第十五話 「玉砕攻撃」
前足から飛び掛かるケモノ。
速すぎて、避けきれない。
剣を交差させて前足を遮り防御する。
直撃は免れるものの、斜め上から襲い来る体重。膂力。
油断すれば、いやしなくとも、押しつぶされて背骨が折れる。
詠唱は間に合わない。魔法は撃てない。
だから俺はわざと足を前方に滑らせて、ケモノの下に滑り込んだ。
ぎりぎりのところで足が頭を逸れ、まさに九死に一生を得る。
懐の内側に潜り込んだから、そうすぐには反撃がとんでこない。
獣が着地し、振り向くまでのうちに立ち上がって、振り向きざまに剣を振るう。
それは、何を捉えることもなく空を切った。
──もういない!?
幾らなんでも、速すぎる。
小さいものが速く動くから見失うのならまだしも、あの人間よりはるかに大きいサイズの狼のようなケモノをいともたやすく見失うなんて──!!
横から差す殺気。
それを感じ取ると同時、前転の要領で前に飛び、身体を投げ出さず立ち上がって振り向く。
一瞬まで自分が立っていた場所を黒い風が通り過ぎ、その先の地面が大きくえぐられる。
ケモノがゆっくりと首を振り、俺を見た。
一度も、攻勢に出られていない。
その事実が重く胸にのしかかる。
緊張からか、運動量に反して息も切れてきた。
メメルさんに先に帰ってもらって、正解だった。
二人いたところで、これがどうにかなったとは思えない。
これ以上逃げまどっても、体力も魔力もジリ貧だ。
こうなったら、一撃に全てを賭ける思いで突撃するしか、ない。
玉砕攻撃を。
逆に、それくらいの覚悟で挑まなければ、僕は攻撃を届かせることすらままならない。
チャンスは、そう何度もはない。
ケモノはどこまでも侮ることなく僕を警戒している。
何処にどう打ち込んでも、どう迫っても迎撃されるイメージが脳裏をよぎる。
たった一撃。しくじるわけにはいかないのに。
「言っても……しょうがないか」
明確な隙なんて、期待する方がどうかしている。
強いものほど隙がなく、ケモノは俺より強いのだから。
最悪、隙ができたときは俺が力尽きたときというのも、あり得る。
「冗談じゃないだろ……」
自嘲する。
どうにもならなかったときなんて、考えない。
ただ、成功のイメージだけを想定し、意識から切り離した身体にトレースさせる。
走った。
風に後押しされ、初速を稼ぐ。
身体は全力で前に倒す。
右手は上に。左手は下に。
その様子は口を開くケモノに酷似している。
刃は牙となり、敵を噛み千切る。
体は顎と果て、敵を喰い尽くす。
目の前のケモノが口を大きく開く。
鋭く光る牙。
相対する、二体のケモノ。二体の狼。
──届かない。
刃を閉じるほんの一瞬前。俺はそれを確信した。
このままいけば、俺の刃が届くより早く、奴の牙が俺の首に食らいつく。
どうする? 今からなら、まだ回避に移ることも出来る。そうする事が賢明なのだろう。
しかし、それをしてしまえば、あとはもう緩慢に殺されるだけ。もうチャンスは巡るまい。
どうする、どうすれば──!
ゆっくりと流れる時の中。
唐突に、ケモノの体が、ブレた。
理由を求めて視線をずらすと、飛んできた焔がケモノの側面に着弾し、揺らめいている。
魔法だ。
誰が放ったのか。それは明白だ。
あの、生き残りの少女に違いない。
隙を作るために、生きる為に、恐れを殺して放ってくれたのだ。
──ありがとう。
心の中で礼を告げる。
この、彼女の勇気が生み出した、一瞬の、僅かな隙。
絶対に、無駄にはしない──!!
「月を食め──!!【斬獲する狼の牙】ォォォォォ!!!!!!」
咆哮し、刃が交差する。
黒い毛に包まれた体。
その内から、紅い血が噴き出した。




