第二十四話 「存在」
立っていたのは。サリアさんだった。
「なん…………」
「何で? 当たり前でしょ」
何が当たり前なのか。僕にはよくわからなかった。
どうして彼女がここにいるのか?
「まったく、また危ない橋を一人で渡ろうとして……今までは必要に迫られてたかもしれないけど、今回は私やほかの人を頼っても良かったでしょうに」
「そ、それは……」
「大体! 貴方は危なっかしすぎるのよ。そんなに強くもないのにちょっと目を離したすきに私から離れていくし……!」
「わ、わかりましたごめんなさい! 謝りますから、今はそれどころじゃ……!」
「っと、そうそう。それどころじゃないんだっけ」
サリアさんがその双眸を男へと向ける。
その視線にはどこか、憎しみのようなものが含まれている気がした。
「ふむ……【涼風】のサリアか。まだ冒険者などという戯れごとを続けていたとは驚いた」
「ええ。でも残念ね。あんたの野望……あの子を延命させたいんですってね。あの子もそれは知ってた。でも、それは所詮私の戯れごとで霧散するんだもの」
「どうかな。あの偽善者には遣うまでもなかったが、貴様を止めるために遣う悪魔はいくらでもいる」
「ええ、感じてるわ。二人掛かりで勝てないことはないでしょうけど、それではあんたの企みを阻止できないこともね」
「ほう。ならばどうする」
「決まってるでしょ? エイリアスになんとかしてもらう」
「…………ふっ。出来るものなら」
失笑というよりは、嘲笑に近いそれを最後に、男は黙って面白いものでも見るように椅子に座りこんだ。
サリアさんは男に向けていた視線を僕に向け直し、僕の両肩に手を置いた。
「聞いて。多分【再構築】ならあの子を治せる。どんな原因で体が蝕まれていようと、根本から作り直すあの魔法で何とかできない道理はない」
「……わかっています、でも」
「ええ、わかってるんでしょうとも。ならどうしてそうしないの?」
「……いいのか、と──あれは僕の力じゃないのに」
「嘘ね。それが貴方の負い目になっているのはわかる。でも人の命がかかっている現状、目にみえる最善策を放棄するほどじゃないはず。それが私の勘違いなら、一度救われた私が云ってあげる。私は貴方の意思に救われた。それだけは動かない事実。力がどこから来たものかなんて関係ない。貴方が救いたいと思ってくれたから、私はまだこうして生きてられている。だから、後ろめたさで無理に私を引き離すこともないの。貴方は胸を張って、恩人だっていえばいいのに……」
どこか哀しそうに目線をそらすサリアさん。
真向から、貴方は正しかったと……同時に間違っているという。
嬉しかった。肯定されたことが。悩む僕を間違っていると否定してくれたことが。
だけど。だけど──
「だから、教えて。何に怖がっているの? 貴方は何が怖くてそんなにも怯えているの?」
「怖がって……」
「それがどんなものか……きっと、私にも判る筈のものだから」
「どう、して……?」
「私の魔法の強さも生まれつきだから。私達、きっと少しくらい似てるのよ」
にっと笑って見せるサリアさん。
あぁ、この笑顔だ。
この笑顔に、僕は弱い。
本当に心配してくれている。慈しんでくれているとわかるから。
同い歳の筈なのに、まったく情けないとおもうけど。
この心配が、慈しみが。僕には本当に心地いい。
「…………怖いんです。僕は要らないんじゃないかって。みんなが讃えるのは僕じゃなくて、僕の力になってしまうのが、怖くて……与えられただけの力が僕の存在を喰ってしまう。僕はそれ以外要らないって言われるのが怖くて。戻れなくなるから一歩を踏み出せなくて! 僕がなくなってしまうのが──」
「…………そう。だったらどうして、私のことは助けてくれたの?」
情けなく体面もなく、子供のように泣きながら訴える僕に、サリアさんはあやすように問を重ねた。
「……助けたかったから……もう、失いたくなかったから。遠いうちはどうしようもないからと目を背けていられた、その距離が。その時はなかったから」
「だったら、その気持ちに従えばいい。何度でも言う。貴方は正しい。同時に間違ってる。強力な力それ自体は貴方の一部でしかない。貴方の全てには、きっとなりえない。もしみんなが貴方を見失って、貴方自身も自分がわからなくなって、世界から貴方が消えてしまっても、私が取り戻す。絶対に」
「どうして……僕にそこまでしてくれるんですか?」
「さぁ。どうしてでしょうね?」
悪戯っぽく微笑んで、サリアさんは僕には決してわからない質問を投げかけた。
涙をぬぐう。
決心はついた。
背中は押してもらえたんだから、後は足を一歩踏み出すだけだ。
「再構築」
唱える。その呪われたと思っていた言葉を。
今はすべてを拾い上げる可能性を秘めた奇跡の言葉を。




