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第九十一話


 その日の夜。王都西区の一角にある小さなパン屋では、店じまいの準備が進んでいた。


「ふぅ……」


 パン屋店主の男が椅子へ腰を下ろす。


「今日はやけに疲れたな」

「最近、ずっと忙しかったからでしょ?」


 男の言葉を聞き、妻が苦笑する。


「騎士団だの検問だの、みんな落ち着かなくてさぁ……」

「ははっ……それもそうか」


 男も笑った。


 今は、王都中が騒がしい。


 前と比べて最近は客も増え、少しずつ疲れが溜まっていただけだろう。


 そう思っていた。だが――


「……?」


 一瞬だけ目がぼやけた。

 そして、身体が妙に重い。


「どうしたんだい?」

「いや……」


 額へ手を当てると、そこは熱かった。


「少し熱があるみたいだ」

「まぁ……風邪かねぇ」

「そんくらい、寝れば治るだろ!」


 それだけだった。誰も気にしなかった。


 だが、翌朝。


「39.9度ですね」


 診療所の医師が言う。


「喉は?」

「……少し痛いです」

「なるほど、それでは……咳は?」

「それも、少し」


 医師はほんの少しだけ間を置き、すぐに頷く。


「おそらく疲労と風邪でしょう」

「っ、ですよね」


 店主は苦笑した。

 最近は誰もが疲れている。大した話ではない。


「数日休んでください」

「はい。そうします」


 診察はそれで終わった。




 同じ日の午後。異変報告場では。


「次です」


 若い職員二人が書類を仕分けている。


「西区、発熱患者一名」

「ただの風邪という診断書が提出されている」

「南区、発熱患者二名」

「季節性の病気だな」


 誰も立ち止まらない。集まる報告は一日に何百件もある。


 発熱など珍しくもなかった。




 二日後。


「……ん?」


 若い職員が書類を見て首を傾げる。


「どうした?」


 隣の職員が尋ねると、不思議そうな顔をして紙をめくる。


「また西区の発熱患者です」

「増えてるのか?」

「三人ですね」

「……まあ、風邪が流行ってるんだろ」


 それだけだった。報告は箱へ放り込まれる。




「……またか」


 三日後。同じ職員が呟いていた。


 机の上には数枚の報告書。全てが発熱、西区、似たような症状。


 じっくりと、書類を見比べる。

 三十九度前後の高熱に、倦怠感、食欲低下。


「……?」


 職員の手が止まる。


「どうした?」

「この人も……」

「なんだ……?」

「この人も、この人も……!」


 報告書を並べる。


 住所は違う。

 年齢も違う。

 職業も違う。


 だが

 ――共通点が一つだけあった。

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