第二十話 「決意」
「殺す、って…………え?」
「驚かれるのも、無理はないかと思います。でも……どうしても、お願いしたいのです」
深々と頭を下げる少女。
……いやいや。
「流石にそれは、ちょっと……人を殺すなんて道徳的にもどうかと思いますし、そもそも犯罪ですし……」
「わかっています。でも貴方なら、と……思いまして……まず、話を聞いてくださいますか?」
僕は少し考えて、手で正面に座るよう促す。
殺すしかないという思考に至るほど複雑な事情があるのだろうし、少女が実の父に殺意を抱いているというのなら止めるのは年長者として当然の事だ。それに、殺人を犯罪だとわかっていて、自分でやろうとせず他人に頼もうとするところに引っかかりを感じた。何より、目の前のおとなしげな少女が悪い人間には見えなかったのである。
小さく頭を下げて少女が対面の席に座り、通りすがったウェイターさんに水を貰って飲む。一息ついたとみえるや、真剣そのものの表情で僕の眼を真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「少し時間を取ってしまいますが、一つ一つ、順を追って話そうと思います。よろしいですか」
「特に急いでいるとかはないので、大丈夫ですよ」
「そう、ですか。……まず、父の事です。父は、ある時からある儀式に狂気すら覚えるほどに一心不乱に取り組むようになりました」
「儀式?」
「はい。『魔神と取り引きをする』為の儀式です」
ガタッ! と。
反射的に立ち上がってしまった為に椅子が大きく音を立てた。
魔神の危険性を知っていた事。サリアさんから話を聞かされたこと。そして、目の前の少女が出会って早々に三日前の事件について聞いてきた事が、線になって繋がる。
「まさか、三日前の事件を起こしたのは──!」
「はい、父です。父は最近になって儀式に成功の見込みがつくと、悪魔を遣って取り引き材料となる魂を集めようと画策しました。そして、それはまんまと成功してしまったのです。父は取り引き材料を手に入れ、近いうちに魔神と契約を行うでしょう」
「…………そうですか……!! それで、父を殺せと?」
「その通りです。父が魔神を利用して何をするつもりかは知りません。ですが、人を殺してまで叶えようとしている願いが真っ当だとは、思えません。もう父は手を汚してしまいました。せめてその目的の成就は阻止しなければ、死んだ人達も浮かばれない……!」
落ち着いたように見えていた少女の顔が苦悶に滲む。言葉に熱が帯びたのを自覚してか、少女は少し顔を赤らめて一度水を飲み、胸に手を置いて深く息を吐いた。
きっと苦しいのだろう。悲しいのだろう。やるせない……のだろう。実の父が悪事に手を染め、その殺害を依頼することに、どれ程の痛みを伴うのか。想像するだけで辛くなる。
「……騎士ではなく貴方にお願いするのは、騎士ではそもそも動いてくれるかわかりません。動いてくれたとしても時間がかかれば時すでに遅し、となりかねません。だからお願いです。貴方という個人に、どうしてもお願いしたいのです。エイリアスさん、貴方がいい人だと、この街の誰もが知っているから。事情もよく知っている貴方ならきっと、良いようにしてくれる。そう思ったから」
心の底から吐き出すように、少女は言葉を紡いだ。丁寧に丁寧に。本心を叫んでいた。心から助けを求めていた。
「…………捕らえるくらいなら、お手伝いしますよ。何も殺すことはない、とまでは言いません。捕らえて、今の話が本当だとわかればきっとお父さまは死刑になるとも思いますから。でも、私刑を容認はできません。殺された人たちの為にも。……何より、貴方のためにも」
「……そう、ですね。私も少し、焦り過ぎたみたいです」
僕は、その淡々とした声色と表情の中に、安堵の感情があるのを見逃さなかった。
殺すのは簡単かもしれない。でも、彼女の中には永遠に後悔が付き纏う。今の安堵がその証拠だ。
優しい父だったのだろう、と思う。目の前の少女は、そんな父親が大好きだったのだろう、とも。でなければ存在を知りながら、そんな儀式を見過ごせる訳がない。父が手を汚すまで。取り返しがつかなくなってしまうまで、信じていたのだろう。
子供が実父を殺す。そんな悲劇を容認できるほど、僕は非情じゃない。
だから、僕が頼まれた責任を持って、きっといい形に持っていく。
これ以上誰も悲しまないように。
ちっぽけな胸の中に、確かな決意が漲った。




