第九十四話
静まり返った部屋の中で、一人の職員が恐る恐る口を開いた。
「ぁ……リンネさん」
リンネは視線だけを向ける。
「実は、最初の頃に報告された発熱患者は、ほとんどがあの日の現場にいた人たちでした」
「……」
「だから、死体と何か関係があるんじゃないかって話になったんです」
そこで職員は苦い顔をした。
「でも……」
数枚の書類を机へ置く。
「昨日あたりから、現場へ行っていない人の報告も増え……逆に、現場にいたのに何ともない人もいます」
部屋が静かになる。リンネは書類へ目を落としたまま、小さく呟く。
「……現場だけが感染源じゃなくなったのか」
誰にも聞こえるか聞こえないか程度の声だった。
「感染者からか……それとも、最初から別の経路があったのか」
まだ断定はできない。だからこそ、余計に嫌だった。
「……報告書を見せてくれ」
リンネが言うと、若い職員は一瞬だけ固まった。
「え……?」
「報告書を全部だ」
職員は困ったように年長の職員を見る。
「えっと、その……名前などの個人情報や医療記録も含まれていますので……」
少しの沈黙が続いたが、やがて部屋の奥から年長の職員が歩いてきた。
「……構わん」
その一言だった。
「今は一件でも情報が欲しい。必要なら閲覧を許可する」
「わ、わかりました!」
若い職員たちは慌ただしく箱を運び始める。
机の上へ積まれていく報告書。
一箱、二箱、三箱。どんどんと積まれていく。
「……多いですね」
ミリスが思わず呟く。
「これ全部見るのかの……」
シズクも苦笑するが、リンネは表情を変えず、椅子へ座った。
「三人で分けるぞ。年齢、職業、住所、行動、診察内容。関係なさそうなことでも全部見る」
「わ、分かりました!」
その言葉を皮切りに、三人は報告書を開き始めた。
部屋には紙をめくる音だけが響く。
発熱。
倦怠感。
頭痛。
咳。
食欲低下。
ほとんどは、どこにでもある風邪の診断だった。
「こっちも普通じゃな」
「ぼくも……です」
時間だけが過ぎていく。
その時だった。
「……ん?」
リンネの手が止まる。
一枚の報告書。診察内容の一番下。医師による補足欄。
そこには、短く書かれていた。
『巡回中の騎士団を盗賊と誤認。居合わせた盗賊を「騎士様」と呼び保護しようとしたため、一時保護。高熱による思考混乱の可能性あり』
リンネの瞳がわずかに揺れた。




