第九十八話
しばらく、森を静寂が覆う。そして、少ししてリンネが小さく息を吐いた。
「……分かった」
その一言に、シズクも力を抜く。そしてリンネは続ける。
「……だが、放っておいたら少しでも危険になる可能性があると判断したらすぐに殺す。それだけは譲れん」
「ああ。最初からそのつもりじゃ」
その言葉に、シズクもゆっくりと頷いた。
「……無理に引き延ばすつもりはない。観察できるだけ観察し、頃合いを見てほんの少しでも危害を加える可能性が出てきたら、始末。それで十分じゃ」
その会話の間も、ミリスは黒い塊を見つめていた。
「……これ、さっきから本当に、生きてるみたいで――」
ミリスの視線の先にある黒い塊は、心臓のようにゆっくりと脈打ちながら、とろり、と表面を揺らしている。
あまりにも静かで、あまりにも――不気味だった。
「……今日は、戻るぞ」
そう言うと、リンネは後ろを向き、ゆっくりと歩き出した。
「明日からは、この菌の様子を見ながら……ヘヴィクムが出てくるのを待つ」
それを聞いて、二人は声を出さずにリンネの後についていった。
そして、翌日の夕方。
三人は再び同じ場所へ来た。黒い塊は昨日と変わらず、同じ場所にあった。
「……変化は」
リンネが目を細める。そして、ミリスは慎重に見て、言う。
「……だいぶ、大きくなってるような気が……」
シズクは距離を保ちながら塊に少しだけ近づき、しゃがみ込んだ。そして、地面との大きさを見比べる。
「昨日と比べ……三割近く、膨らんでおるの」
拳ほどだった塊は丸みを増し、わずか一日とは思えないほど成長していた。
「……ここまで、育ってるのか」
リンネが低く呟いた。その直後だった。
「……来た」
森の向こうから、葉を踏む足音が聞こえた。
三人はすぐに茂みへ身を隠す。やって来たのは、昨日とは別の男だった。
男はふらつく様子もなく、ただ歩き、黒い塊の前で立ち止まる。
何も話さない。
何もしない。
ただ、一分ほどその場に立ち尽くす。そして昨日と同じように、静かに王都へ戻っていった。
「……またじゃ」
シズクが小さく呟く。
「何もしていないようにしか見えません……」
ミリスも困惑した表情を浮かべる。だが、リンネはまた、男が立っていた場所を見つめ続けていた。
「……いや」
二人がリンネを見る。
「"何もしていない"ように見せてるだけかもしれない」
黒い塊は、さっきよりもわずかに表面の脈動が強くなっているように見えた。
気のせいかもしれない。
だが――
「もう1日だけ見る……想定より成長が早い。これ以上大きくなるようなら、観察は終わりだ」
シズクも反対しなかった。
「……うむ。それ以上育つようなら、さすがに放置はできぬ」




