第九十七話
王都の外に繋がる大きな門に着く頃には、すでに日は大きく傾いていた。三人はその門から少し離れた場所で身を潜めていた。
「本当に出てくるんじゃろうか」
シズクが小声で言う。
「……来る」
リンネが答えた、その直後だった。街の方から1人の男が歩いてくる。
「散歩に行ってきますね」
「……はい、それでは、外出お気をつけてくださいね」
男がゆっくり門から出ていく。高熱があるとは思えないほど普通の足取りだった。男は辺りを一度だけ見回すと、そのまま歩き始める。
リンネたちは、距離を保ちながら男の後を追う。
男は大きな街道に沿って少し歩いてから、道を外れ、小道に入っていく。
さらに森の中まで進むと、人通りはなくなり、葉が空を覆い始める。
森の中に入り少しして、ミリスが不安そうに囁く。
「こんな奥まで……」
男は振り返ることなく歩き続け、やがて、開けた小さな空間へ出た。
男はそこで足を止める。
「……」
何も喋らない。
何も持っていない。
ただ、前を見つめたまま立っている。そして、一分ほどそのままそこに立っていた。
「何を……」
ミリスが呟いた、その時だった。
男がゆっくりと振り向き、来た道を、そのまま歩いて戻り始める。
「な、帰るのか……?」
シズクも困惑した表情を浮かべる。男はそのまま森を抜け、王都の方へ消えていった。
完全に姿が見えなくなるまで待ったあと、リンネは静かに立ち上がる。
「……行くぞ」
三人はさっき男が立っていた場所へと、落ち葉を踏み分けながら向かう。
そして――リンネの足が止まった。
「……っ」
さっき男が立っていた地面の中央。
そこには、拳ほどの大きさの黒い塊が、ゆっくりと脈打ち、どろり、と。粘ついた黒い表面がわずかに揺れていた。
その物体を見て、ミリスの表情が凍りつく。
「こ、これ……! あの村の……!」
リンネは目を細める。
「……ヘヴィクムの、菌の塊だ」
前の村で戦った、あの黒い菌の塊。
あの時よりは大きさは遥かに小さい。だが、見間違えるはずがなかった。リンネは反射的に唱えようとする。
「ここで消す……変し――」
だが、その瞬間――
「待つのじゃ……!」
シズクがリンネの腕を掴んだ。リンネは言葉を止め、シズクの方に振り向く。
「……離せ。大きくなる前に消さないと……」
「おぬし、一旦落ち着け」
シズクは黒い塊から目を離さず言う。
「ここで壊せば、確かに一つは消えるじゃろう……じゃが、それで終わりか?」
リンネはその言葉に少し黙った。
「住民は、なぜここへ来た? ここで何をさせられている? そして……これは、誰が置いた?」
シズクは静かに続けた。
「まだ、あの時よりはだいぶ小さい。本当に狙うべきは、この塊ではない……ヘヴィクム本体じゃ。」
「もし……この塊から菌が広がったらどうする」
「その危険はある。じゃが、おぬしが今ここで壊しても、本体がおる限り同じことを繰り返されるだけじゃ。それなら、この塊を泳がせて、本体を探り当てる方が得るものは大きい」
森を吹き抜ける風が、黒い塊の表面をわずかに揺らした。リンネは腰のベルトから手を離さないまま、それをじっと見つめていた。




