第十六話 「絶望」
【斬獲する狼の牙】は、決定力というものに今ひとつ欠ける俺の切り札だ。撃てば隙が大きい。疲労も激しいが、代わりに鉄すら水に刃を入れるように斬る絶対の切れ味を誇る、家の書物の中から知り得た限り最強の技。習得に要した時間と苦労は途方もなく、また、それでも独学故に再現率は3%未満。
しかし、思う。かつて月をすら噛み千切ったとされるその牙は、たかだか3%でも僕には十分すぎると。鉄すら切り裂くこの技で届かない先などない、と──そう、思っていた。
切り裂くは黒い毛皮。その下から其れを紅く染め上げる鮮血は、だが、迸るといえる量には遠く及ばない。
獣の首筋に鋭く突き刺さる両手の剣は、硬い肉に食い込んで微動だにしない。
獣が大きく身体を振ると、剣を掴んだままだった僕の身体は大きく振り回され、自然と手が離れれば勢いのまま強かに木に背中をぶつけた。
ズルズルと滑り落ちていく感覚。視界がグルグルと回る。全身に走るリアルな激痛は、たった一つの事実を訴えている。
──敵わない。
そして、それを……僕は、あえて蹴飛ばし、見て見ないふりをした。
敵わない? 解っていた事だ。
だから逃げるのか? 違うだろう。
この力が、この想いが。
誰かの為になればと、そう信じて──剣を振り続けていたんだろう!!
目の前にいる、女の子一人救えなくて。この先誰が救えるって言うんだ!?
剣はない。が、手も足もまだ動く。
そう、此処で終わっても構わない。
目の前で助けを求めるこの子だけは、救って見せなくては──男が下がる!!!
「う、ぁ……あぁぁぁぁぁッ!」
咆哮。
喉が枯れて痛むが、なんて事はない。
少女に襲いかからんとしていた獣の視線が、こちらを向く。
立ち上がれば、足を一歩踏み出す──!
──瞬間。獣の顎は慈悲もなく、俺の腹部を捉えていた。
ガチリ、と。
鋭く、白く輝く犬歯が噛み合った。




