表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
95/101

第九十五話

「……どうしたんじゃ?」


 シズクが顔を上げる。だが、リンネは答えず、ただその一文だけを見つめていた。


 騎士を盗賊と認識する。

 盗賊を騎士と認識する。


 この報告書では、単なる錯乱となっている。

 だが、どこかが引っ掛かった。


 その瞬間。脳裏に、前の世界の記憶が蘇る。


 敵も味方も区別できなくなり、仲間同士で剣を向け合った兵士たち。

 家族を化け物だと思い込み、泣き叫びながら逃げた子ども。

 ヘヴィクムを正義と思い込み、大軍でこちらに刃を向けてきた住民。


 ――そのすべてを、ヘヴィクムが静かに眺めていた光景。


「……まさか」


 リンネの小さな呟きに、ミリスも少しして顔を上げた。


「……リンネさん?」


 リンネはゆっくりと報告書を机へ置く。その表情からは、わずかに血の気が引いていた。


「……認識を狂わせる菌かもしれない」


 部屋の空気が、一瞬で凍りついた。ミリスの表情が少しずつ青ざめる。


「そ、それって……」


 言葉の続きを口にできない。

 シズクも報告書を見つめたまま、小さく呟く。


「……まさか、あの話の」


 その言葉を聞き、リンネは一瞬だけ動きを止めてから、報告書を持ち上げた。


「この症例だけで、断定はできない」


 そう言って、一度言葉を切る。


「でも、ただの思考混乱にしては引っ掛かる」


 言葉を聞くごとに、シズクの顔が少しずつ険しくなっていく。


「……もし、それが本当なら」


 リンネはゆっくりと頷き、言う。


「発熱は、本命じゃない」


 その言葉に、全員が息を呑む。


「菌を広げるための症状だ。本当に危険なのは、その後に起こる……認識の異常かもしれない」

「じゃ、じゃあ……感染した人が、自分では普通だと思ったまま生活していたら……」


 ミリスは最後まで言えず、言葉を詰まらせ、下を向く。

 だが、リンネは小さく頷いた。


「……この菌が、ヘヴィクムのものなら」


 その声だけが、静かな部屋に響く。


「前の世界の菌とは、少し違う……俺の知っているヘヴィクムより、厄介だ」


 誰一人、すぐには言葉を返せなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ