第十七話 「理想と現実」
投げ出され、どさりと地面に落ちて横たわる自分の身体が、他人のもののように感じられた。
腹からぼたぼたと臓物が飛び出している。
血が絨毯のように地面を赤く染めあげる。
腹の大半を食いちぎられ、胴体がまだ繋がっているのが不思議なくらいだ。
血が足りなくなったからか、視界がどんどんと暗くなっていく。
─────────やっぱり、無理か。
現実を見よう。
何年も積み上げた努力とやらは、初依頼の帰り道で噛み砕かれ。
何年も抱き続けた理想とやらは、今目の前で霧散しようとしていて。
やろうと思えばなんとか出来る──それが、現状。
だったなら、どうなんだ?
僕が一人で、勝手に理想を抱いて死ぬのはいい。でも、理想を抱いて殺すのは?
自分の拘りのために勝手に死んで、救いの手を引っ込めるのは、いいのか?
僕の理想。与えられた力を使わず人を救う事。
使わない事。救う事。
本当に重要なのはどっちなんだ、エイリアス?
決まっている。その答えは、とっくの昔に自分の手で証明している──!!!
諦める。
助ける事を、じゃない。
理想を抱いて死ぬ事を、諦める。
現実に理想が打ち砕かれるのなら、理想を捨ててでも現実に食らいつく。ズルでも何でもいい。手段を選んでいる場合じゃない。
やれるだけはやったから仕方ないなんて言えない。ズルを正当化する気なんてない。批難されるなら甘んじて受けよう。受け止めよう。
でも。やろうと思えば出来るのに、やらずに死ぬのは怠慢だ。
そういう奴を何と呼ぶ?
────大馬鹿野郎だ……!!!
「再構築」
飛び出した腑を左手で掬って立ち上がり、朦朧とした意識の中、その呪文を唱える。
「エクス、カリバー…………!」
刀身から溢れ出す神々しさすら孕む光。
右手に携えるは最強の一振り。
いつか、二度と握るまいと決意したそれは、確かな力を持っている。救う為に必要なそれを。
獣が辺りを等しく照らす光に釣られ、少女に向けていた視線をこちらに向け直す。殺意を持った紅い眼光。
「来いよ、イヌッコロ……!」
剣を片手で正眼に構え、睨み返す。
正真正銘、最後の一合。決意が意識を支え、その一瞬を待ち構える。
悠久と錯覚するような静寂の中、その刹那は唐突にやってきた。
獣が僕に向かって飛びかかる。それは、俊足にして瞬速。人間の反応速度を鼻で笑うような、感知すら許さない最速の一撃。食らえば死がもたらされる。
だが。
「……ぁ…………」
空気が僅かに揺れ。
「ああァあアあぁぁぁァぁァぁァッッッ!!!!!!」
感覚を超えて。その爪が命を奪うよりも早く、咆哮と共に振るわれる横薙ぎの一閃が。
獣と──視界内の全てを一緒くたに両断した。
バタバタと崩れ落ちる木々と共に、空中で二つに分かれた身体を地面に投げ出し、痙攣する獣。
それを力無く見下ろしていた僕は──流しすぎた血が作り出した血溜まりに、やがて力無く倒れ伏した。
薄い意識が途切れる前に……ごめん。そう、想いながら。




