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第九十六話

 その日の夕方。

 異変報告場の一室では、報告書の整理が続いていた。机の上には、発熱患者の一覧が置いてあり、その横には、職員たちが新たに書き加えた聞き取り内容が並んでいる。


「……リンネさん、これ見てください」


 若い職員が一枚の報告書をリンネへ差し出した。


「ん?」


 リンネは受け取り、目を通す。

 症状に大きな変化なし、高熱は継続。


 そこまでは特におかしくなかった。だが、その下の一文で視線が止まる。

『最近いきなり毎日夕方になると、一人で王都外に散歩へ出かける』

 

「……王都の外へ散歩。それを報告書に書いたのか?」


 リンネが小さく呟くと、職員は少し悩むような表情を見せた。


「それがですね……最初はただの散歩かと思って書かなくてもいいと思っていたんですが……」


 さらに別の書類を差し出す。


「こちらもです」


 そこには――

『患者。夕方に外出』『行く場所は不明』『家族に理由を聞かれても「少し歩くだけ」と回答』


「……」


 さらに一枚、二枚、三枚。同じような"散歩"の書かれた報告書が増えていく。

 リンネの眉がわずかに動いた。


「……こんなにあるのか」

「はい……しかも、本当にここ最近になってかららしいんです」


 職員は頷き、十枚近い報告書を机へ並べた。


「全員ではありません。でも、何人かに共通しています」


 ミリスも書類を覗き込む。


「本当ですね……」


 住所は違う。

 年齢も違う。

 性別も職業も違う。


 それなのに――


『夕方』

『一人で』

『王都外に』


 その三つだけが、共通していた。


「家族は止めないのか」


 リンネが尋ねると職員は一つの報告書を指差して答える。


「止めても、『少し散歩してくるだけだから』と言って出て行くそうです。帰ってきた本人も、特に変わった様子はないと……」


 それを聞き、部屋が静かになる。少しして、リンネは報告書を閉じて言う。


「……行く」

「え……?」

「その患者を追う」


 その言葉に、ミリスとシズクが顔を見合わせる。


「……尾行、するんですか?」


 リンネは短く頷いた。


「理由があるなら、それを確かめる」

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