第9話 『デンパ・デンパ』
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本作は、名前と使命以外の何もかもを忘れたの電脳戦士と普通の高校生が「二人で一つ」になって戦う、王道特撮リスペクトのSFバトルアクションです!
巨大化変身、武装、合体など、僕たちがあの頃夢見たロマンをこれでもかと詰め込んでお届けします。
それでは、第9話 『デンパ・デンパ』お楽しみください!
「……絶対に、あの女には裏がある」
休日の午前。西川勇樹の部屋の畳の上で、木下真守はへし折れそうなほど尖った声を絞り出した。長い足を窮屈そうに折り曲げ、額の眼鏡を指先で押し上げる。その瞳は、いつもの冷めた色を捨て去り、獲物を追う猟犬のような鋭さを帯びていた。
「またその話かよ、真守」
ベッドの縁に腰掛けた勇樹は、困ったように頭を掻いた。その手には、ごく普通の市販のスマートフォン――今や現実の裏側と戦うための唯一の武器となった、アプリ『HOMD』の画面が虚しく光っている。スマホの画面から、軽快な、しかしどこか引き締まった声が響いた。
『まあ待てよ真守。俺も未来のプロの戦士としてバグの気配には敏感な方だが、あの吉良って女子生徒からは、怪獣のデータ特有の悪臭はしなかったぜ?』
「ユナイト、お前までそんな甘いことを言うのか」
真守は鼻で笑った。
「昨日、ライオン型電脳怪獣――『ブレイズ』が消滅した瞬間を俺はハックサックのログで捉えていた。奴がノイズに還る直前、確実に響いたんだ。あの女が構えていた、カメラのシャッター音がな。偶然にしてはタイミングが合いすぎている」
「だけどさ、吉良さんは一般人だろ? デバイスだって持ってない。ただの偶然怯えて、必死にシャッターを切っちゃっただけかもしれないじゃないか」
勇樹は身を乗り出し、真守の目を真っ直ぐに見つめた。
「せっかく俺たちの戦いを知ってくれた、大切な仲間候補なんだ。これ以上疑うのはよそうぜ」
「お前のおめでたい正義感には反吐が出るな、勇樹」
「なんだと……!」
部屋の空気が、パチパチと静電気を帯びるようにピリつき始めた、その時だった。
――ブー、ブー。
勇樹のスマホが激しく震えた。画面に表示されたのは、件の人物――『吉良彗香』の名前だった。
『もしもし、西川君? 今日はお休みでしょ。よかったら、私とおしゃれなカフェにでも行かない?』
スピーカーから漏れ聞こえる可愛らしく甘い声。真守は忌々しそうに顔を背け、勇樹は「ほら見ろ」と言わんばかりに真守を睨みつけてから、通話ボタンを押した。
*
「うわ……マジかよ」
勇樹の家の前に迎えに来ていたのは、街の風景にはおよそ不釣り合いな、深い黒光りを放つ最高級の外車だった。
「お嬢がお待ちです。お初にお目にかかります、西川様、木下様」
車のドアを開けて一礼したのは、高級な黒スーツに身を包んだ、190センチを超える巨漢だった。漆原巌。引き締まった強靭な肉体と、隙のない紳士的な物腰。その圧倒的な威圧感に、勇樹はゴクリと唾を呑んだ。
「き、吉良さんって、いいところのお嬢様だったんだな……」
「ふふ、驚かせちゃった?」
後部座席の奥から、クスクスと鈴の鳴るような笑い声が響く。黒髪にメタリックシルバーのメッシュを入れた少女、吉良彗香が、首からお気に入りのクラシックカメラを下げて座っていた。
勇樹と真守が促されるまま座席に乗り込むと、車は静かに滑り出した。防音性の高い車内は、外界の音を完全に遮断し、不気味なほどの静寂が満ちていく。
真守は、隣に座る彗香の横顔をじっと見つめていた。その視線に気づいているはずの彗香は、窓の外を眺めたまま表情を変えない。沈黙に耐えかねた真守は、笑顔の仮面を張り付けながら、静かに牙を剥いた。
「そういえば吉良さん。昨日、君が『カメラのシャッター』を切ったのと同時に、あの赤い怪獣が一瞬で消えたよね。写真部のジンクスか何かなのかな?」
「おい、真守……!」
助手席の巌の肩がピクリと動いたのを、勇樹は遮るように声を荒らげた。
しかし、彗香は動じなかった。ゆっくりと真守の方を振り向くと、形の良い唇を三日月のように歪めて微笑む。
「この前も言った通り、これでも写真部。みんなが撮れない決定的な瞬間(写真)を撮って、何がいけないの?」
その瞳には、学校で見せる「おとなしい優等生」の影は微塵もなかった。冷徹な、底の知れない光が真守を射抜く。
「偶然をそんな風に疑うなんて……せっかく『仲間』だと思って、勇気を出して誘ったのに。木下君にそんなこと言われたくないんだけどな」
「ほら見ろ、真守!」
勇樹がすかさず真守を咎めた。
「吉良さんはただ、必死に俺たちの戦いの記録を残そうとしてくれただけだろ! 疑って悪かったよ、吉良さん。真守、お前も謝れ!」
「……チッ」
真守は奥歯を噛み締めた。自分の直感は絶対に正しい。それなのに、一番の相棒であるはずの勇樹には届かない。苛立ちと悔しさが胸の奥で黒く渦巻く。
それを見た彗香は、フイと哀しげなトーンを装って窓の外へ視線を戻した。だが、その口から放たれた言葉は、真守のプライドを完璧に粉砕するための、鋭利なガラスの破片だった。
「そこまで言うなら、私が西川君のサポートに回る」
「え……?」
勇樹が呆気に取られる中、彗香の冷たい丁寧なタメ口が、真守の耳元で残酷に囁かれる。
「木下君、あなたデータ解析が得意なんでしょ? でも……戦う勇気もないのに、ただ後ろでパチパチ画面を叩いてるだけの人に、私の何がわかるっていうの?」
「お前――」
真守の顔から血の気が引いた。戦う力を持たない無力さ。それを、これ以上ないほど的確に論理解体され、突き刺されたのだ。
車内は、息が詰まるほどの最悪な空気に包まれたまま、目的地へと近づいていく。
*
「巌、ここで降ろして。少し歩きたいから」
彗香の指示で、車は都市部の路上で停車した。ドアを開けて外に出ると、休日の歩行者天国は多くの人々で賑わっていた。しかし、真守と勇樹の間の溝は深まったままで、会話は完全に途絶えていた。
カフェへと向かう雑踏の中、異変は前触れもなく訪れた。
バチバチッ
不快な電子音が響く。
「あれ? スマホが動かないんだけど」
「電光掲示板、壊れてない?」
周囲の通行人たちが一斉に足を止めた。見上げれば、ビルの壁面に設置された巨大な大型ビジョンが、激しい砂嵐を上げて明滅している。若者たちのスマホ、自動販売機の電子決済、すべてのデジタル機器が、目に見えない巨大な力によって狂わされていた。
「電脳怪獣か……!?」
勇樹は即座にポケットからスマホを取り出し、アプリ『HOMD』を起動しようとした。しかし、画面に映し出されたのは、激しいノイズと『ERROR』の文字だけだった。
「クソッ、ジャミングが強すぎる! レーダーが死んでて、どこに怪獣がいるか視認できない!」
焦る勇樹。スマホの中からユナイトの警告コードを読み取ることもできない。デジタルという現代の盾が、完全に殺された瞬間だった。その時、横でクスクスという、場違いな笑い声が聞こえた。
「デジタルはこれだから脆いのよね。――私の、使ってみる?」
彗香が不敵な笑みを浮かべ、首から下げていたアンティーク調のレトロなクラシックカメラを、真守の目の前に差し出してきた。
「な……」
真守は怪訝に思いながらも、背に腹は代えられないと、その金属製の重たいカメラをひったくるように受け取った。レンズを構え、ファインダーを覗き込む。レンズ越しに見る世界は、液晶画面のようなデジタルノイズに邪魔されることのない、純粋な光の景色だった。
真守はファインダーを覗いたまま、激しく左右にカメラを振る。
歩行者天国、ビル群、路地裏。
「……誰もいない。何も映らないぞ! どこに潜んでいるんだ?」
『木下、そこじゃない!』
ハックサックの布地から、微かにユナイトの残響ノイズが真守の脳内に直接響いた。真守の天才的な脳細胞が、その警告と同時に、ある一つの「不自然さ」を弾き出す。周囲の電波障害が、同心円状に“上”から降り注いでいることに。
「――いや、違う! 地上じゃない!」
真守は、カメラのレンズを、へし折らんばかりの勢いで「天」へと向けた。
「上だ!!!」
ファインダーの十字線の真ん中。遮るもののない、休日の抜けるような青空の向こうから。ビル風を切り裂き、大気をバグデータで激しく歪ませながら、超高速で急降下してくる凶悪なシルエットが、はっきりと捉えられていた。
機械的な翼を広げ、鋭い鉤爪をこちらへ向けた、巨大な『イーグル型電脳怪獣』。
「上から来るぞ、勇樹っ!!!」
真守の絶叫が、ノイズの街に響き渡った。
第9話をお読みいただきありがとうございました!
休日のお出かけという日常から一転、車内での彗香と真守のヒリヒリするような心理戦はいかがでしたでしょうか。
スマホ(デジタル)が殺された絶望のなか、レトロカメラというアナログで上空の怪獣を捉える引きがお気に入りです。
物語はさらに加速して第10話の怒涛の決戦へと繋がっていきます。
「彗香可愛いい!」「心理戦面白い!」と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や【評価(☆マーク)】での応援をよろしくお願いいたします!




