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第十四話 「護る」

「【纏う暴風ガースティル・メルドゥム】!!」


 詠唱とともに、魔法を発動させる。

 風が吹き荒れ、しかし僕を避けるように纏われる。

 奥の手の大技、その2だ。

 纏う風に後押しさせ、スピードと破壊力を上げる魔法。

 消費魔力が著しく、あまり使われないが、れっきとした上級魔法。

 【ガームイェン流流砕術】と合わせれば、スピードを全て破壊力に回すこともできる、僕にうってつけの魔法だ。


 風に押されて速度を増し、ケモノめがけて全力で疾駆する。

 前足が。唯一その場に生きている少女に振り下ろされんとしている。

 やらせない。


「死な、せるかよぉぉぉぉぉ!!!!」


 右手に持った剣を振るう。

 ケモノは振り下ろしかけた前足を素早く切り返す。

 爪と、剣がぶつかり合う。


 ガギリ、と鈍い音。


「【ガームイェン流流砕術】奥義その三──【極流砕】っ!!」


 ぼそり、と呟き。技を発動させる。

 疾駆するエネルギーをそのまま、攻撃に移す。

 いや、【極流砕】はそれだけに留まらない。

 人体というのは、ただそこに在るだけでエネルギーを消費している。

 細胞は酸素と栄養を受け取って熱を発し、血液は心筋によって押し出されて体内を循環する。

 それらの、体内で発し、消化されるエネルギーの何割かをすら攻撃に乗せることで、攻撃をさらに強力にするのが、【ガームイェン流流砕術】の攻撃最強の奥義、【極流砕】だ。

 【ガームイェン流流砕術】には奥義が三つあるが、僕が覚えられたのは、一番簡単かつ使い勝手の良くないこれだけだった。


 僕に出せる最高の出力の攻撃は、ケモノの体を大きく吹き飛ばす。

 僕はそのまま、少女を護るように前に立った。


 息が、苦しい。

 走るエネルギーを流用して攻撃を振るえば足が止まるように、体内の熱や心臓の脈動を利用して攻撃を行えば、当然それらが失われる。

 だからこそ使い勝手が悪く、そのリスクを承知してでも【極流砕】を振るったのは、爪を砕くことを期待してだ。

 しかし。

 ケモノは弾かれただけ。受け止めたその爪には傷の一つすらついていない。

 うなりながら、黒い体の中で唯一赤い、瞳を鋭く光らせている。

 判っていたが、経験もなく実力もまだまだ未熟、よくみて『金』上位だろう僕なんかでは、『白金』があっさりやられるような敵に敵う道理がない。


 でも、それが何だというのか。

 勝ち目がないことが、目の前の女の子を見捨てていい理由になるのか?

 なるわけがない。この子は今、確かに生きたいといったのだから。

 仲間が死んで、目の前に殺戮の嵐があっても、それでも生きたいと、そう願ったのだから。

 手を差し伸べなければ、男じゃない(・・・・・)──!!


「やらせ、ねんだよ……! 僕が、じゃない。俺が(・・)だ!!」


 そう、僕がじゃない。

 貴族として、誰も悲しまない生き方を選択した、エイリアス・シーダン・ナインハイトとして、ではない。

 あくまで、俺。相良(さがら) 彰人(あきと)という、一人の男の残滓。意志として。

 目の前の女の子を、助けてみせる、と!!


「来いよ、バケモノ……!! 闘ってやる!!」


 両手に一振りずつ、剣を構える。

 身体を押しつぶすように分厚い殺気。しかし、堅い決意は最早、それに手を震わせることすらない。


 睨みあい、静止。

 纏う風が草の間を縦横無尽に駆け抜け揺らす音だけが、する。


 ふっと目の前からケモノが消える。

 咄嗟にしゃがんで頭を下げると、真上を横凪に振るわれた前足が通り過ぎ、逃げ遅れた髪が数本むしられる。

 即座にそのまま体を投げ出し、地面と平行に体を寝かせるような体制で、空中で回転。

 真上にある筈の前足を斬りつけようとするが、手ごたえはない。

 仰向けに地面に落ちると、ごろごろと地面を転がって追撃を回避。

 連続して繰り出される振り下ろしを回避し続け、一撃を受け止めて横に受け流したタイミングで素早く立ち上がり、体制を整える。


 すべての攻撃と回避が、俺よりも早い。

 風で体を覆う魔法、【纏う暴風】で普段よりも数段体の速度は上がっているから、まだなんとか生きていられる程度。

 それにしても、魔力消費が激しすぎてあと五分も持たない。


 襲われていた少女は、腰が抜けたのか逃げていない。

 俺が、何とかしなければ、二人とも死ぬ。


 考える。突破口を。

 小技はまだまだあるが、こんなケモノに通用するものはと言われれば数は少ない。

 大技は、今打てるのは【斬獲する狼の牙(ヴァナルガンド)】だけだ。

 しかし、あの技は、最強の切れ味を誇るが繰り出してからの隙があまりに大きい。

 あと一撃で確実に仕留められる。そんな状況でなければ撃てるわけがない。


 考えている暇も与えないというように、ケモノが前足を折る。

 俺はそれが、肉食獣がとびかかるときの予備動作だと知っていた──!!

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