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第十四話 おばあちゃんの家の匂い

 八月の空は、どこまでも青かった。

 車の窓から見える田んぼは一面の緑に覆われ、遠くの山並みの上には、真っ白な入道雲がゆっくりと膨らんでいた。道路脇では背の高い草が風に揺れ、ときおり蝉の声が車内にまで聞こえてくる。

「もう少しで着くぞ」

 運転席の父が、前を向いたまま言った。

「うん」

 後部座席のみゆきは短く返事をして、窓の外へ目を向けた。

 二十四歳になったみゆきが、父と母に連れられて祖母の墓参りに来るのは、ずいぶん久しぶりのことだった。

 大学を卒業して就職し、今年で二年目になる。毎日の仕事に追われ、実家へ帰ることさえ年に数えるほどになっていた。今回のお盆も、最初は帰省するつもりがなかったのだが、母から「たまにはおばあちゃんのお墓にも行ってあげなさい」と言われ、休みを合わせて帰ってきたのだった。

 祖母が亡くなったのは、みゆきが大学三年生のときだった。

 葬儀には参列した。

 棺の中で眠る祖母の顔を見たときには涙も流したし、もう会えないのだと思うと胸が苦しくなった。

 けれど、今になって祖母のことを思い出そうとすると、不思議なほど記憶が曖昧だった。

 優しいおばあちゃんだった。

 それだけは、はっきり覚えている。

 怒られた記憶はほとんどないし、会えばいつも笑ってくれた。自分のことを可愛がってくれていたのもわかっている。

 なのに、何をしてもらったのか、どんな話をしたのかと聞かれると、うまく答えられなかった。

 祖母の笑顔は浮かぶ。

 けれど、その笑顔の周りにあったはずの景色が、どうしてもぼんやりしているのだ。

「懐かしいわねえ、この道」

 助手席の母が、窓の外を眺めながら言った。

「昔はここ、もっと細い道だったのよ。おばあちゃんの家に行くとき、いつも通ったでしょう?」

「そうだったっけ」

「覚えてない? あなた、小さい頃は車に乗るとすぐ寝ちゃって。着く頃になると、おばあちゃんの家まだ? って起きるのよ」

 母は笑った。

 みゆきもつられて笑ったが、その光景は思い出せなかった。

 車は田んぼの間を抜け、古い集落へ入っていった。

     *

 墓地は、集落の外れにある小高い場所にあった。

 車を降りると、強い日差しが照りつけてきた。街中とは違い、周囲には高い建物がなく、風がそのまま吹き抜けていく。

 父は車のトランクから花と掃除道具を取り出し、母は線香の束を手にした。

「みゆき、お水をお願いね」

「わかった」

 三人で墓地の細い道を歩いた。

 祖母の墓は、少し奥まったところにあった。墓石の周りには小さな草が生えており、父はしゃがみ込んでそれを抜き始めた。母が花立てを洗っている間、みゆきは柄杓で墓石に水をかけた。

 水が黒い石の表面を伝い、夏の日差しを受けてきらきらと光った。

 掃除が終わると、父が花を供え、母が線香に火をつけた。

「はい、みゆきも」

 母から渡された線香を受け取り、みゆきは香炉にそっと立てた。

 細い煙が、夏の空へ向かってゆっくり昇っていく。

 その煙が風に流され、みゆきの顔の前を通り過ぎた。

 ふわりと、お線香の香りが鼻をくすぐった。

 みゆきは、思わず目を閉じた。

 懐かしい匂いだった。

 お墓の匂いではない。

 お葬式の匂いでもない。

 もっと温かくて、もっと穏やかな場所の匂い。

 ああ、そうだ。

 これは、おばあちゃんの家の匂いだ。

 その瞬間、長い間ぼんやりとしていた記憶の輪郭が、少しずつ鮮やかになっていった。

     *

 みゆきが小学三年生だった、ある夏の日のことだった。

 家族四人で、祖母の家へ遊びに行った。

 父が運転する車の後部座席で、みゆきは兄の隣に座っていた。車内には冷房が効いていたが、窓から差し込む日差しは強く、遠くの田んぼがまぶしいほど緑色に輝いていた。

「ねえ、まだ着かないの?」

 みゆきが尋ねると、父はバックミラー越しに笑った。

「もう少しだよ。あと十分くらいかな」

「さっきもあと十分って言ってたよ」

「そうだったか?」

「絶対言った!」

 兄が隣で笑った。

「みゆき、さっきまで寝てたくせに」

「寝てないもん!」

「寝てたよ。口開けて」

「開けてない!」

 兄妹の言い合いに、母が「はいはい、もうすぐだから」と声をかけた。

 やがて車は、田んぼに囲まれた細い道へ入った。

 祖母の家は、その道を少し進んだところにあった。

 瓦屋根の平屋で、広い庭には柿の木があり、家の裏には畑が広がっていた。玄関の横には大きな植木鉢が並び、軒先には風鈴が吊るされていた。

 車が庭に入ると、玄関の引き戸が開いた。

 祖母が出てきたのだ。

「ああ、来た来た。遠いところ、よく来たねぇ」

 祖母は満面の笑みで、両手を広げるようにして迎えてくれた。

「おばあちゃん!」

 みゆきは車を降りると、真っ先に祖母のところへ駆け寄った。

「おやおや、みゆきはまた大きくなったねぇ」

 祖母はそう言って、みゆきの頭を優しく撫でた。

「この前もそう言ってたよ」

「そうかい? でも、会うたびに大きくなってるんだから、しょうがないねぇ」

 祖母は楽しそうに笑った。

 父と母が荷物を下ろしている間も、祖母はみゆきと兄に次々と話しかけた。

「暑かったろう。さあさあ、早く上がりなさい。冷たい麦茶もあるよ」

 玄関を入ると、ひんやりとした空気が肌に触れた。

 古い木の床。磨かれた柱。畳の匂い。

 そして、その奥から漂ってくる、お線香の香り。

 祖母の家には、居間の隣に仏間があった。

 大きな仏壇には花が供えられ、金色の飾りが薄暗い部屋の中で静かに光っていた。

「まずは、ご先祖様にご挨拶しようね」

 祖母に言われ、みゆきと兄は仏壇の前に座った。

 父が線香に火をつけ、二人にも一本ずつ持たせてくれた。

 みゆきは見よう見まねで線香を立て、小さな手を合わせた。

 何をお願いすればいいのかわからず、ただ目を閉じていた。

 隣では兄が、ずいぶん長い間手を合わせていた。

 あとで何をお願いしたのか聞くと、「秘密」と言われた。

 仏間には、線香の香りが静かに漂っていた。

 その匂いを嗅ぐと、みゆきはいつも、ああ、おばあちゃんの家に来たんだなと思った。

     *

 昼になると、居間の大きな座卓には、たくさんの料理が並んだ。

 煮物に天ぷら、きゅうりの浅漬け、卵焼き、枝豆。大きなお皿には唐揚げが山盛りになっていて、炊きたてのご飯と味噌汁まで用意されていた。

「わあ、すごい!」

 みゆきが目を輝かせると、祖母は嬉しそうに笑った。

「いっぱい食べなさい。みゆきの好きな唐揚げも作ったからね」

「本当? やった!」

「お母さん、こんなに作らなくてもよかったのに」

 母が申し訳なさそうに言うと、祖母は首を振った。

「いいんだよ。みんなが来るんだから、これくらい作らなくちゃ。普段は一人で食べてるからねぇ。今日は賑やかで嬉しいよ」

 父は「いただきます」と手を合わせ、さっそく煮物に箸を伸ばした。

「やっぱり母さんの煮物はうまいな」

「そうかい? 味が濃くなかったかね」

「ちょうどいいよ」

 祖母は照れたように笑った。

 みゆきは唐揚げを頬張り、兄はおかわりのご飯をよそってもらっていた。母は祖母と近況を話し、父は懐かしい近所の人の話をしていた。

 居間の窓は大きく開け放たれていた。

 網戸の向こうには庭の緑が広がり、ときおり爽やかな夏の風が吹き込んでくる。風鈴がちりんと鳴り、遠くから蝉の声が聞こえた。

 エアコンなどつけていなかったが、不思議と暑さは気にならなかった。

 風が通るたびに、畳の上を涼しさが滑っていくようだった。

 祖母は自分の箸を動かすより、みんなの食べる様子を見ている時間の方が長かった。

「みゆき、唐揚げもう一つ食べるかい?」

「うん!」

「ほら、お兄ちゃんも遠慮しないで」

「もう三つ食べたよ」

「まだあるから大丈夫だよ」

 祖母は笑いながら、皿を二人の方へ寄せた。

 今になって思えば、あの料理は朝早くから準備してくれていたのだろう。

 煮物は前の日から仕込んでいたのかもしれない。唐揚げも、天ぷらも、家族が来る時間に合わせて揚げてくれたに違いない。

 けれど、子供だったみゆきは、そんなことを考えもしなかった。

 おばあちゃんの家に行けば、おいしいご飯がたくさんある。

 それが当たり前だと思っていた。

 食事が終わる頃、祖母がみゆきに声をかけた。

「みゆき、あとで畑に行こうか」

「畑?」

「そう。いいものができてるんだよ」

「スイカ?」

 みゆきが身を乗り出すと、祖母は嬉しそうにうなずいた。

「そうだよ。みゆきが来ると思って、いちばんいいのを取っといたんだよ」

「やったあ!」

 みゆきは思わず立ち上がり、母に「まだごちそうさまでしょう」と注意された。

 祖母は声を上げて笑った。

     *

 昼食のあと、みゆきは祖母に連れられて家の裏の畑へ向かった。

 兄は父と一緒に居間でテレビを見ていたが、みゆきは畑へ行く方がずっと楽しみだった。

 裏口を出ると、むっとした夏の空気が体を包んだ。

 畑にはナスやトマト、きゅうりが育っていて、葉の間からは赤く熟れた実が顔を覗かせていた。

「おばあちゃん、これも食べられるの?」

「そうだよ。こっちはトマト。もう少し赤くなったら食べ頃だね」

「こっちは?」

「ナスだよ。ほら、つやつやしてるだろう」

 祖母は一つ一つ、みゆきの質問に答えてくれた。

 畑の奥へ進むと、大きな葉が地面を覆っている場所があった。

 その間に、丸々としたスイカがいくつも転がっていた。

「わあ、大きい!」

 みゆきは目を丸くした。

「これ、おばあちゃんが作ったの?」

「そうだよ。毎日水をやって、大きくなれって言いながら育てたんだ」

「スイカって、お話すると大きくなるの?」

「さあ、どうだろうねぇ。でも、おいしくなってほしいと思って育てたら、きっとおいしくなるよ」

 祖母はそう言って笑った。

 みゆきはしゃがみ込み、スイカをそっと撫でた。

 ひんやりしていると思ったが、日差しを浴びた皮は温かかった。

「これがいちばん大きいかな」

 祖母は一つのスイカを選び、軽く叩いて音を確かめた。

「うん、これにしよう」

 収穫したスイカはずっしりと重かった。

 みゆきも持ってみたが、すぐに腕が疲れてしまい、結局祖母に持ってもらった。

「おばあちゃん、重くない?」

「大丈夫だよ。みゆきが食べるんだから、これくらい何でもないさ」

 祖母は笑いながら、ゆっくり家へ戻った。

 スイカは井戸水を張った大きなたらいに入れられた。

「三時になったら食べようね。それまで冷やしておこう」

「今食べちゃ駄目?」

「お昼ご飯、いっぱい食べたばかりだろう?」

「もうお腹空いたもん」

「まあ、しょうがない子だねぇ」

 祖母は困ったような顔をしながらも、嬉しそうだった。

 みゆきは何度もたらいを覗き込み、スイカが冷えるのを待った。

 やがて三時になると、祖母が大きな包丁でスイカを切った。

 ぱかりと割れた中身は、鮮やかな赤色だった。

「わあ!」

 みゆきと兄が声を揃えた。

 祖母はスイカを食べやすい大きさに切り分け、大皿に並べた。

 縁側に腰を下ろし、家族みんなでスイカを食べた。

 甘い果汁が口いっぱいに広がった。

「おいしい!」

 みゆきが言うと、祖母は目を細めた。

「そうかい。よかったねぇ」

「おばあちゃんも食べて!」

「食べてるよ。みゆきもいっぱいお食べ」

 祖母は小さく切ったスイカを一つ手にしていたが、ほとんど口をつけず、みゆきが夢中になって食べる姿を眺めていた。

 みゆきは頬に果汁をつけながら、次々とスイカを頬張った。

「ほらほら、口の周りが真っ赤だよ」

 祖母は手拭いで、みゆきの口元を優しく拭いてくれた。

「種はちゃんと出すんだよ」

「わかってる!」

 そう言ったそばから、みゆきは種を一つ飲み込んでしまった。

「あっ!」

「どうしたの?」

「種、飲んじゃった!」

 祖母は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑った。

「大丈夫だよ。お腹からスイカが生えてきたりしないからね」

「本当?」

「本当、本当」

 兄が横から「生えてくるかもしれないぞ」とからかい、みゆきは本気で怒った。

 その様子を見て、家族みんなが笑った。

 縁側には夏の風が吹いていた。

 風鈴が鳴り、庭の木々が揺れ、遠くの田んぼからは虫の声が聞こえてきた。

 祖母はみゆきの隣に座り、ただ優しい眼差しで見つめていた。

 何か特別なことを言ったわけではない。

 大好きだよ、と口にしたわけでもない。

 けれど、その目は、みゆきがそこにいることを心から喜んでいるようだった。

 みゆきはスイカを食べ終えると、祖母の膝に頭を預けた。

「おばあちゃん、また来るね」

「うん。いつでもおいで」

 祖母はみゆきの髪を撫でながら、ゆっくり答えた。

「みゆきが来るの、楽しみに待ってるからね」

 その言葉を、みゆきは何の疑いもなく信じていた。

 おばあちゃんは、いつでもそこにいる。

 また来れば、同じように迎えてくれる。

 ずっと、そう思っていた。

     *

 けれど、年月は静かに流れていった。

 みゆきが中学生になると、部活動や友達との約束が増えた。お盆に家族で祖母の家へ行くと聞いても、友達と遊ぶ約束があるからと断ることがあった。

 高校生になる頃には、祖母の家へ行くこと自体が少なくなっていた。

「おばあちゃん、みゆきに会いたがってたわよ」

 母にそう言われても、みゆきは「また今度行くから」と答えた。

 祖母が体調を崩したのは、みゆきが高校二年生のときだった。

 最初は入院したと聞いても、すぐに元気になると思っていた。

 母は何度か見舞いに行き、帰ってくるたびに祖母の様子を話してくれた。

「おばあちゃん、みゆきは元気にしてるかって聞いてたわよ」

「うん。今度行く」

 みゆきはそう答えた。

 けれど、学校の試験や部活動、友達との約束を優先しているうちに、時間だけが過ぎていった。

 大学へ進学すると、みゆきは実家を離れた。

 新しい生活は忙しく、毎日が目まぐるしく過ぎていった。祖母の体調を気にかけることはあっても、見舞いに行く機会はなかなか作れなかった。

 そして大学三年生の冬、祖母が亡くなった。

 知らせを受けたとき、みゆきはしばらく言葉が出なかった。

 いつか会いに行こうと思っていた。

 今度帰省したら、顔を見に行こうと思っていた。

 けれど、その「いつか」は、もう来なかった。

 葬儀の日、みゆきは棺の中の祖母を見つめながら泣いた。

 優しいおばあちゃんだった。

 自分のことを可愛がってくれた。

 それはわかっていた。

 なのに、具体的な思い出を探そうとすると、なぜかうまく浮かんでこなかった。

 最後に会ったのはいつだっただろう。

 最後に話したのは、どんなことだっただろう。

 そんなことさえ、はっきりと思い出せなかった。

 ただ、もう会えないという事実だけが、胸に重く残った。

     *

 お線香の煙が、夏の風に揺れていた。

 みゆきは祖母の墓の前に立ち、ゆっくり目を開けた。

 さっきまでぼんやりしていた記憶が、今は驚くほど鮮やかだった。

 玄関で迎えてくれた祖母の笑顔。

 仏間に漂っていた線香の香り。

 座卓いっぱいに並んだ料理。

 畑で見つけた大きなスイカ。

 縁側を通り抜けた夏の風。

 そして、スイカを食べる自分を嬉しそうに見つめていた、祖母の優しい眼差し。

 全部、思い出した。

 みゆきの目から、涙が一粒こぼれた。

 おばあちゃんは、いつも自分が来るのを楽しみにしてくれていた。

 朝から料理を作り、畑でスイカを育て、家族が揃うのを待っていてくれた。

 何かをしてくれたから優しかったのではない。

 ただ、自分たちが来たことを、心から喜んでくれる人だったのだ。

 それが、おばあちゃんの優しさだった。

「みゆき?」

 隣にいた母が、小さく声をかけた。

「どうしたの?」

 みゆきは慌てて目元を拭った。

「ううん……ちょっと、おばあちゃんのこと思い出してた」

「そう」

 母はそれ以上何も聞かなかった。

 父も黙って墓石を見つめていた。

 みゆきはもう一度、墓の前で手を合わせた。

 目を閉じると、祖母の声が聞こえてくるようだった。

『みゆきが来ると思って、いちばんいいのを取っといたんだよ』

 あのときは、ただスイカが食べられるのが嬉しかった。

 でも今ならわかる。

 おばあちゃんは、スイカだけを待っていたわけじゃない。

 自分たちが来る日を、ずっと楽しみに待っていてくれたのだ。

 みゆきは心の中で、静かに語りかけた。

 おばあちゃん、ごめんね。

 もっと会いに行けばよかったね。

 もっとお話ししたかったね。

 大人になった私のことも、見てもらいたかったな。

 しばらくそのまま手を合わせていると、頬を柔らかな風が撫でていった。

 みゆきは小さく息を吸い、もう一度心の中でつぶやいた。

 おばあちゃん、ありがとう。

 私、おばあちゃんのこと、ちゃんと思い出せたよ。

     *

 墓参りを終え、三人は車へ戻った。

 母が助手席に乗り込もうとしたとき、みゆきはふと思い出したように声をかけた。

「ねえ、お母さん」

「なあに?」

「おばあちゃんの家って、今どうなってるの?」

「家はまだあるわよ。今は誰も住んでないけどね。ときどき親戚の人が様子を見てくれてるの」

「そうなんだ……」

 みゆきは少し考えてから言った。

「今度帰ってきたら、行ってみたいな」

「おばあちゃんの家に?」

「うん。裏の畑とか、まだあるのかなって」

 母は少し驚いたような顔をしたあと、優しく笑った。

「畑はもう作ってないと思うけど、場所はそのままよ。今度、一緒に行ってみましょうか」

「うん。行きたい」

 みゆきはうなずいた。

 車に乗り込む前、もう一度だけ墓地の方を振り返った。

 青い空には、大きな白い雲が浮かんでいた。

 真夏の高い空を、ゆっくりと流れていく雲。

 その向こうから、祖母が昔と同じ優しい眼差しで、自分を見守ってくれているような気がした。

 みゆきは空に向かって、小さく微笑んだ。

 おばあちゃん、また来るね。

 今度は、もっといろんな話をしようね。

 夏の風が、静かに吹き抜けていった。

 どこからか、蝉の声が聞こえてきた。

 みゆきの胸には、もう消えてしまったと思っていた、おばあちゃんの家の匂いが、いつまでも優しく残っていた。

(第十四話 完)

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