第二十二話 「偽善」
「……世界とはままならないものでね。欲しいと思ったものほど手に入らない。失いたくないものほど奪われ失われる。手から零れ落としたくないものほど無慈悲に零れ落ちていく。指の隙間をどれだけ狭めようと努力しても、それは悲しいかな、徒労に終わる訳だ。君にも経験があるだろ? エイリアス・シーダン・ナインハイト」
「ありますよ。ない人なんていない。それを否定したくて、何処かにあるはずの可能性を求めたくて、人は努力する。失ったなら取り戻す。零れたなら拾い上げようと」
「そうだ。だが大抵のものは零れたら地面に染み込んで取り戻すことなんて出来ないものばかりだ。だから私は思ったのだ。失う前に。零れる前にどうにかしなければとね。そして、それを行う為ならば。たった一つ失いたくない大事なものの為ならばどんな非道も躊躇わぬと決意した。決意し奮起し努力し猛進したのだよ。それを誰が責められる?」
「喪われた命と、遺された人達が」
「正論だな。だが呪いでは私は死なんよ。私の目的もとても止められん」
「僕が止めると言っています」
「無理だ。君は優しすぎる。優しすぎるが故に、この話をどうにかすることは絶対にできない。君には、君だけには出来ない。私を否定する事が。葛藤を禁じる事が。無慈悲を貫く事が出来ない。大衆の正義は君には不適なのだよ。わかるだろう? だから君は【日輪騎士団】を抜けた筈だ。違うかい」
「……それは」
「図星か。まぁそうだろうと思っていたがね。まぁ私の半分も人生を生きてない小供をいじめるのもこれくらいにしておくとしよう。少し、話でもしようか」
暗がりの部屋の中央にある円形テーブル。部屋の入り口側とその対面に、一つずつ椅子が備え付けられており、部屋の奥の方の椅子に男が座る。
手で着席を促され、渋々それに従う。僕も蛮族ではないのだから、話もせずに斬りかかったりしない。
「まぁ楽にしたまえ。何も武器を置けとまでは言わないから」
「置けと言われても置きませんよ」
「そうかな、案外大人しく従う気もするが」
「……御託はこれくらいにしませんか」
「あぁ……その前に一つ聞きたいんだが」
「何ですか?」
「上に悪魔がいたと思うんだが、アレはどうして来たのかな。少なくとも今の君に勝てる相手ではないと見込んでいたが」
「……倒して来ましたよ。どうしても頭蓋骨が割れないので苦戦はしましたが」
「苦戦という割には、まだまだ余裕がありそうにも見えるが……『三百人斬り』、どうやら嘘というには早計らしい」
「……もういいですか」
「あぁ。今度は君の方からなんでも聞くがいい」
「…………どうして、こんな事を」
「人を殺して悪魔と契約を結ぼうとした事かね。ならばさっき答えは言った筈だ。『それを失え』という、神を名乗る愚か者の言葉に屈しない為だよ」
「……何をそこまで。どうしてそこまで?」
「子を失う親の気持ちが、億分の一でも理解できるかい」
「……あの少女を……? 僕を頼って来た……」
「二年後に死ぬ、と二年前に言われてね。人の手ではどうにも覆しようが無いという。だが二年もあればわたしには十分すぎた」
「だから魔神を……自分の子供の為に、誰かの子を犠牲にしてまで……!!」
「綺麗事が私に必要だと思うかい? 言った筈だ。躊躇わぬと。顔も知らぬ赤の他人と、愛する娘。道徳なんて糞のようなものを天秤に載せなければ、どちらを選ぶなんて明らかだろうに」
「娘さんがそれを望むとでも!? 貴方がしたことは自分勝手に人の命を弄び、彼女の心を傷つけることでしかない!」
「馬鹿な。私はあの子の為になどやっていない」
「…………?」
「私の為だよ。何処をひっくり返しても私の為以外にない。勘違いしてもらっては困る。だからどうだっていいのだよ。あの子がどう思おうと。私を殺したいほど憎んで、親が殺した人達の魂で生き長らえた事に罪悪感も感じるだろう。優しい子だからな。だがいいんだ。生きてさえいてくれれば。死んではそれまでなのだから」
「だからって……!!」
「だったらあの子に死ねというのか!!!」
「────ッ!!」
狭い部屋の中に、過剰なほどな大声で響き渡る悲痛な叫び。それに、僕は何も言えない。綺麗事以上の事が。何も。何も。
「……綺麗事だけでは世界は回らん。自分で救いの手を差し伸べることもしないくせに、勝手な事を宣うな。偽善者め」
蔑むような視線に襲われ、それでも何も言えなかった。僕には何も出来ない。何も。何も──
……本当に?




