第九十二話
職員は、何度も書類を見比べる。
間違いではない。見比べれば見比べほど、共通点が明らかになっていく。
「……全員だ」
「何がだ?」
隣の職員が覗き込む。若い職員は震える指で報告書の一欄を示した。
「この人も、この人も、この人も……」
机へ次々と並べる。
「全員、あの日の現場にいた」
「……現場だと?」
「――北西街道の、死体発見現場です」
一瞬。部屋の空気が止まった。
「……は?」
隣の職員が思わず声を漏らす。
「見物人名簿と照合したのか?」
「……しました」
「ま、間違いは……!?」
「ありません」
何度確認しても結果は同じだった。全員が、あの日あの場所へ行っている。
そして、全員が発熱して、全員が似たような症状を訴えている。
「……」
隣の職員は数秒黙り込んだ。そして――
「上を呼んでくる」
椅子を蹴るように立ち上がった。
「え?」
「今すぐだ」
そのまま部屋を飛び出していく。残された若い職員は机の前で固まっていた。
嫌な予感しかしない。
でも、そんな証拠なんてないんだ。
ただの、偶然かもしれないんだ。
そう自分へ言い聞かせる。
だが、胸の鼓動は早いままだった。。
「……これか」
数分後。何人かの上の立場の人たちが来ていた。
そして、渡された書類へ目を通す。
無言のまま読み進める。
そして、もう一度最初から読む。
若い職員たちは黙って待っていた。そして、やがて――
「……現時点では断定できん」
年長の職員は言った。その言葉に少しだけ空気が緩んだ気がした。
だが――
「偶然としては出来すぎている」
その言葉に、部屋が静まり返った。
「対象者全員を再検査しろ」
「か、隔離ですか?」
若い職員が尋ねる。年長の職員は首を振った。
「いや」
「……?」
「現状では、ただの風邪患者とするしかない」
書類を机へ置く。
「理由もなく拘束はできん」
それは当然だった。王国全体が警戒しているとはいえ、熱が出た人間を片っ端から閉じ込めるわけにはいかない。
「だが、放置するわけにもいかない」
年長の職員は続ける。
「診療所への再来院要請。健康状態の再確認。家族への聞き取り。接触者の把握――そして異変があれば即報告だ」
「は、はい!」
職員たちが慌ただしく動き始める。
しかし――
「……待ってください」
一人の若い職員が突然声を上げた。その声に、全員の動きが止まる。
「何だ」
その職員の顔は青ざめていた。視線は部屋の隅を向いている。
そこには、報告書を分類して入れておく大きな箱が置かれていた。
「……も、もし本当に関係があるなら」
誰も喋らない。その職員はゆっくり箱へ近付く。中には数日分の報告書があった。
風邪、発熱、倦怠感、頭痛、軽症患者。
――異変なし。
今まで優先度が低いとして回された書類。
「これも……」
一枚取る。
「これも」
さらに取る。
「これも……」
次々と机へ並べられていく。その度に、部屋の空気が変わる。
若い職員の額には汗が浮いていた。
「まさか……」
隣の職員も書類を確認する。
――顔色が変わる。
「おい……この人も現場にいたぞ……」
「こっちもだ」
「こいつもだ……!」
誰かが呟く。その声には恐怖が混じっていた。
そしてまだ箱には大量の報告書が残っている。
静寂の中。年長の職員だけが箱を見つめていた。
そして、ゆっくり立ち上がる。
「……全部持ってこい」
低い声だった。
「保留箱を全部だ」
若い職員たちの背筋が凍る。
もし、あの予想が当たっていたら
――その先は、部屋の誰もが、理解していた。




