第二十三話 「葛藤」
「私が最期にどうなろうが構わない。殺すというなら殺すがいい。殺していった人たちと同じ苦しみを味わえと嬲るならばそうすればいい。だが、あの子はどうだ? 死ななければならない理由などない! 病に侵されたのもただの運でしかない! それを私に許容しろというのか!? 出来るわけがないだろうが!! あの子は最早自分が死ぬのを静観するしかない! 日を越すごとに酷くなっていく苦痛にさいなまれながらだ! ……だから、待ってほしい。どうせ今からこの契約を君が防いだところで、死んだ人が生き返るわけもないのだ。私はいい。死ぬのは構わない。死なねばならない。自己の為に非道に身を落とした代償として。だがあの子は……何も悪くない。虫も殺さない子なのだ。優しい子なのだ。この契約を以てあの子を生きながらえさせる。それ以外にあの子が生きる道がないのだから。君が静観するだけで、誰も不幸にはならずあの子が生きるという結果だけが残るのだ。だから頼む。あの子に生きる道を与えてくれ」
この人の言い分は、どこか正しいと思った。
当たり前だ。少なくとも目の前の一人の父親にとっては正しいことなのだから。
否定されようと。憎まれ、呪われ、突き進んだ先に死しかないような道だとしても。
これまで積み重ねてきた常識も道徳も投げ捨てて、罪悪感に苛まれ自分が許せなくなる非道だとしても。
自分が誇れなくなろうと。愛する子の為ではなく自分の為だと言わねばならなくなるような悲しい道だとしても。
たった一つ、突き進むと信じたそれなのだから。
この人だけが信じる、正義なのだから。
この人は正しくない。間違っている。
だから僕はこの人を捕まえなければならない。
大衆の正義はそう言うだろう。
殺された人たちの恨みは。遺された人たちの想いはどうなると。
この契約が阻止できなければ、殺人鬼の望みだけがかなえられ、正しい人だけが割を食う。
そんなの間違っている、と言うだろう。
僕が騎士団にまだいたなら、容赦なく捕らえることを要求されただろう。或いは、此処に居たのがあの冷血な正義の執行者である日陽騎士団長だったならそうしただろう
それも正しい。間違っていない。
でも、考えてしまう。
もう人は死んでしまったのだから、あの僕を頼った優しい少女まで死ぬことはあるのか、と。
考えてしまう。どうしようもなく。
そして、僕には何もできない。
どちらが正しいかがわからない。天秤が傾かない。
どちらの正義に準じるべきなのか。
大衆の正義か、僕の正義か。わからない。
「……やはり即答はできないようだな。君の信念は空っぽで、一つ貫き通すと決めたものも何もない。だから揺れる。正義を為したいと考えながら、大衆の正義と自分の考えた正義に齟齬があると感じていながら、自分のエゴを貫く意思もない。君には何もない。……そんな君に私の目的を阻む権利などない! もう時間がないのだ。もう、あの子はいつ死ぬかわからない。壱秒が惜しいのだよ。さっさと踵を返して帰るがいい!」
「……………………」
葛藤。刹那の間にそれに明け暮れた僕は、心の中に響く声を聴いていた。
──本当は気づいているんだろう。
……何が。
──【再構築】ならすべてを救うことが出来る、と。
……それは。
──非道を行った父親は目的を果たす前に逮捕され、【再構築】で少女を治す。これ以上に穏便な落としどころがあるか?
……今、考えている。
──ないよ。そんなものはない。いいじゃないか、この使い方は正義だろ? みんな幸せになれる道じゃないか。どこに責められるいわれがある? 誰がこの行為を否定する? 称賛されるだけだよ。
それは違う。
──何が違う? お前と、お前が嫌悪するかつての地球にいたチーターどもは違うだろ?
同じだよ。何も変わらない。それが僕の力だと思うか。
──お前の力じゃないからなんなんだ? 建前を立てて言葉を濁してるが、結局のところ、お前は逃げてるだけだ。
…………
──選択から。葛藤から。『大いなる力を持つ者には大いなる責任が伴う』もんなぁ。責任逃れしたいだけの屑だよお前は。
…………
──お前が例えば十歳からその力を十全に振るっていたら。どれだけの人が救えただろうな? まさか考えなかったとは言わないだろ? 人を助けたいなんてのたまいながら、自分の逃げで救えなかった命のことを。
…………
──だから救えよ。これは救え。今までどうだったかなんてどうでもいいだろ? これからどうするかが大事なんじゃないのか? 時は戻らない。後悔なんてもう遅い。正義をのたまい続けたいのなら、さっさとくだらねえこだわり捨てて力振るえよ。クソ偽善者。
…………
──だんまりかよ。それならそれで、いい……理想を抱いて死ね
それは、或いは僕の中の正義というにふさわしいものかもしれなかった。
でも、でも僕には、それに応える資格も勇気も、なかった。
バン!!
突如、背後のドアが勢いよく開く。
思わず後ろを振り返る。
そこに立っていたのは──




