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第十話 「一秒でも」

 素早く準備を済ませ、陽が傾き暗闇が広がりつつある街中を移動している途中、サリアさんがそういえば、と声をあげた。


「職業的に、一応私がこのパーティの頭腦担当ってことになるのかしら。それで構わない?」

「僕は勿論。是非サリアさんにお願いしたいです」

「…………にゃ(頷いている)」

「ゆっちんもまぁいいかなー。身体疲れる+頭疲れるとかやりたくないし。どっちかっていうと言う事聞くならダーリンのいう事のが聞きたいのはあるけどねー」

「ん、了解。じゃあまず犯人の捜索方法なんだけど……そこはメメルさんに一任しましょう。他に索敵できる人がいないし、戦力分散は敵の強さがわからないのに行うには危険すぎるしね」


 サリアさんの案に、小さく頷いて肯定の意を示す。明確に此処にいる四人より弱いとわかってるなら手分けしたほうが効率がいいが、もしかしたら四人合わせてやっと勝てるくらい強いのかもしれないし、何より無事に帰ってくると、受付嬢と約束をした。念には念を入れるに越したことはない。

 そんな事を考えていると、ふと、サリアさんが僕の方に体を寄せてくる。そのまま手を小さく招いたので、意を察した僕は少ししゃがんで耳を貸した。サリアさんは僕の耳に手を添えると、小声で話し始める。


「えっと……メメルさんがこのパーティの斥候だとは聞いているけど、所詮まだ『銅』クラスでしょう。大丈夫なのかと思って」

「あぁ……その事ですか。大丈夫ですよ。高級住宅街に着けばわかると思いますが」

「そう。大丈夫ならいいわ。今回は犯人像すらまだわかってないからただ探しているモノを見つけるだけの捜索とは違うし、少し心配だっただけ。──あと」

「はい?」

「顔。さっきからずっと怖いから……あまり思いつめないようにね」


 指摘され、思わず顔に手のひらを当てる。

 当てた手のひらに熱が伝わる。自覚はなかったが、僕はそれなりに──憤りを感じていたらしい。

 父さんが治めるこの街を不当に荒らされることが。そして、無辜の人々が戯れに命を散らされることが。

 償わせてやる(・・・・・・)──そう、どこかで思っていた。


「ありがとう、ございます。気を付けます」

「ええ。余計なことは考えないこと──死にたくなければね」


 確かな実績と経験に裏付けられたその言葉は、僕の胸にずしりと重くのしかかった。

 死ぬ、という感覚。身近に感じたのはケモノに腹を喰いちぎられたあの一度だけだが、暗く冷たい終わりは、二度と経験したくないくらいには苦い経験として僕の頭に堆積していた。


「じゃ、話はそれだけだから……着いたみたいね」


 ある地点を境に、見える景色ががらりと変貌する。

 ここまで通ってきた平民街とは打って変わって、綺麗な石造りの家々が並ぶ通り。多種多様な形状の建築物たちには趣向を凝らした装飾物が目立つところにいくつも飾られており、そこにかけられた金貨の枚数を想像させる。

 その街そのものが芸術品と言っていい。これがガルムエントの高級住宅街である。


 到着するや否や、サリアさんがあたりの様子を見てぽつりとつぶやく。


「思ったより人の混乱とかはないみたいね。捜すこっちとしては助かるけど、見つかってるだけで二十数人殺されている事件なんて、この街始まって以来の大事件でしょうに」

「多分、父さんが情報規制を敷いたんだと思います。ふさぐのが口だけなら父さんの手腕なら容易でしょうし、市民がパニックに陥ったときにどんな事態が起きるかわかりませんからね」


 この世界には、活版印刷こそあるものの新聞などはまだない。

 この事件もいつか歴史をつづる書物くらいには載せられることもあるだろうが、今起きているのを知っているのはごく数人だけだ。


「成程、ね。じゃあメメルさん、捜索をお願い──って、あれ!?」


 振り返ったサリアさんが素っ頓狂な声を上げる。それもその筈、メメルさんは既にそこにはいなかったのだ。数瞬前まで間違いなくそこにいたはずなのに、見渡せど見渡せどどこにも姿が見えないのだ。


「ん、あぁ。あの猫の子なら、もう行ったかな」

「もう……って、数秒目を離しただけでいないってどんな速度して──!?」


 『白金』のサリアさんですら、それには目を見開いて驚いていた。

 僕はもう驚かない。初めて会ったその時から、彼女のすごさは身に染みてわかっている。

 だから、僕がすべきことは信じて待つことだけ。


「お願いします、メメルさん。一秒でも早く──みんなの当たり前の日常を取り戻してください!」

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