の下級悪魔でも苦戦を強いられていたらしいが。十しかいない上級悪魔の一角をなす、この悪魔をどうにかできるかね」
「やるさ」
「ふん。──死ね」
石壁を突き破った腕に乗せられていち早く安全圏へと避難した男が腕を縦に振下ろし、それを合図に悪魔が咆哮した。
「来るわよ!」
「ええ……でも、大丈夫です。この剣は僕の最強のイメージとは違いますが……しかし、どうしようもなく強力ですから」
大木よりも太い双碗が目でとらえるのも困難な速度で僕に襲い掛かる。
が、僕は動じることもなく【煉獄を穿つ暁の剣】をその軌道上に運ぶ。
高速の腕が【煉獄を穿つ暁の剣】の刀身に触れた瞬間。
ドロリ、と。
飴細工のようにその体が溶け、液体化。地面に落ちるよりも早く気化し煙を上げる。
「悪魔が、融けた……だと!?」
「ええ。【煉獄を穿つ暁の剣】に込めた僕のイメージ。それは超高熱。物理法則と理屈さえ吹き飛ばす、ありえないほどの高熱です。あらゆる固体はこれに触れるだけで固体を保てない。融点を通り越し沸点へと至り、空気へと融けて霧散する」
「そ、そんな馬鹿な──それではまるで神器ッ……! 貴様が『三百人斬り』で神器を得たと聞いていたが、まさかそれか──!?」
「アレは騎士団を辞める時に王に還しましたよ。さて、もう終わりにしましょう。貴方の願いも後悔も、次の一撃で総て吹き飛ばす」
眼を閉じ、大剣を両手に構え、刀身を上に掲げる。
刀身を纏う黒い炎が先ほどまでとは比較にならないほどに燃え上がり、天へと昇る龍のようにうねり、天井をなめる。
天井を溶かしながら光線のように伸びた炎は、秒を越すごとに激しく、簒奪の時を待っている。
──目をあけ放つ。
「──スルトルの炎よ! 総て理へと至らしめろ! 【終焉の園】──!!!!」
剣を振り下ろす。
刹那。解放された黒炎が悪魔ごと空間を、空気を焼きつくした。




